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ミッドナイト喰らい夢 ~夢喰い姫は見目麗しい殿方を鑑賞したい~  作者: 柏井猫好


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13.  バルバラからの要請

 見渡す限りの草原に、ぽつんと佇む荒城があった。ヘンドリックはその崩れ落ちた石壁の間を潜りぬけ、何かに導かれるように城の奥へ奥へと進んで行く。


 一歩踏み出す度に、身に纏った鎧が立てるガシャリガシャリという音が、硬質な壁に反響し、静けさを切り裂いていた。


 途中に通り過ぎる部屋はどれも埃に塗れており、変色して破れたしたタペストリーが垂れ下がっていたり、朽ち果てた寝台や椅子の残骸が放置されている。


 そんな光景を無感動に見やりながらも、ヘンドリックは真直ぐに玉座の間を目指していた。どうしてそこに向かっているのか、何故その場所が分かるのか、誰に問われても説明はできなかっただろう。彼はただ、それを「知っている」のだ。


 玉座の間には、豪奢な細工を施された重厚な木の椅子が二つ並んで置かれていた。今は水気を吸ってボロボロになっているが、かつては見事な装飾で覆われていたであろうことが窺える。そして、その椅子の足下の石の床には、見覚えのある剣が突き刺さっていた。


 ――あれは、自分のものだ。


 ヘンドリックは逸る気持ちを抑えつつも慎重に歩を進める。剣の柄に手を触れた途端、それは息を吹き返したかのように震えた。

 ヘンドリックは固唾を呑み、柄を握る己の手に力を込めた。石と金属が擦れ合う音がして、ゆっくりと刀身が引き抜かれていく。


 ヘンドリックは剣を天高く掲げた。崩れ落ちた天井から日の光が一筋差し込んで、温かく身体に降り注ぐ。そして、その光が剣に触れた瞬間。

 銀色だった刀身から突如として緑色の芽が生え、ヘンドリックは驚愕に目を瞠った。それはすぐに成長し、何本もの蔦になって剣の表面を覆っていく。思い入れのある愛剣はみるみるうちに緑色の塊になってしまった。


「ああ……何ということだ」


 ヘンドリックは硬い床に頽れた。蔦はむしってもむしっても生えてくる。


 荒れ果てた玉座の間に独り佇み、見るも無残な愛剣を抱えて意気消沈していると、突然鈴を転がすような声が周囲に響き渡った。


「一大事ですわ、セラリアン卿!!」


 ヘンドリックはハッとして周囲を見渡した。


 ――どこかで聞いたことがある声だ。


 声の主を思い出そうと必死に思考を巡らせていると、突然目の前に紫色の髪に金貨のような瞳をした可愛らしい娘が姿を現した。


「うわっ!」


 思わず声を上げたヘンドリックにはお構いなしに、娘は彼の両肩を掴むと小さな顔を近づけてきた。

 ふわりと鼻腔を突いた甘い匂いに思わずドキリとすると、頭の奥でつっかえていた物がポロリと落ちたように現実を思い出した。


「なっ、なん!? お前、いや、あなたはコンティーヌ嬢!? もしやここは私の夢の中なのか!?」


「ええ、左様でございますわ。……まあ、あなた、何とも可笑しな夢を見ていらっしゃるのねえ。もっと欲に塗れた素敵な夢をみればよろしいのに」


 バルバラはヘンドリックが抱えたままだった蔦の塊を見やって片眉を上げた。


 人間に過ぎないヘンドリックに夢の制御などできるわけがないのだが、妙に恥ずかしくなって、彼は剣だったものを床に投げ捨てた。

 軽く咳払いをして、鎧の表面を軽く手で払って身なりを整える。


「こんばんは、コンティーヌ嬢」


「ごきげんよう、セラリアン卿……って、呑気にご挨拶している場合ではないのですわ! 一大事なのです!!」


「一大事とは?」


 バルバラの何とも穏やかでない雰囲気に唾を呑む。


「これを読んでくださいませ」


 バルバラは眉を吊り上げて一枚の羊皮紙を差し出した。

 ヘンドリックは面食らいながらも、色とりどりのインクで描かれた草花と金色の飾り文字に目を走らせた。


「『あたくしのかわいいバルバラちゃん。あなたのためにお見合いパーティーを開催いたしますので、必ず出席しなさい。愛をこめて――母より』……ご母堂からの手紙ではないか」


 この国の貴族の娘であれば十三歳から婚約者を決めるし、十七歳にもなれば結婚するのが普通とされている。バルバラは見たところ十八歳前後なので、まさに適齢期といえよう。人間と夢魔の価値観が同じとは限らないが、ヘンドリックにとって母親が娘の婚期を気にするのは当たり前のことだ。


「これの一体どこが一大事だというのだ?」


 バルバラは信じられないことを聞いたというような表情でヘンドリックを見上げてくる。


「一大事に決まっているじゃあございませんか! 母はあたくしをいけ好かない夢魔の男と番わせようとしているのですよ!?」


「……貴族の結婚に本人たちの意思は関係ないと思うのだが、もしや夢魔の世界では違うのか?」


 ヘンドリックは困惑して頭を掻いた。平民同士なら惚れた腫れたで婚姻を結ぶと聞いたことがあるが、貴族にとって結婚とは家と家の結びつきを強固にするための手段に過ぎない。特に女性は父親が決めた相手と結婚するのが当然とされていた。バルバラの場合、すでに父親は天に召されているというから、この場合は母親か後見人の男性が相手を見繕ってくるのは自然なことだった。


 そんな人間貴族の常識を聞いて、バルバラは嫌そうに顔を顰めた。


「まあ、人間とはかくも面倒な人生を歩みますのね。とりわけ、女性には自由がなく、男の持ち物のように扱われると聞いております。自分の一生を左右する相手を、何故他人に決められなければならないのか、あたくしには全く理解できません」


 バルバラ曰く、夢魔の世界において王族や貴族などの身分はなく、男女においても立場は平等で、夢魔としての能力の高さだけで序列が決まるそうだ。


「夢魔は自由な生き物ですから、高位の者に対してへりくだることはありませんし、高位の者もよほどのことがない限りは下位の者に何かを強制することはありません」


「親子間であってもか?」


「ええ。独り立ちした子供に親が干渉することは稀ですし、あたくしも母も、序列としては同位に属しておりますから、母が序列を笠にあたくしに命令することはございません」 


 バルバラも彼女の母親も、序列高位の女性にのみ与えられる『姫』の称号を持っているそうだ。


(『夢喰い姫』というのは、階級のことだったのか)


 姫というから、てっきり貴族のご令嬢か王族の姫なのかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 ヘンドリックは妙に腑に落ちて、何度が無言で頷いた。


「ならば、ご母堂があなたに結婚相手を押し付けることはないのでは?」


 呑気な言葉に、バルバラは悪魔のような形相で振り仰ぐ。


「あなたは母の面倒くささを理解していらっしゃらないのですわ!」

「そ、そうか……」


 ヘンドリックは彼女のあまりの剣幕にたじろいで一歩下がった。


「母は頭の中がお花畑なのですわ! 常に誰と誰の相性が良さそうだの、きっとこの人はあの人とできているに違いないだの、兎に角全てを色恋沙汰に結び付けたがりますし、お似合いだと思った二人はくっつけないと気が済まないんですの!!」


 よく親戚にいる仲人おばさんのようだ。ヘンドリックも何度かそういった類の人間にお節介を焼かれた覚えがあるので、バルバラの心の叫びは痛いほど分かる。


「それは……厄介だな。誰かあなたに似合うと思っている相手がいるのだろうか?」


「……幼馴染のシモンですわ」

「シモンというのか」

「お止めになって! 耳が腐ります!!」


 その名を聞くだけでもおぞましいという風に、バルバラは両手で耳を押さえた。よく見ると雪のように白い肌が粟立っているではないか。


「……そんなに嫌な相手なのか?」


「天敵ですわ! 幼少の頃より、顔を見れば醜女(ブス)だの、変人だの罵ってきますのよ! あたくしより序列が下なのが矜持を傷つけるのか何だか知りませんが、あんな嫌味な男は絶対に嫌です!」


 ――それは好きな子ほどいじめてしまうという、少年特有の行動ではないだろうか。


 しかしそれを本人のいないところでバルバラに言っていいものか判断がつかず、ヘンドリックは曖昧に「そうか」と言うだけに留めた。


 幼い頃からバルバラに懸想している男の存在を知って、何故が胸の奥にもわっとした感情が湧き上がる。

 その感情の名が脳裏に浮かびかけた時、バルバラの声でハッと我に返った。


「そこで、あなたなのです」


 彼女はヘンドリックに指を突きつけた。


「あなた、あたくしの同伴者として、お見合いパーティーに参加してくださいませ!」


「――は?」


 耳に飛び込んできた言葉を理解できずに、ヘンドリックはキョトンと目を瞬いた。


「最近会っている殿方がいると言ってあなたを母に紹介し、お節介は不要であると納得させれば全てが解決するのです」


「だからといって、何故私なのだ!?」

「あら。だってあなた、あたくしと何度か舞踏会に参加しているじゃありませんか」


 聖カタリナの祝宴以降、知り合いなどから招待を受けた宴や舞踏会に二回ほどバルバラを伴って参加したことは事実だが、それはバルバラが美青年の夢蒐集を止める代わりに出された条件をまっとうしているに過ぎない。


「出席しているだけで、私たちは恋仲というわけでは」

「そんなこと、どうでもいいのです!」


 バルバラは、あたふたするヘンドリックの言葉を遮って、ばっさりと切り捨てる。


「よろしいこと? 会っているという事実だけを伝えれば、後は母が勝手に勘違いしてくれるはずですわ。あたくしもあなたも、何も嘘をつくわけではございませんもの。あなた、嘘を吐くのが嫌いでしょう?」


「そ、そうだが」


「あたくし、あなたのために趣味のひとつを諦めたのですから、それくらいしてくださっても罰は当たりませんわよね?」


 バルバラは実にいい笑顔でぐいぐいと迫ってくる。


 確かに、彼女はヘンドリックとの約束を守ってくれている。荒城の壁際に追いつめられると、ヘンドリックは仕方なしに口を開いた。


「――会場は何処なのだ? 夢魔の見合いなのだから、現実ではあるまい?」


「ええ、そうですけれど……。開催場所が(うつつ)でなければ一緒に行ってくださいますの?」


 ――現実で開催されるわけでないなら、同僚や知り合いに見られることはないのだから、そこまで支障はないだろう。


 不承不承頷くと、バルバラはキラキラしい笑みを浮かべた。喜びからか頬が上気し、目が潤んでいる。


「ありがとうございます!」


 バルバラは思わずといった風にヘンドリックの両手を握った。


「あ、ああ」


 鎧の籠手越しの接触とはいえ、妙に気恥ずかしくなって、ヘンドリックは視線を彷徨わせた。


「それでは、当日はあなたの夢の中にお迎えに上がりますわね! それではごきげんよう、良い夢を!」


「ああ、良い夜を、コンティーヌ嬢」


 バルバラは鼻歌でも歌い出しそうな様子で背を向けると、煙のように姿を消した。


 荒城に独り残されたヘンドリックは崩れた壁の残骸に腰を下ろした。

 床に転がった蔦まみれの愛剣をぼんやりと眺めながらも、頭の中は先ほど胸に湧き上がった感情のことでいっぱいだった。


 あの、焼けつくような感情を、ヘンドリックは知っている。


 ――あれは嫉妬だ。


 ヘンドリックは肺が空っぽになるような長い長い溜息を吐き、力なく首を垂れた。


 悪魔の一種である夢魔(バルバラ)に魅了されるなど、騎士団長であるヘンドリックにあってはならないことだ。悪魔の誘惑に抗えぬような弱き者に、国の守護者が勤まるわけがない。


「心が弱っているのだろう。明日から、より一層厳しく己を鍛えねばならん」


 翌日早朝。起床してからも夢の内容を鮮明に覚えていたヘンドリックは、宿舎内に設けられた小さな礼拝堂で神に祈りを捧げてから鍛錬に向かった。


 その日以降、第二騎士団内の彼の通り名が「堅物団長」から「鬼団長」に変わったという。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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