15. いざ、参らん。見合いという名の戦いへ【2】
バルバラの母、タチアナがお見合い相手を紹介します。
「まずはバルバラちゃんもご存知の、シモン・アステージャ様。伯爵階級の夢魔ざます」
一人目は銀の長髪を濃紫の髪紐で結った紫水晶のような瞳の美丈夫だ。丈がやや短めのプールポワンはグランティア王国でよく見る装いだ。バルバラは彼の腰辺りを見て嫌そうに顔をしかめた。先ほど言っていたように、下半身の凹凸がもろに出てしまっているのが不快なのだろう。
シモンはバルバラとヘンドリックを交互に睨め付け、皮肉気な笑みを浮かべた。
「よう、バルバラ。人間の男なんて連れて、醜女がいいご身分じゃねえか」
「ごきげんよう、アステージャ卿。あなたの声が耳に入るだけで不快ですの。黙っていてくださらない?」
バルバラはそっけなく返すとツンと顔を背けた。幼馴染にも関わらず敢えて名前を呼ばなかったのは、「あなたと名前を呼び合うような仲ではないし、なるつもりもない」という意思の表れか。
――こいつがバルバラに懸想しているというシモンか。
ヘンドリックはモヤモヤした物を胸の奥に秘めながら目礼した。
タチアナは「まあ、相変わらず仲良しさんでござーますわね」とバルバラとシモンを微笑まし気に見やった。あれを仲良しと表現するあたり感覚がズレていると思うのは、ヘンドリックだけではあるまい。
ちらりとバルバラを見ると、彼女はうんざりしたような顔で肩を竦めたので、タチアナはいつもあのような調子なのだろう。
「こちらが、イルハン・コライ様。子爵階級の夢魔ざます」
二人目の男はオスマン帝国のカフタンというローブに身を包んでいた。髪は大きな布で頭に巻きつけられ、顎には黒々とした髭を蓄えている。異国訛りの言葉で「はずめますて」と挨拶をしてきた。
「そしてこちらが、ジョウノシン・ムラカミ様ざんす。人間で、ブケという階級の家柄とのことでござーます」
三人目の男は象牙色の肌に切れ長の目の涼し気な顔立ちで、身体の前で交差させたローブのような服に、ゆったりとした幅広の脚衣といった、グランティア王国周辺では見慣れぬ衣服を身に纏っている。特に目を引いたのが彼の奇抜な髪形だった。頭頂部は剃られていて、残った黒い髪は後頭部で結われていた。
彼は上半身ごと、身体を半分に折りたたむように深々と頭を下げた。異国の言葉で何かを言ったが、ヘンドリックにはさっぱり理解できなかった。
「あら、ジパングの方なのですね。……よくもまあ、あれだけ遠い国から引っ張り出してきたこと」
バルバラは額に手を当てて、呆れたように重い溜息を吐いた。
タチアナはそれを感心と捉えたらしく、嬉しそうに破顔した。やはり感覚がズレている。
「あなたは選り好みが激しいざますからね! お母さま頑張ったんざます! これだけ多様な容姿を取り揃えれば、ひとりくらい気に入る方がいらっしゃるんじゃござーませんこと?」
「容姿はあくまで鑑賞のための基準ですわ。子供の父親となる方とは全く別です」
「そうざんすか? やはり、身体の相性は大切ざますよね! 人間であれば精気が美味しいに越したことはござーませんし」
「あたしはやっぱり力の強さが判断基準だな。階級でいうなら侯爵以上」
これまで無言で成り行きを見守っていたヒルデガルドがぽつりと呟いた。
ヘンドリックは首を傾げる。
「先ほどから人間社会でいう貴族の階級名が出てきているが、夢魔に身分はないのではなかったか?」
「夢魔の序列は実力で決まると申しましたけれど、上位の者は階級に振り分けられますの。各階級ごとに人数が決まっていて、随時入れ替わっている状態です」
序列一位の者は王または女王と呼ばれる。その下に姫あるいは王子と呼ばれる者が五人。公爵が十人、侯爵が二十人、伯爵が三十人、子爵が四十人、男爵が五十人の枠となっているそうだ。
バルバラは姫の階級なので、一番下だとしても序列六位ということになる。
ヘンドリックは隣に立つバルバラをしげしげと見つめる。恐ろしく強いのだろうに、幼さの残る可愛らしい風貌からは全く想像できない。
ヘンドリックの驚愕をよそに、バルバラは言葉を続ける。
「男爵以下は階級がありませんので、全員まとめて『無階級』と呼ばれます。やはり子孫を残す相手として人気なのは階級持ちの男性ですわね」
人間社会における多くの文化は男性優位で、女性は少しでも条件のいい男性に見初められようと躍起になるが、夢魔の世界は逆だという。これは夢魔の女性が産んだ子供でないと夢魔の性質が受け継がれないためで、夢魔の子孫を残したい男性は女性に選んでもらうために必死になるのだとか。
バルバラの説明を、緑色の髪の毛をいじっていたヒルデガルドが引き継いだ。
「階級が上の方がモテるのは男女ともに共通なんだよね。今回みたいに、ひとりの女に対して男が複数名乗りを上げた場合は見合い形式にして、女に判断をまかせるってわけさ」
「なるほど……」
ヘンドリックが人間の貴族間では親が決めた相手と結婚すると話した際、どうりでバルバラが呆れていたはずだ。言い寄って来た相手を跳ね除ける権利がある夢魔にとっては、親が自分の意思を無視して男をあてがうなどあり得ないことなのだろう。
「圧倒的に女性の立場の方が強いのですけれども、だからといって、女性側も気に入った男性と確実に番えるわけではありません。男性側にも断る権利がありますので」
しかし、実際は女性から言い寄られた男性はよほどの事情がない限り、ほとんど断ることがないらしいが。それほど夢魔の女性に選ばれることは僥倖と捉えられているらしい。
タチアナはくねくねと身体をくねらせながら、歌うように訊ねた。
「ささ、バルバラちゃん。どの殿方になさーます?」
「どの殿方も何もございませんわ。今お会いしたばかりではございませんか。それに、あたくし、ヘンドリック様と親しくさせていただいていると申しましたでしょう?」
バルバラはちらりとシモンを一瞥して吐き捨てた。
「確実に言えるのは、アステージャ卿だけはあり得ないということだけです。彼と子孫を残すなど、死んでもごめんですわ」
「バルバラのくせに生意気言ってるんじゃねえ!」
シモンが歯茎をむき出しにして声を荒げたが、バルバラはどこ吹く風で、自分の手の爪に視線を落としている。
タチアナは不満そうに口を尖らせたが、名案を思いついたとばかりに両手を合わせた。
「そうですわ! 何もひとりに絞ることはござーませんもの、全員を繁殖相手にしたらよいのではござーませんこと!?」
オスマン帝国の皇帝は何人もの女性を後宮に囲っていると聞いたことがあるが、まさか自分の娘に逆ハーレムを薦めてくる母親がいるとは。バルバラとヘンドリックは顎が床に落ちるのではないかというくらい、あんぐりと口を開いた。
「何を仰っていますの!? お断りいたします!!」
「何とふしだらな……」
二人の反応が思っていたものと違ったのか、タチアナは頬に手を当てて残念そうに眉尻を下げた。
「あら、お気に召さないざます? でも、良い機会ですから、少し皆さまとお話するといいざんす」
タチアナは半ば強引にヘンドリックとバルバラを椅子に座らせた。
「さあ! 皆で楽しくおしゃべりするざます!」
ヘンドリックは椅子に座った面々を見渡した。ヒルデガルドや他国から参加のイルハンとジパングの男――名前は聞き慣れない上に長いので覚えられなかった――はのほほんとしているが、バルバラとシモンの間に流れる空気はギスギスしており、険悪の一言に尽きる。
(これは、あまり楽しい場にはならなさそうだ)
ヘンドリックは人知れず溜息を吐いた。
長くなるので、次回に続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




