17. いざ、参らん。見合いと言う名の戦いへ【4】
ヘンドリック視点に戻ります。
「わたすの趣味は、人間たちの拷問器具を集めることなんだす。変わった拷問方法があると聞けば、大陸の西から東、どこへでも行くます」
楽しそうに自分の趣味について語るイルハンに、ヘンドリックは頬を引き攣らせた。バルバラの美術品蒐集に似ているが、その内容が違うだけでこうも物騒に聞こえるとは。
何が心の琴線に触れたのかは分からないが、バルバラは何度も頷きながら、彼の話に熱心に耳を傾けている。もしかしたら、同じ人間の作ったものを集めている者として共感したのかもしれない。
「そうなのですね。苦痛を与える方法というのは、文化によって違うのでございますか?」
「やはり同じ人間という種族だすので、基本的な部分は似通っているだす。でも、たまに風変わりな拷問方法があったりすます。昔は足裏をくすぐる拷問をしていた国もあるだす」
バルバラは目を丸くして「へえ」と呟いた。右側に座っているヘンドリックに顔を寄せて、耳元で囁いてくる。
「足の裏をくすぐられるのって、痛いんですの?」
「痛くはないと思うが……。くすぐったいのも長時間続けば苦痛になるのではないか?」
「騎士団でもそのような拷問方法が?」
「いや、私の所属している騎士団では、くすぐりは採用していないな」
二人でひそひそやっていると、テーブルの向かい側から盛大な舌打ちが聞こえてきて、ヘンドリックは顔を上げた。
テーブルに肘をついたシモンが苛立たし気にこちらを睨んでいる。紫水晶の瞳の奥にギラギラと燃えているのが嫉妬であると、この場にいる誰もが気付いているだろう。――シモン本人とバルバラ以外は。
当のバルバラは憮然と目を伏せただけで、シモンの方を見もしなかった。それが癇に障ったのか、彼は指先でテーブルをコツコツと叩き出す。
「ケッ。何が趣味だ。まどろっこしく仲良しごっこなんかしてないで、盛大に殺し合った方が早えんじゃねえの?」
シモンはヘンドリックに射貫くような視線を送ってくる。
「最後に生き残った男がバルバラを孕ませればいい」
これは、明らかにヘンドリックへの挑戦だった。
――やはり、この男はバルバラに懸想している。それでいて、素直に彼女に愛を乞うことができないのだろう。
年端もいかない少年ならまだしも、シモンはどう見ても成人した男性だ。罵詈雑言を浴びせたり、自分を強く見せるために攻撃的になるなど、女性の関心を得るどころか嫌われるだけであるということに何故気付かないのか。
(何とも幼稚な……。夢魔の世界ではどうだか知らないが、人間の世界であったなら、この男は女性を不幸にする典型的な例だな)
それに、この男がバルバラをまるで子供を産むためだけの家畜のように言ったことが許せなかった。
グランティア王国内でも貴族女性に求められる役割のひとつに婚家の跡取りとなる子供を産むことがあるが、妻は夫のいない間は領地の采配をしたり、城を切り盛りする大切な存在でもある。
そしてヘンドリックにとって、女性とは慈しみ守る存在だ。ましてやシモンは彼女に懸想しているのだから、決して軽んじていいはずがない。
そんな男に気圧されてなるものか。ヘンドリックは真直ぐにその視線を受け止めた。
「彼女を賭けて私に決闘を申し込むと。――そう捉えて差支えないだろうか?」
「決闘だぁ? 流石は騎士サマだねえ。そんな崇高なモンじゃねえさ。ただアンタが気に食わねえ。気に食わねえもんは排除しないと気が済まねえ。それだけだ」
タチアナは火花を散らし合う二人を交互に見やって、楽しそうな声を上げる。
「あらっ! バルバラちゃんを巡る争い勃発でござーます!! 流石あたくしの娘、女冥利に尽きますわね!」
「いいぞ~、もっとやれ~」
それに乗じてヒルデガルドまでも気怠そうな声で煽りだした。
ヘンドリックとシモンが睨み合ったまま席を立とうとしたところで、パンと両手を打つ音がした。二人はハッと振り返る。
「……なるほど。あなたがたは、あたくしを物だと思っていらっしゃるのね」
バルバラは伏し目がちに椅子に座り、両手を合わせたまま呟いた。その華奢な身体は冷え冷えとした怒気を放っている。
「あたくし本人の意思を無視して、物のように奪い合おうと? まあまあ、何とも傲慢ですこと」
にっこりと微笑むが、目が全く笑っていない。
「あたくしは殿方の闘争心と征服欲を満足させるための道具ではございませんの。身体さえあれば心などなくてよいと仰るのであれば、その性欲に塗れた汚らわしいイチモツを、その辺の木の洞にでも突っ込んでらしたらいかがかしら?」
彼女の憤怒を表すかのように、風もないのに紫色の髪が宙を舞った。金貨のような瞳がギラギラと輝きを放つ。
「うえぇ~……。バルバラ、煽って悪かったって~」
ヒルデガルドが真っ青な顔で呻いた。額には脂汗のようなものが浮かんでいる。
イルハンもシモンも、同じように顔面蒼白で苦痛に耐えるかのように歯を噛み締めている。相当辛いのか、よく見ると、二人とも小刻みに震える手でテーブルを握っていた。
しかし、人間であるヘンドリックとジパングの男には特に異変がみられない。どうやらこれは、夢魔だけが感じられるものらしい。
「バルバラちゃん、落ち着くざます。序列三位のあーたが怒りをたれ流すだけで、下位の者にとっては苦痛なんざます。序列五位のあたくしでも少々肌がピリピリしてるざます」
ヘンドリックは驚愕に目を見開いた。流石に母親よりも上位に君臨しているとは思っていなかった。
バルバラはギラついた瞳でタチアナを見据える。
「お母さまもお母さまですわ。あたくし、何度も申し上げましたでしょう? 要らぬお節介を焼かないでくださいませ。自分の相手は自分で決められます」
「そうは言っても、あーた全く決める気配がないじゃござーませんの」
「それを含めて、お母さまの預かり知らぬことですわ。それにあたくし、ヘンドリック様と親しくさせていただいておりますから、今後一切あたくしの相手探しに口を挟まないでくださいませ」
「はあ、ようござんす。もうしないざんす」
タチアナはしょんぼりと肩を落とした。娘のためを思って暴走していたようだが、流石にここまで怒りを露わにされると諦めざるを得ないのだろう。
それを聞いたバルバラは肩の力を抜いた。宙を舞っていた髪はふわりと彼女の背中に落ち、瞳も穏やかな色に戻る。
「言質を取ったからには、長居は無用ですわ。――ヘンドリック様、帰りましょう」
「あ、ああ……」
バルバラは椅子から立ち上がると、イルハンとジパングの男へ向かって恭しく淑女の礼をした。
「それではイルハン様、ジョウノシン様、お会いできて幸栄でしたわ。ごきげんよう、良い夢を」
それに倣ってヘンドリックも紳士の礼をする。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございました。失礼いたします」
踵を返し、バルバラの後ろを歩いて来た道を戻る。彼女は終始無言で、その沈黙がヘンドリックへ対する怒りを雄弁に語っていた。
「……その、すまなかった」
ヘンドリックが小さな背中に向かってぽつりと漏らすと、バルバラは歩を止めた。
「……何に対しての謝罪ですの?」
「シモン殿の挑発に乗るようなことを言ってしまった事に対してだ。……それに、あなたを賭けて決闘しようなど、あまりにも独りよがりな判断だった」
バルバラはじっと前を向いたまま、決してこちらを振り向かない。
「……人間の世界では、女性の愛を勝ち取るために決闘をすると聞いたことがありますし、賭けられる女性の中にも、自分を巡って争う殿方を見て悦に入る方がいらっしゃるようですけれども、あたくしは違います」
「……ああ。あなたとは付き合いが短いが、それくらい私にも分かる」
細い肩がピクリと跳ねて、バルバラは緩慢にヘンドリックを振り返った。金色の双眸が探るようにこちらを見つめてくる。
「あなたは、自分の運命を他人に委ねたりなどしない。己というものを強く持ち、信念を貫く人だ」
それは宛ら、自分という名の領土を治める女王のよう。
「そんなあなたを賭けての決闘を受けようなどとに、あなたに対してとても失礼だった。反省している」
真摯に頭を下げたヘンドリックに、バルバラはきまりが悪そうに身動ぎした。ふいっと視線を逸らす。
「あなたの謝罪、受け入れますわ。……それにしても、おかしな方ね。何故あの時、シモンの挑発に乗ろうとされましたの? あなたは別に、あたくしを守る立場でもないでしょうに」
ヘンドリックはポカンと口を開けた。
――そうだ。自分は何故、決闘に応じようとするほどシモンに憤ったのだろう。
バルバラが誰と子を成すかなど、恋人でも婚約者でもないヘンドリックには何の関係もないことだ。にも拘らず、シモンがバルバラを自分の子を産ませるための道具のように言ったことに無性に腹が立った。
(私は、無意識のうちに彼女と彼女の名誉を守りたいと思ったのか……?)
愕然として黙り込んでしまったヘンドリックに肩を竦めると、バルバラは手を差し出す。
「兎に角、参りましょう? あなたの夢までお送りしますわ」
「ああ……」
ヘンドリックは反射的に手を差し出した。
彼の分厚く大きな手が、小さくて白い手に触れそうになった刹那。
「バルバラは誰にも渡さねえ」
耳元で響いた低い声に、身体が総毛立った。
次いで左の二の腕を背後から力任せに掴まれてよろける。
「ヘンドリック様!」
バルバラが驚愕と恐怖が混じったような表情で目を見開いた瞬間、ヘンドリックの視界からオスマン様式の尖塔が消え失せ、世界が反転したのだった。
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