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ミッドナイト喰らい夢 ~夢喰い姫は見目麗しい殿方を鑑賞したい~  作者: 柏井猫好


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14.  いざ、参らん。見合いという名の戦いへ【1】

 見合い当日の夜更け。事前に伝えられていた通り、自室で眠っていたヘンドリックの夢の中にバルバラが迎えに来た。


「さあ、準備はよろしくて?」


 軽く挨拶を済ませるなり、バルバラは気迫漲った様子でヘンドリックを見上げてきた。

 ヘンドリックは自分の身体を見下ろした。床につく際に着ていた寝衣のままで、どう見ても出かける格好ではない。


「あなたの力で私の服装をどうにかできないだろうか? 何分夢の中なので、どうすれば着替えることができるか皆目見当がつかない」


 バルバラはヘンドリックの全身を眺めまわした後、ほんのりと頬を染めた。


「あら嫌だ、あたくしったらそわそわしていて気が付きませんでしたわ。……まあ、相変わらず外見だけはあたくしの好みですわね。寝衣姿も素晴らしいわ。ジュルッ」


 後半は小声だったので何を呟いていたのかは聞き取れなかったが、何故か涎を啜る音がしたので、碌なことではないだろうと判断した。


 バルバラはコホンと小さく咳払いをすると、顎に手を当てて逡巡した。


「ではあたくしが着替えさせて差し上げますわ。プールポワン(上着)の丈は長めにいたしましょう。あたくし、昨今の丈の短いのは好きませんの。どうもあのピッタリした脚衣(タイツ)で股間が強調されているのが、見ていて不快なのですわ。お尻の形がはっきり出るのは目の保養ですけれどもね。それと、プーレーヌ(つま先の尖った靴)の先も長過ぎるのは滑稽ですから、適度な長さに整えて……」


 ぶつくさ言いながら指を鳴らすと、ヘンドリックの寝衣は黒のプールポワンと黒い脚衣に取って代わった。宣言通り靴のつま先も長すぎず、短すぎない洒落たものになっている。


 バルバラは美術品でも批評しているかのように目を眇めながら、白魚のような手でトントンと顎を軽く叩く。


「ふうむ。黒い衣服というのはここ最近の流行ですけれども、全身黒づくめは場に相応しくありませんわね。やはりここはあたくしが着ている色と合わせた方が、仲睦まじい様子を演出できるかもしれませんわね」


 バルバラは自分の着ている淡い赤色のコタルディ(ドレス)を見下ろしながら頷いた。パチンと指を鳴らすと、ヘンドリックが身に纏っていたプールポワンの色が深紅になった。


「これで完璧ですわ!」


 ヘンドリックは自身の装いを確認し、感心して頷いた。美術品蒐集が趣味の一つなだけあって、バルバラの選んだ衣服は装飾品に至るまで実に洒落ていた。バルバラとの調和も取れている。


「あなたは淡い赤色が似合うのだな。紫色の髪色が良く映える」


 ヘンドリックが素直にそう零すと、バルバラは一瞬ぽかんとしたが、すぐに頬が赤く染まった。


「まっ、まあ! お褒めに預かり光栄ですわ!!」


 彼女は慌てたようにこちらに背を向た。両手で顔を仰いでいるが、何か変なことでも言っただろうか。

 訝しく思いつつ彼女の小さな背中を見守っていると、バルバラはすました表情で振り返った。すでに普段の顔色に戻っている。


「さあ! これで戦闘準備は万端ですわね!」

「……まるで戦いに赴くかのような言いぐさだな」


 不敵に口の両端を吊り上げたバルバラの表情は獰猛とも言えるのに、ヘンドリックの目には酷く眩しく映った。


(そうか。彼女は自分の自由のために戦うのだな)


 ――何と誇り高い娘だろうか。


 ヘンドリックの鼓動が高鳴った。心地よい熱が胸の奥から湧き上がって、じんわりと全身に広がっていく。


(参ったな。どうやら、私は強い女性を好ましく思うらしい)


 しかし、いくら好ましかろうと、相手は夢魔だ。人間であるヘンドリックとは文字通り住む世界が異なる。


 ――バルバラが人間の女性であったなら。


 そんなあり得もしない「もし」を考えて、小さく頭を振った。

 ヘンドリックはバルバラに手を差し出す。


「それでは、私にあなたをエスコートする栄誉を与えていただけるだろうか、コンティーヌ、いや、バルバラ嬢?」


 バルバラは目を丸くした後、ぷっくりとした唇で弧を描き、ヘンドリックに手を重ねた。


「ええ、そうですわね。想い合っている二人はお互いを名前で呼びますわよね。……それでは、参りましょうかヘンドリック様」


 バルバラが言葉を切るなり、ヘンドリックの視界は七色の霧に覆われた。




「さあ、着きましたわ」


 言われて目を開けると、二人は両脇に尖塔を従えた石造りの門の前に立っていた。


「ここは……?」

「あたくしの母である、タチアナ・コンティーヌの領域です」


 バルバラはすたすたと門の中へと歩いていく。門前に広がる手入れの行き届いた庭園に見惚れていたヘンドリックは、慌てて後を追った。

 以前彼女が言っていたように、夢魔の領域は主の許可なくば何人たりとも侵入することができないからなのか、門番など警備の者は一切見当たらない。


 門を抜けると異国風の巨大な建造物が目に飛び込んできた。半球状の屋根を持つ宮殿と言っても過言ではない規模の邸で、回廊には柱がずらりと並んで尖塔アーチになっている。壁や天井には草花の絵に交じって、青や孔雀色の塗料でびっしりと精緻な文様が描かれている。目を凝らしてみると、それは蛇のようにくねっていて、どうやら異国の文字のようだった。


「母はオスマン帝国で暮らしておりますから、ここもオスマン建築を真似ているようですわね。我が母ながら、とても美しく仕上がっておりますこと」


 バルバラは壁と同じように柄で覆われた豪華絢爛な天井を見上げて頷いた。どうやら彼女の審美眼にかなったらしい。


 回廊を通り抜けると広大な中庭に出た。中央には白地に金と青の模様が美しい噴水がある。その周辺に椅子やテーブルが配置されており、そこに数名の男女が腰かけて談笑していた。

 その中のひとりがこちらを振り返る。


「あらっ、バルバラちゃん! やっと来たんでござーますわね! 待ちくたびれたざます」


 バルバラと同じ紫色の髪と金色の瞳をした女が手を振る。大層美しい女で、見た目の年齢は三十代後半から四十歳そこそこといったところか。出自はグランティア王国ではないのだろう、独特な訛りと言葉遣いだ。異国風の緑色の衣装を着ている。


「ごきげんよう、お母さま」


 バルバラは女に向かって淑女の礼をした。では、彼女がバルバラの母、タチアナなのだろう。

 タチアナは嬉しそうに駆け寄ってきた。バルバラの隣に立っていたヘンドリックに気付くと、こてりと首を傾げた。


「あら、そちらの殿方は誰ざます?」


「ご紹介いたしますわ。こちらはセラリアン卿。最近()()()()親しくさせていただいておりますの」


 バルバラは「とっても」の部分をやたらと強調した。


「ヘンドリック・セラリアンと申します。お会いできて幸栄です」


 ヘンドリックが紳士の礼をすると、タチアナはパッと顔を輝かせた。


「ンまあっ! 親しい!? どうもぉ、あたくし、バルバラちゃんのお母さまのタチアナでござーます」


 バルバラはしめたというように、実にいい笑みを浮かべる。


「ええ。現ではよく舞踏会や宴などに連れて行ってくださいますのよ」


「そうでござーますのねぇ! よろしゅうござーますわ! ささ、二人とも、こちらへ来てくださーませ」


 タチアナは二人を連れていそいそとテーブルに歩み寄った。

 三人の男とひとりの女が一斉にこちらを振り向く。


「やっほー、バルバラ」


 黄色のコタルディに身を包んだ緑色の髪の女が、にやりと笑う。テーブルに両肘をつき、両手の甲の上に顎を載せている。


「あら! ヒルデガルドも来ていましたのね! ごきげんよう! ヘンドリック様、こちらはあたくしの親友のヒルデガルドですわ。彼女も夢魔なのですよ。ヒルデガルド、こちらはセラリアン卿です」


「お~、あんたが例の。バルバラがあんたのためにヘンテコな趣味を諦めたっていうのは聞いてるよ。よろしく~」


「よろしく、ヒルデガルド嬢」


 ヒルデガルドとヘンドリックの挨拶が終わるまで見守っていたタチアナが、椅子に座っている三人の男を振り返った。


「ご紹介するざんす。こちらはバルバラちゃんの繁殖相手候補のお三方ざます」


 男たちが立ち上がる。ヘンドリックの隣に立っているバルバラの身体に力が入ったのが目の端に見えた。

長くなるので次回に続きます。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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