エピローグ
十五世紀中頃、ヨーロッパ大陸に存在していた小国・グランティア王国の王都で異端審問中に天の使いが現れ、冤罪で裁かれようとしていた騎士が司教になりすましていた悪魔を退治した「デセバルの奇跡」は、異端審問や魔女裁判に苦しめられていた当時のグランティア王国の人々の心に希望を与えると同時に、教会のやり方に対する不信感を植え付た。
セラリアン第二騎士団長の釈放後しばらくは、国内の至る所で地域住民による反異端審問の動きが活発になった。司祭や審問官を街から締めだしたり、修道院や教会を取り囲んで石を投げるなどの抗議行動が盛んにおこなわれるようになったという。
事件の直後はセラリアン騎士団長を聖人として認定すべきであるという声が多く聞かれたが、「デセバルの奇跡」は教会が起こした重大な不祥事であったため、公の記録として残されることはなく、騎士団長が聖人として認められることは終ぞなかった。
その後この奇跡については、激動の時代の波に呑まれて滅亡し、周辺の列強国に吸収されたグランティア王国の国名と共に歴史から跡形もなく消え去った。
奇跡の勇者ヘンドリック・セラリアン第二騎士団長は釈放後に騎士団を辞し、兄が伯爵として治める地方領地に移り住んだが、その後の足取りについては記録に残されておらず、親しい人物に宛てた手紙などの歴史的資料も見つかっていない――。
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以上は人間世界での話だが、夢魔の世界では当時を知る者の多くが未だ存命であるため、夢喰い姫と彼女の夫については様々な逸話が残っている。
歴史の表舞台から姿を消したヘンドリックのその後の人生は幸せに満ちていたという。
一時は実兄の領地に身を寄せていた彼は、騒動の一年後には夢喰い姫バルバラと婚姻を結び、ヨーロッパ各地を転々とした。二人の間には娘が誕生している。
バルバラは結婚後も趣味である「見目麗しい殿方鑑賞」を続けたそうだが、夫を嫉妬させないためにも彼らの精気を喰うことはなく、主にヘンドリックの精気を、たまに口直しとして人間の女性の精気を喰っていたそうだ。
二人の仲睦まじさは大変有名で、彼らをモデルにした恋物語も書かれ、人気を博したのだとか。
剣を持てなくなったヘンドリックはバルバラと結婚後、夢魔の他にも様々な人外種族「モンスター」がいることを知り、大層驚いたそうだが、モンスターが人間社会に溶け込むために相談に乗ったり、人間貴族の礼儀作法などを教えたりしてモンスター界では「珍しく友好的な人間」として一躍有名になった。
ヘンドリックが病により五十六歳で死去すると、バルバラは娘と共にイタリアに渡り、芸術家の卵たちのパトロンとなって支援した。その中には後に高名な画家となったものが数多く存在し、結果として陰ながら人間社会に貢献することになったという。
バルバラは後に、最愛の夫との思い出を娘にこう語っている。
「あなたのお父様は、あたくしに恋をすることと、人を愛することの素晴らしさを教えてくださいました。あなた、知っていて? アジアの一部には、人の魂は転生を繰り返すという信仰があるのですって。もしかしたら、生まれ変わったあなたのお父様と出会って、再び恋に落ちるかもしれませんわ。ですからそのためにも、あたくしはこれからも恋をし続けていきたいんですの」
その後十九世紀にアメリカに渡ったバルバラは、自身の名前を英語読みの「バーバラ」に改名し、結婚相談所を設立。それまであまり種族間で交流のなかった現地のモンスターたちの婚活に貢献することになるのだが、それはまた別の話――。
※余談ですが、バルバラは淡い赤(現代でいうところのピンク)が似合うとヘンドリックに言われたので、ピンクがお気に入りの色になったそうです。
本作はこれで完結です! 各エピソードに詰め込み過ぎで文字数が多くなりがちだったり、誤字脱字だらけの拙い文を根気強く読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




