28. 目には目を歯には歯を、茶番には茶番を【3】【バルバラ視点】
異端審問までの回想が終わり、自分の領域でヒルデガルドと会話の続きをするバルバラです
「それにしても、あの頭の固い連中をよく騙せたもんだ。勝手に『神』の名を騙ってよかったの?」
バルバラが物思いに沈んでいると、ヒルデガルドの呆れたような声がして、ハッと意識を引き戻された。
「あら、人聞きの悪いことを仰らないでくださいませ。あたくしはあなたのことを『天使』だの『聖母』などと呼びませんでしたわ。彼らが勝手に神の意志が働いたと勘違いなさっただけです」
得意気に顎を上げるバルバラに、ヒルデガルドは肩を竦めた。彼女は暫く無言で剣をぶらぶらと振り回していたが、やがてポツリと零した。
「……あいつは本当に、馬鹿で不器用なやつだったよ」
それが誰を意味しているのかは、問わずとも分かる。
バルバラの眼裏に銀糸の髪に紫水晶の瞳の幼馴染が蘇った。
「……ええ」
「あいつはさあ、色んな女と遊んで『俺は雄として優秀なんだぜ』アピールしたり、人間が使う悪口であんたを罵って気を惹こうとしたり、やり方がどうしようもなく阿保だったけど……」
バルバラは驚いて目を瞠った。
「えっ!? あれは気を惹こうとしてましたの!?」
「……やっぱり、全然伝わってなかったんだ?……何やってんだ、シモン」
「てっきり、靡かないあたくしに対する当てつけで罵詈雑言を浴びせてくるのかと……。本当に救いようがないお馬鹿さんでしたのね」
ヒルデガルドは眉尻を下げて苦笑する。
「本人も気付いていたかは知らないけどさぁ。でも、あいつは本気であんたのことを好きだったんだと思うよ。……それだけは、覚えておいてやって欲しい」
「……自分が殺した仲間のことですもの。忘れませんわ、絶対に」
シモンの心臓を貫いたのはヘンドリックだったが、シモンという夢魔をこの世から消し去る選択をしたのは、他の誰でもないバルバラだ。
盲目的に神と悪魔の存在を信じている人間たちを納得させ嫌疑を晴らすためにも、シモンを討ち取るのはヘンドリックでなければならなかった。そうでなければ異端審問を切り抜けることはできなかったし、今後も彼に疑いを向け、あの手この手を使って彼を葬り去ろうとする者が出るからだ。
だからこそ、バルバラは天から選ばれしヘンドリックが悪魔を討つという、いかにも彼らが好みそうな「奇跡」を演出した。
バルバラは目を閉じた。
――夢魔の死後にあるのは無なのか、それとも……。
人間と違い、夢魔は神の存在を信じていない。故に天国も地獄も人間の逞しい想像力が創り出した架空の世界であると考えている者が多数だ。
夢魔とは人間の精気を糧に生きる、魔に属する者。夢と空想、現を彷徨い歩く自分たちが死んだら、魂は何処へ向かうのだろう。いや、そもそも、夢魔に魂など存在するのだろうか――。
バルバラは自嘲に口元を歪めた。とめどもなく流れる思考を振り払うように頭を振る。
「今は感傷に浸っている時間はありませんわ」
バルバラは目を開き、疲労に震える膝を叱咤して立ち上がる。
「最後の仕上げをしなくてはなりません」
ヘンドリックに対する嫌疑が冤罪であったことは、一部の聖職者しか知らない。そして教会は自分たちの権威を守るため、異端審問で起こったことをもみ消す可能性が高いだろう。そんなことをされたら、せっかく無罪放免になったヘンドリックが再び窮地に立たされかねない。
(ヘンドリック様……)
清廉潔白、堅物で精気も不味く、面白味のない男。
始めは見た目が好みだったから鑑賞していた。ただそれだけだった。
しかし彼と交流するうちに、ヘンドリック・セラリアンという人間が、夢魔である自分との約束をしっかりと守ろうとするほど真面目でお人好しであり、邪悪だと信じているはずのバルバラの名誉を貶めようとするシモンに対して激昂するほど、底抜けに優しいということが分かった。
困ったように笑う彼の顔を見ると、胸が甘酸っぱく疼くのは何故なのか。
夢魔である自分は人の不幸を愉しむ性質があるはずなのに、彼の苦しんでいる姿を想像するだけで胸が張り裂けんばかりに痛むのは何故なのか。
――見当はついているけれど。
(あたくし好みの見目麗しい殿方は希少ですわ。彼らは滅多に産出されない宝石のようなもの。その貴重な存在のひとりであるヘンドリック様を虐げ、使い古した布のようにズダボロにするなんて、赦すまじ!!)
――今はそういうことにしておこう。
外見を気に入っているだけの男のためにここまで必死にならないのでは、という己の心の声に気付かないふりをして、バルバラはきつく拳を握る。
「そんなこと、絶対にさせるものですか……!!」
その日の深夜。グランティア王国の王都デセバルの住人たち全員が一斉に夢や白昼夢をみた。
夢の中で、デセバル大聖堂のクピドス司教が突然恐ろしい悪魔へ姿を変えた。人々が逃げ惑う中、突如として天から黄金の光が降り注ぐ。
「第二騎士団長ヘンドリック・セラリアン。この聖剣をもって悪を討ち滅ぼすのです」
男とも女ともつかない声が響く中、何処からともなく騎士が現れた。彼は天から剣を授かると、悪魔を討ったのだ。
翌日、デセバルの住民たちはこぞって近くの教会や大聖堂に詰めかけ、神に感謝の祈りを捧げた。
彼らは皆、熱に浮かされたようにこう主張していたという。
「天は悪魔の手からデセバルを救うため、セラリアン卿を遣わしてくださったのだ」と。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




