21. 告発
エメリックが謎の死を遂げてから十日。さしたる手がかりもないまま、不穏な影がひっそりと、しかし着実に騎士団を蝕んでいった。
「昨晩で五人目か……」
団長室で机の上に肘を突きながら、ヘンドリックはぐりぐりと眉間を揉んだ。机の上にはエメリックを始めとする死者に関する調査報告が広げられている。
「はい。今朝、クリスが寝台の上で冷たくなっているのが発見されました」
「……五人中三人が、以前部分的に記憶を失っていた者だな」
ヘンドリックの指摘に、ノルベルトが重々しく頷く。
「ええ……。これを単なる偶然で片付けていいものか……。亡くなった五人ですが、死ぬまでの行動を洗ってみたところ、いくつかの共通点がありました」
彼らは十代後半から三十代前半、全員が女性受けのいい見た目をしていて、第二騎士団所属だった。
「それから、彼らは全員、過去二週間以内に大聖堂を訪れています」
「大聖堂か。特に珍しいことでもないが……」
この国の住民は原則的に全員キリスト教を信仰しており、教会や大聖堂へ礼拝に通ったりすることは日常的なことと、大聖堂が騎士団の宿舎からほど近い場所にあることも考えると、特に違和感を抱くようなことではないだろう。しかしヘンドリックはこの時、妙な胸騒ぎを覚えていた。
(大聖堂はクピドス司教が権力を握っているな。……いや、いくら素行に問題があるとはいえ、仮にも聖職者がおかしな真似をするとは考え難い)
自分を納得させようとするが、どうしても不安が拭えない。
考えに耽っていると、ノルベルトが躊躇いがちに口を開いた。
「団長、本来であれば、これはお耳に入れない方が良いのかもしれませんが……」
「何だ? 何でもいい、手がかりになりそうなことがあれば、言ってみろ」
ノルベルトは言いにくそうに口ごもった。ヘンドリックから視線を外し、決意したように絞り出した声は少し掠れていた。
「……実は、団員たちの間で、団長を疑う声が上がっているのです」
ヘンドリックは驚愕に息を呑んだ。
「私を?」
「……はい」
ノルベルトによると、以前団員たちの中に部分的に記憶を失う者が出た時、ヘンドリックは調査に当たっていたにも拘らず、ある日を境に症例が出なくなるとあっさりと調査を打ち切り、途中結果すら共有されなかったことに違和感を覚えた者があったという。
「そして、部分的に記憶を失くす者が出なくなった頃から、団長が舞踏会などにある女性を同伴するようになったと目撃情報が」
ノルベルトが言葉を続けようとしたところで、やにわに廊下が騒がしくなった。荒々しい足音と、誰かが喚き散らしている声が団長室に近づいてくる。
「あんただ! あんだが悪魔を召喚したんだろう!!」
絶叫と共に乱暴に戸が開き、ミハイが転がるように室内に飛び込んできた。
「ミハイ!? ……お前、どうしたんだ?」
ヘンドリックは驚きのあまり椅子から腰を浮かせた。愕然としながら、自分に対面しているよく知っているはずの男の顔を凝視する。
いつも快活そうな笑みを湛えているミハイの顔は真っ青を通り越して土気色だった。眼窩が落ちくぼみ、目の下には濃い隈ができている。
彼は寝巻のまま、靴すら履いていない。額に脂汗を浮かべながら、猜疑心にぎらついた双眸でヘンドリックを真直ぐに睨んでいる。
「俺もみたんですよ、紫色の髪の女の夢を! 金貨みたいな瞳の女が物陰から俺を呼んでいたんです! アベルが死ぬ前に言っていたんだ。あの女の顔は、あんたが舞踏会に連れて来ていた若い女とそっくりだったってね!」
「何だと……!?」
ヘンドリックは眉を顰めた。
アベルはエメリックの次に亡くなった男だ。彼も貴族の子息だったため、ヘンドリックが招かれていた舞踏会に偶然彼も居合わせたのだろう。知り合いに見られることは想定していたが、まさか彼の夢の中にバルバラにそっくりな夢魔が出てくるなど、予測できたはずがない。
(本当に、バルバラではないのか……? だとしたら、一体、誰が何の目的で……)
ヘンドリックに考える隙も与えず、ミハイは口の両端を吊り上げた。
「やっぱり、あんたなんだ! 最初の記憶喪失の時も、あんたが悪魔に団員を売っていたんだろう!!」
こちらに掴みかかろうとしたところを、ノルベルトが背後から羽交い締めにして止める。
「ミハイ、止めろ!!」
「放せよ、畜生っ! どうせ俺も殺されるんだろう!? あと数日で悪魔に魂を喰われて死ぬんだろう!? 呪ってやる、呪い殺してやるからな!!」
二人の団員が団長室に駆けつけて、半狂乱で喚き暴れるミハイを引きずって退室していった。
石造りの廊下に死神に魅入られた男の怨嗟が反響していく。それは徐々に遠ざかり、ついには戸が閉まる重々しい音に阻まれて消えた。
ヘンドリックは知らず知らずのうちに椅子の上にへたり込んでいた。長い長い溜息を吐き、両手で顔を覆う。
「まさか、あのような噂が流れていたとは……」
「――私は、団長を信じています」
ノルベルトはヘンドリックの肩をグッと掴んだ。それは信じている、というよりも、「本当に、あなたを信じてもいいのだろうな?」という問いかけのようにも聞こえた。
騒ぎの二日後の早朝、ミハイは遺体となって発見された。その死顔は安らかとは言い難く、苦悶と憎しみに歪んでいた。
そしてミハイが亡くなった翌日。
前触れもなしに教会の異端審問官と十数名の武装した男たちが第二騎士団長室に雪崩れ込んできた。
彼らは無言のまま、室内にいたヘンドリックを硬い床の上に跪かせて押さえこみ、後ろ手に両手を拘束した。
「こ、これは一体何事ですか!?」
狼狽えるノルベルトを部屋の隅に押しやると、審問官がヘンドリックの正面に進み出てきた。羊皮紙を掲げ、冷淡に告げる。
「ヘンドリック・セラリアン卿。あなたには悪魔崇拝の疑いが掛けられている。あなたの部屋を検めさせていただこう」
審問官がヘンドリックを拘束している男たちをちらりと見やる。それを合図に、ヘンドリックは拘束されたまま自室まで引きずられるようにして歩いていった。
部屋の戸が開くなり、男たちが数名中へ入り、部屋の中のものを片っ端からひっくり返していく。
「私は悪魔を崇拝していなどいません! 何かの間違いでは?」
ヘンドリックは審問官に訴えかけた。彼は横目でこちらを一瞥してフンと鼻を鳴らした。
「あなたが悪魔と関りがあると告発した者があったのですよ。その者は、『自分はセラリアン卿の悪魔に数日以内に殺される』と言っていました。言葉の通り彼は昨日亡くなったため、我々がこうして参ったのです」
――ミハイのことか。そこまで疑われ、憎まれていたとは。
ヘンドリックはやるせない気持ちで唇を噛んだ。
「――ありました!」
耳朶を打った声に、ヘンドリックはハッと我に返った。急いで視線を上げると、寝台の足下に置かれたチェストの前に立っていた男が、中から何かを取り出した。
男は審問官に歩み寄ると手に持っていた物を渡した。審問官はそれを受けとるとひとつ頷き、ヘンドリックを振り返る。
「セラリアン卿。あなたの持ち物の中に入っていたようだが、これに見覚えは?」
言いながら、彼は一枚の薄い板のようなものを掲げる。それは長方形で、片面に黒いインクで上半身裸の女の絵が描かれていた。不気味なことに女の頭部には三つの顔があった。
「それは……?」
その絵の意味するものを理解できずに首を傾げると、審問官は鋭い眼差しを向けてくる。
「何を白々しい。これは、悪魔の絵ではありませんか」
ヘンドリックの顔から血の気が引いていく。
「悪魔だって……!? そんな、それは私のものではないし、見たこともありません!」
審問官は手巾に木札を包むと、冷酷に吐き捨てた。
「言い訳は別の場所で伺いますよ。――連れていけ」
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




