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ミッドナイト喰らい夢 ~夢喰い姫は見目麗しい殿方を鑑賞したい~  作者: 柏井猫好


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19.  獲物【シモン視点】

シモン視点です。

 シモン・アステージャ伯爵が夢喰い姫バルバラ・コンティーヌの怒りを買って領域を破壊されたという一報は、瞬く間に夢魔の世界に広がった。


 主の許可なく他人の領域に侵入するのは、いくら力の差があったとしても決して易しいことではない。ましてや侵入した先で領域の支配権を奪って破壊するなど、序列高位であってもよほどの精神力と実力がなくては成し遂げられない荒業である。


 そうした共通認識がある故に、近頃の夢魔たちの間ではシモンは一体、バルバラに対してどんな蛮行に及んだのかという噂でもちきりだった。


 彼らは姫と伯爵という歴然とした力の差があるにも拘らず、天に唾するような行為に及んだシモンの愚かさを嗤い、高嶺の花にネチネチとしつこく懸想し続ける彼と、まるで人間の雌のように獲物の外見に拘る変わり者の姫を「割れ鍋に綴じ蓋でお似合いなのでは?」と嘲笑った。



「クソッ!!」


 馴染みの酒場で、シモンはゴブレットを力任せにテーブルに叩きつけた。ガシャンと音がして陶器の破片が砕け散る。


「あらあら、荒れているねえ、色男。あたいが慰めてあげるよぉ」


 給餌兼娼婦の女が肩にしなだれかかってくるのが鬱陶しく、シモンは乱暴に彼女を振り払った。


「あン!」


 女は驚愕したように目を丸くしたが、みるみるうちに顔を朱に染めて彼を睨んだ。


「何だい、今夜はやけにつれないじゃないさ!」

「うるせえ! 今はそんな気分じゃねえんだ、失せろ!!」


 シモンは割れたゴブレットの代金を上乗せした硬貨を卓上に投げつけると、外套を掴んで立ち上がった。「何だい、お高くとまりやがって!」という女の文句を背に受けつつ外へ出た。凍えるように冷たい風に触れると、身の内を焦がしていた苛立ちがほんの少しだけ薄れた気がした。


 自分の領域をバルバラに破壊されてから、すでに二週間ほど経過している。行き場所を失い、(うつつ)と獲物の夢の間を行ったり来たりしながら精気を喰って力を蓄えているが、再構築が完了する目途は立っていない。領域とは鳥の巣作り同様、幼少期に母親の領域で暮らしている間にこつこつ蓄えた力で少しずつ創り出すものだ。一朝一夕で同じ規模の領域を再び創り出すことは不可能なのである。


 夢魔にとって自分の領域とは自宅のようなもので、今のシモンは帰る家も持たずに道端で眠る貧民のようなものであった。心身共に休まる時がなく、疲労と心労が澱のように体内に蓄積されていき、バルバラとヘンドリックに対する恨みと苛立ちを更に燃え立たせた。


 ――『黙れ。伯爵風情が、身の程を弁えよ』


 自分に向けられたバルバラの侮蔑に塗れた視線が頻繁に眼裏に蘇っては、憤怒と屈辱で腸が煮えくり返りそうになる。


(クソッ! 領域を再構築するためにも、少しでも上等な精気を喰わねえと)


 獲物を探して暗い道を彷徨い歩いていると、プンと濃厚な堕落の匂いがした。何処かで嗅いだことのある匂いだ。美味そうな香に舌の付け根がジンと痺れ、口内に唾液が溢れてくる。


 辺りを見渡すと、高級娼館の前に一台の馬車が停まっていた。


(あれか……!)


 建物の陰に隠れて見ていると、中から人が出てきた。大き目の外套を身に纏っているにも拘らず、腹部が妊婦のように突き出ているのを隠しきれていない辺り、なかり裕福で恰幅のいい人物なのだろう。背丈からいって男のようだが、残念ながらフードで頭を覆っているせいで顔までは認識できない。


 夢魔が人間の夢や白昼夢に入り込むには、一度でも対象者の容姿を確認する必要がある。仕方なしに、シモンは娼館の中から女主人が迎えに出てきたところを見計らって、彼女の白昼夢に滑り込んだ。


「お待ちしておりました、旦那様」

「うむ、今夜も世話になるぞ」

「どうぞ、こちらへ」


 女主人が男を高級娼館の中でも一等級の部屋へ通すと、彼はフードを払った。

 それは四十代くらいの男だった。肉付きのいい頬を機嫌良さそうに緩めている。

 シモンはすかさず女主人の白昼夢から男の白昼夢へ跳んだ。


「旦那様、本日お世話をさせていただく娘ですが、いかがいたしましょう? つい先日入ったばかりの娘がおりましてねえ。旦那様に一番にお目にかかれるようにと、お披露目を控えておりました」


 男は女主人の意味するところを悟ったのか、にんまりを口の端を吊り上げた。


「ほうほう、では、その娘にするとしよう。降り積もった新雪に足跡をつける瞬間ほど心躍るものはないからな」


「おほほほ、承知いたしましたわ」


 女主人は深々と礼をすると部屋を出ていった。


 男は「どっこいしょ」と長椅子に腰を下ろすと、供されたワインを口に含む。何やら考え事を始めたようで、自分の白昼夢の領域へと意識を向けた。その日の出来事を振り返ったり、懸念事項に対処する空想が次から次へとシモンの眼前に現れては消えていく。それは男が人間社会でどのような地位にあり、何を成し得るのか測るには充分な情報だった。


 ――この男、使える。


 欲に塗れて堕落しきった精気といい、いくらでも利用価値のある獲物に巡り会えた僥倖に、シモンの鼓動は速まった。


(首を洗って待っていろよ、バルバラ、ヘンドリック・セラリアン。俺をコケにしやがった報いは必ず受けてもらうからな……!!)

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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