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第九話 運命

「パパ、ただいま」


 私の言葉に、床に伏せるパパは小さく口を開いて「ああ」と返した。その声は弱く掠れていて痛ましい。

 パパはママと死別してから病を患った。死別の傷心が生気を奪ってしまったのか、病状は悪化する一方だった。


 病人の匂いを紛らわそうと蜜ロウソクに火を灯して、パパの枕元に置く。私はパパを起こして、身体の汚れを濡れた布で丁寧に拭き取っていく。

 病的な肌色と浮き出た肋の陰影がひどく痛々しかった。


 だけど私はこの時間が好きだった。パパは日中にここへ入ることを許さないから、私は決まってこの時に他愛ない話を持ち込んで、談笑を目論むのだ。私の話でたまに笑ってくれるパパが好きだった。


「今日はね、森の中で迷う旅人と出会ったの。異国人と獣人よ。目を疑ったわ。彼ら、カエルを煮て食べてたのよ。それも美味しそうに。それでね……」

「我が娘フェイト」


 そのパパの声音は子供に言い聞かせるように柔らかだった。


「お前はいつまでここにいるつもりなのだ?」

「え? そ、それはパパが治るまで……パパを置いて南へなんて行けるわけない」


 パパは傍の小さな陶器を持ち上げて、私の前へ見せびらかした。


「私の百年酒だ。この容器の半分も残っておらぬ」

「……やめてよ、お酒。病状が悪化する」

「先のない病人に固執するな」


 パパは七色が混じる虹彩の『魔眼』を私に向けたが、私はそれを正面と見ることができなかった。パパの魔眼は『運命』を見抜く。その運命が良いものとは限らない。時には死の運命すら宣告する。

 私はそれが怖かった。


「……マキアと言ったか。あの異国人は『運命』に憑かれている。お前はあの者と共に行くのだ」


 パパの冷たい言葉に私は顔をあげてしまった。神的な美しさの魔眼と目が合う。その目は静かにかつ厳しく私を貫いた。


「……や、いや」

「私の元より旅立つ時だ。彼の運命を見届けよ」

「私はパパから離れたくない」

「馬鹿者! まだ分からんのか!」


 不意の叱責に、私は肩を飛び跳ねさせた。その大声の後、パパは苦しそうに咳き込んで、しゃくりあげるような呼吸が続いた。優しく背中をさするが、パパは私の手を振り払って小さく「出ていけ」と言い放った。



 ◇           ◇



 俺はこの世界の現状を聞いてから、寝床に戻って膝を抱え、座り込んでいた。


 魔王による世界終焉。

 どうして俺が、こんな時にこんな場所にいなくちゃいけないんだ。異世界の滅亡に巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ。帰りたい。帰らせてくれよ。


 そんなことが頭の中でグルグルしていた。

 一人暮らしで孤独には慣れていると自負していた。だけど、この暗闇と夜の寒さは一人の心細さを強調してきた。


「俺は…どうすればいい…」


 その疑問に答えてくれる者はここにいない。

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