16. いざ、参らん。見合いと言う名の戦いへ【3】【シモン視点】
シモン視点です。
※シモンの性格上、少々露骨で卑猥な言葉が出てきますので、苦手な方はご注意ください。
シモンはテーブルを挟んで向かい側に並んで座っているバルバラとヘンドリックという人間の男をじっと観察していた。
その国の文化にもよるだろうが、少なくともシモンやバルバラが拠点を置くグランティア王国では男前とされるであろう容姿のヘンドリックは、騎士団長というだけあって鍛え上げられた体躯をしている。きりりと太い眉、左右均等に配列された顔のパーツに、しっかりとした顎といった男性的な精悍さ。
人間の女性たちには中性的で美しいと評される己の外見とはまた種類の違った美丈夫だ。
バルバラは柔らかい表情でヘンドリックと見つめ合ったり、耳元で囁き合ったりしている。二人の間に漂う、互いに心を開き合ったかのような雰囲気を感じ取って、シモンの胸の奥に焼けつくような不快感が湧き上がった。
(俺には、そんな顔を見せたことはないくせに)
――まったくもって、面白くない。
シモンは隠すこともなく盛大に舌打ちした。「何事か」と問う様に皆の視線が一斉にこちらに向く。
――バルバラ以外の、全員だ。
バルバラは目を伏せただけで、まるで彼を視界に入れた途端に両目が腐り落ちるとでも信じているように、頑なに目線をこちらへ向けようとはしなかった。
(俺を無視するな! 見ろよバルバラ、この俺を見ろ!)
身の内を焼く焦燥感に、シモンは薄い唇を噛んだ。
バルバラと初めて出会った時の衝撃は今もはっきりと覚えている。母親に連れられて訪れた、とんでもなく強い夢魔タチアナ姫の、細部にまでこだわって造り上げられた豪奢な領域。そこで引き合わされたのが幼いバルバラだった。
夢魔は他人の容姿にはあまり頓着しないはずの生き物だ。それなのに、バルバラが視界に入った途端、シモンの世界から彼女以外のものが消え失せた。
フワフワと波打つ紫色の髪。ヤギの乳のように白い肌、幼児特有のつんとした小さな唇に、ふっくらと柔らかそうな頬。金貨のような瞳はキラキラと輝いて、その小さな身体に秘められた力の強大さを物語っている。
その圧倒的な存在感に、視線を引き剥がすこともできず、ただそこに立ち尽くすしかできない。
そんなシモンとは裏腹に、バルバラは興味深そうな目でじっとこちらを見つめ、花が綻ぶように笑んだ。
その瞬間、泣きたいくらい嬉しいような、ぎゅっと胸を掴まれたような、何とも言い表せない感覚に襲われて、シモンは息を呑んだ。
「ごきげんよう。シモンさま。あなた、とてもかわいらしいお顔をしていらっしゃいますのね」
容姿について言及されたのは初めてだったが、それすらも気にならないほど、胸が高鳴っていた。
しかし、バルバラはすぐに興味を失ったように視線を逸らしてしまう。彼女の母であるタチアナを見上げて、こてりと首を傾げた。
「ね、おかあさま。もうごあいさつはすみましたから、ヒルデガルドと遊んでいいでしょう?」
そう言うと、庭園で遊んでいたもうひとりの幼女の方へあっさりと駆けて行ってしまう。
こんなにも心を惹きつけておきながら、自分には大した関心も抱いていない様子のバルバラに、幼いシモンは屈辱と敗北感でいっぱいになった。
矢も楯もたまらず、シモンは二人の方へ走って行く。
「おい、お前」
彼の声が聞こえなかったのか、バルバラはヒルデガルドと楽しそうに遊び続けている。
「おいってば! こっちをみろよ……」
もう一度声をかけても、バルバラは振り向かない。
――こっちを見ろ。自分だけを、見ろ。
気付けばシモンは大声で叫んでいた。
「おいっ、聞いているのか、このブス!!」
広大な庭園に響き渡った声は、確かにバルバラの注意を引いた。
ポカンとしたバルバラの金色の瞳の中に、ようやく自分の姿が映ったとき、シモンは歓喜に打ち震えた。
「――いま、あなた、あたくしを何と呼びましたの?」
しかしすぐさま彼女の顔から表情が抜け落ちたのを見て、シモンは自分が失態を犯したことに気が付いた。
「――あ……」
バルバラはゆらりと立ち上がると、一歩、また一歩とこちらへ歩いてくる。
「いま、あたくしをブスと呼んだのかしら?」
凍えるような冷たい声音に、顔から血の気が引いた。
――何かを言わなくては。
しかし、己の失言を認めるにはシモンはあまりにも幼すぎた。
「お、お前が、おれをむしするからだろっ!」
「……むしなどしておりませんわ」
「したじゃないか! そいつとばっかり話して! おれを仲間はずれにした!」
「しておりません。それはそう、し、しがい……、いえ、ひがいもうそうというやつです」
バルバラはシモンの目の前で立ち止まると、虫けらでも見るような侮蔑に塗れた視線をよこした。
――自分はただ、彼女の視界に入りたかっただけなのに。同じ熱量を持ってこちらに関心を向けて欲しかった。ただ、それだけだったのに。
(そんな目で、おれを見るな!)
じわりと眦に涙が浮かぶ。悔しさに唇を噛みながら、シモンはバルバラを睨め付けた。
「う、うるさいっ! だまれ、このブスが!!」
叫んだ途端、目の前に星が散った。頬に焼けるような痛みが走ったかと思ったら、次の瞬間には尻を地面に強かに打ち付ける。
何が起こったのか理解できずに呆けていると、頭上から棘だらけの声が降ってきた。
「あたくし、ぶれいなおとこはきらいです」
ゆるゆると顔を上げると、仁王立ちしたバルバラと目が合った。シモンの頬を張り飛ばしたせいで真っ赤になった己の小さな手を胸元で握っている。美しい金色の瞳は怒りに炯々と輝いていた。
「あなたのおかあさまにめんじて、一発でかんべんしてさしあげる。あのかたは、あたくしのおかあさまのおともだちですから」
吐き捨てると、バルバラは踵を返した。後ろでぼんやりと二人のやり取りを見守っていたヒルデガルドを連れて去っていってしまう。
――怒らせるつもりじゃ、なかったのに。
どうしたら良かったのか。どうすればあの美しい瞳にもう一度映ることができるのか分からない。シモンは絶望に打ちひしがれた。
泣きながら母の元へ戻り事情を説明すると、母からも厳しく叱責された。
「それは完全にお前が悪いわ、シモン。女の子にブスなんて酷いことを言ってはなりません。良いですか? 夢魔の男にとっての栄誉とは、力をつけて序列を上げ、少しでも条件の良い夢魔の女性に認められ、子を産んでもらうことなのですよ」
女の子に意地悪をしている暇があれば、自分を磨けと諭されても、具体的にどうすればいいのか、何を言えばいいのか誰も教えてくれない。
結局、その日以降、バルバラに会うたびに素直になれず、どうしても意地悪なことを言ってしまうようになった。
――だって、その瞬間だけは、バルバラの注意を引くことができるから。
怒りであろうと、憎しみであろうと、無関心よりはよほどいい。その時、彼女の心の中にいるのは、自分だけになるのだから。
そうこうしているうちに、あっという間に一人前と認められて独り立ちするような年齢に達してしまっていた。
(親しくしている、だと? ――冗談じゃねえ。バルバラは、俺のものだ)
バルバラは序列三位。若い女性の間では最高位の夢魔だ。下等な生き物である人間ごときが手を出すことなど、許されていいはずがない。
初めて出会ったあの日から決めていた。いつか必ず、バルバラを手に入れてみせると。あの薄い腹にたっぷりと自分の子種を注ぎ、子供を孕ませてやると。
あの射貫くような視線の先にあるのは、自分だけでいい。
バルバラの気高い心も、華奢な身体も必ず手に入れる。
――どんな手を使っても、必ず。
次回に続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




