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ミッドナイト喰らい夢 ~夢喰い姫は見目麗しい殿方を鑑賞したい~  作者: 柏井猫好


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20.  不穏な気配

 ヘンドリックの周辺で再び異変が起こり始めたのは、バルバラの見合いが終わって三週間程経った頃だった。


 クリスマスイブから始まる十二日間の祝日も終え、どこか浮足立っていた騎士団の団員たちにも落ち着きが戻って久しいある日の早朝。ヘンドリックは朝の訓練場を見渡して首を傾げた。


「エメリックの姿が見えないな? 休むという話は聞いていないが?」


「あれ? おかしいな。昨日は最近付き合い始めた人妻との逢瀬だったようですが、そう遅くない時間に戻ったんですが」


 エメリックの悪友でもあるミハイが困惑したように頭を掻いた。聞けば、彼らは就寝前、宿舎の談話室で雑談していたという。

 エメリックは既婚女性との火遊びを好む困った性癖の持ち主ではあるものの、騎士団での勤務態度は至って真面目で、理由もなく訓練をさぼるような男ではない。


「俺、ちょっと様子を見てきますよ」


 そう言うと、ミハイは宿舎の方へと走っていった。


「エメリックのやつ、大方新しい女ができて浮かれていたんでしょう。きっと二日酔いですよ。困ったやつだなあ」


 他の団員が呆れたように肩を竦める。


「夫のある女性と付き合っているだけでも問題なのに、二日酔いで動けないなどと、けしからんことだ」


 この国では既婚者が不貞を働くと姦通罪に問われる。人間の欲望というものは抑えることが困難なのか、それとも抑圧されると更に欲が増すのかは定かではないが、どんなに罰を厳しくても妻や夫以外と肉体関係を結ぶ者が後を絶たなかった。

 そのため、以前までは厳しく取り締まられていたが、現在では当事者が訴えない限りは見逃されている。いちいち調査して裁いていてはきりがないうえに時間と金がかかるので、積極的に摘発しようとしていない、と言う方が適切だろうか。


「何があったかはまだ分からないが、事と次第によってはエメリックには罰則を科す。お前たちも気を引き締めろ。遊び過ぎて職務を全うできないなど、言語道断だぞ」


「うへえ、とんだとばっちりだ」


 訓練を再開して少したった時、エメリックの様子を見に行っていたミハイが大層慌てた様子で訓練場に戻ってきた。


「団長! 大変です、エメリックが自室で死んでいます!」

「何だと!?」


 ヘンドリックが急いでエメリックの部屋へ向かうと、寝台の上に青白い顔をしたエメリックが仰向けに倒れていた。


「……外傷などはないようだな。吐しゃ物が喉に詰まったわけでもなさそうだ」


 ヘンドリックは遺体の状態を慎重に調べたが、死因を特定することはできなかった。


「奴が病を患っていた可能性はあるか?」


 ミハイは首を横に振った。


「いいえ、特にそんな様子は見られませんでした」

「最近何か変わったことは?」

「変わったこと、ですか?」


 ミハイは顎に手を当てて暫く考えていたが、何か思い当たる節があったのか、「あっ」と小さく声を上げた。


「そういえば、最近変な夢をみるって言っていました」

「変な夢?」


「はい。何でも、夢の中で視線を感じて振り返ると、紫色の髪と金色の瞳をした女がじっとこちらを窺っているって」


 ヘンドリックはドキリとした。胸の奥にヒヤリとした冷気の塊が詰まっているように息苦しい。


「紫色の髪……? 金色の瞳だと?」


「明らかに人間じゃないですよね、その女。そいつの夢を二夜連続でみたって、気味悪がっていましたけど……」


 ヘンドリックは動揺を押し隠すように、片手で口を覆った。


(……バルバラか? いや、髪や瞳の色なら、彼女の母も同じだ。しかし……)


 ――彼女らほど序列の高い夢魔が、人間に見つかるだろうか。


 そう考えて、ヘンドリックは小さく頭を振った。


(いや、私とて、夢の中でバルバラの視線に気付いたではないか。他に気付く人間がいても何ら不思議ではない)


 しかし、その女がバルバラであったとしても、彼女がエメリックの精気を喰いつくして殺したという確たる証拠にはならないだろう。――それに。


 バルバラは夢魔だが、死に至るまで精気を喰ったりするような人ではない。何故かそう思える。いや、思いたいのかもしれない。


(兎に角、他に手がかりがない以上、バルバラに訊いてみる必要があるな……)



 その夜、ヘンドリックは早速頭の中でバルバラと面会する様子を思い浮かべて彼女を呼び出した。


「……何かありましたの?」


 いつになく神妙な面持ちのヘンドリックに気付いたバルバラは、夢に現れるなり訝し気に眉を顰めた。


 ――『紫色の髪と金色の瞳をした女がじっとこちらを窺っているって』


 ヘンドリックはじっと彼女の緩やかな曲線を描く紫色の髪を見つめ、慎重に口を開いた。


「今朝、騎士団員のひとりが自室で死亡していた」

「まあ、それはご愁傷様ですわ」


 バルバラは頬に手を当て、こてりと首を傾げた。死とはとても身近なものだ。特に親しいわけでもない者が死んだと聞かされてもそこまで驚きはしないのが普通だろう。その様子に不自然なところは見られない。


「……他の団員によると、彼はここ最近、妙な夢をみていたようだ」

「妙な夢、と仰いますと?」

「――夢の中で、紫色の髪と金の瞳をした女に見られていたそうだ」


 バルバラの形のいい眉が跳ね上がった。しかし、ややあって、彼女は小さな溜息を吐く。


「それで? あたくしがその方の夢に現れて、死ぬまで精気を食べたと疑ってらっしゃると? 言っておきますけれど、あたくしは殺しておりませんわよ」


「いいや……。私は、あたながそのようなことをする人だとは思わない。だから教えてくれないか。夢魔にとって、紫色と金の瞳というのは珍しいのだろうか?」


 ヘンドリックが知っている夢魔の数は知れている。先日見合いで会ったイルハンは頭部に布を巻いていたため頭髪の色は確認できなかったが、それ以外の四人に共通しているのが、人間ではありえない髪色や瞳の色をしているということだった。


 シモンは銀髪に紫水晶の瞳だったし、ヒルデガルドは緑色の髪に灰色の瞳だった。バルバラの紫はもちろん、緑色の髪も人間ではあり得ない色だし、あれほどはっきりとした金色や紫色の瞳というのもこれまで見たことがない。


「いいえ、そこまで珍しい髪色でもございませんわ。部屋の中に十人の夢魔を集めたとして、その中に二人いる程度でしょうか。金の瞳も珍しくございません」


「そうか……」


 ――やはり、頭髪や瞳の色だけでバルバラと断じることはできない。


 ヘンドリックは安堵している自分に気が付いた。


「それに、夢魔にとって獲物が死ぬまで精気を吸いつくすというのは、非常に効率が悪いのです。正常な判断能力の持ち主でしたら、まずやらないでしょうね」


「ひとりの人間から大量に精気を奪った方が、獲物を探す手間が省けるのでは?」

「考えてみてくださいな」


 バルバラは「分かっていない」という風に、チッチッチと小さく舌打ちしながら人差し指を左右に振る。


「例えは悪いですけれども、他人の家に食料を盗みに入ったとしましょう。その家の住人が気付かない程度の食料をこっそり持ち出すのと、家の住人を殺して家中の食料全てを奪うのでは、どちらがリスクが高いでしょう?」


「――後者だな」


 どんな田舎であろうと、殺人があったと分かれば確実に騒ぎになり、近隣住民の警戒が厳しくなったり、犯人を捕まえようとする動きも出てくるだろう。一方で、一日に三件民家を回らなくてはいけなかったとしても、こっそりと気付かれない程度の食料を持ち出した方が誰も騒がないし、追っ手も来ない。


 ヘンドリックの返答に、バルバラは満足そうに頷いた。


「それと同じことです。獲物である人間を殺してしまったら、頻繁に狩場を変えなくてはならなくなります。非効率この上ないですわ」


「なるほど。では、私の部下の夢に出てきた紫色の髪の女は、見つかってもいいと思っていたのか、あるいは何らかの目的で注目を浴びようとした、ということか」


「そういうことになるのでしょうね」


 二人は暫く視線を足下に落として考えに耽った。

 一体誰が、何の目的でそんなことをしたのか。


 しばらくの沈黙の後、バルバラはポツリと呟いた。


「何やら、嫌な予感がいたしますわ……」

「ああ……」


 ヘンドリックは重々しい気持ちで頷いた。二人の知らないところで、何やらとんでもないことが起ころうとしている。彼の勘がそう告げていた。


「兎に角、何か進展がありましたら、あたくしにもご連絡くださいませ」

「ああ、分かった」


 残念なことに、二人の予感は的中してしまう。騎士団では連日のように不審な死を遂げる者が相次ぐようになったのだ。


 そして彼らは一様に、死の数日前にこう言い残している。


『紫色の髪に金色の瞳の女が夢に現れた』と――。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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