第七話 森林料理
フェイトと共にエルフの村の中を歩くと、他のエルフたちが集まってきた。皆、姿形が二十代のように若々しい。エルフって不老不死か長寿ってイメージだもんな。老人はいないのだろうか。
「おや? フェイトよ、こんな時間に訪ね人かい?」
「森の中で迷っていたから、連れてきたのよ」
「そりゃ大変だ。皆さんとこちらに来なさい。夕飯にしようじゃないか」
物腰柔らかな若いエルフは俺たちを村の中心へと導いた。
そこは広場のような場所で、シダを支柱に高いところへ布の天蓋が張られていた。地面には上面が扁平に加工された丸太がイカダのように隙間なく埋められていて、そこへラグを敷いて五人ほどのエルフが座り食事をしていた。
「ささ、訪ね人のお二人、こちらに腰掛けてお待ちくだされ」
俺とフリルは促されるままに、ラグが敷かれた丸太の上へ座る。
スニーカーを履いたままじゃあ胡座もかきづらい。脱ぐか。
「随分と珍妙な履き物をしているのね、あなた……」
「マキアです。こっちはフリルと呼んであげてください。……えーと、これは故郷の伝統的な靴なんです」
俺は適当な言い訳をしておいた。スニーカーなんて言っても分からないだろうから。
「『獣人』は珍しいわね。ことさらこんな時に。それにそっちのあなたは、異国人かしら。あなたたち、どこから来たの?」
「………」
俺は言い訳に困った。異世界の日本国から来ましたなんて信じてもらえないだろうし、フリルの素性もよく分かっていない。
「暗くて無味無臭の石の場所。マキアはボクを救ってくれる人」
「……何言っているのかよく分からないわ」
俺の沈黙の代わりにフリルが口を開いた。フリルの抽象的すぎる回答に、フェイトは困惑しているようだ。
ちょうどその時、食事を運んで若いエルフの人が戻ってきた。
「む? 暗い石の場所ですと、もしや王都への地下道ではありませんか? あそこは一五○年ほど前に閉鎖されていたはずですが……まあ、こんな時世です。追求は野暮でしょう」
俺の沈黙を汲み取ってくれたのか、その人は食事を配膳するとそれ以上その話題に触れることは無くなった。ありがたい。
それにしても、この出された料理はどれもうまそうだ。出来立てなようで、ホカホカと湯気が立っているものもある。その湯気からは、紅茶に似た芳醇な香りがした。
「もしや、お二方はエルフの『森林料理』は初めてですかな? でしたら、存分に味わってくだされ」
目の前に配膳されたのはどれも日本では見覚えのない料理ばかり。この薄切りにされたフランスパンのようなものから手をつけることにした。
「そちらはクパンというパンでございます。パン生地に砕いたククの実を混ぜ込んで焼き上げた我々の主食です」
おお、確かにククの実らしき風味を感じる。木の実っぽくて、アーモンドともカシューナッツとも違う独特で豊かな風味だ。ククの実の後引く渋みと、パン生地自体の甘味がいい具合にマッチしている。
隣のフリルは口いっぱいにクパンを詰め込んで嬉しそうだ。
さて次はこっちの紅茶の香りがする料理を食べてみよう。
「そちらはアクノム。蒸したアクノム茶葉を発酵させ、豆やクメの葉を混ぜ合わせたものです」
どれどれ。おお、すごい。体験したことのない味だ。はじめに紅茶に似た香りが鼻を通り抜けて、その後に塩味がやってくる。なんというか、上品な味だ。クパンとよく合う。
フリルはアクノムをクパンと共にかきこんで、口をハフハフさせている。
次はこのスープを啜ってみることにしよう。
「それはザクトウのスープです。筒切りにしたザクトウとハーブを一緒に煮込んでからエグレを加え、魚醤で味付けをしました」
ふむふむ。やばい。これは食べれば食べるほど食欲が溢れてくるようだ。ザクトウというらしいこの魚は鯖に近い食感で、エグレはセロリに近いがそれよりも風味がマイルドだ。この魚醤も旨みが素晴らしい。体も温まるし最高だ。
異世界転移なんて馬鹿げた状況の不安感も、食事は和らげてくれる。笑顔が溢れるよ。
フリルもスープを啜って満足げだ。
「いやあ、お二方が美味しそうに食べてくれて、なんというか感無量ですな。こんな年になっても、食べ物で人を喜ばせるのは嬉しいことのようです」
ん? 『こんな年になっても』って言った? 見てくれは明らかに二十代前半だし、皺一つない。
「し、失礼ですがおいくつで?」
「二五三をこのあいだ数えましたが、まだまだ元気ですぞ」
「エ、エルフの方って長寿なんですね。……じゃあ、フェイトさんも…」
「失礼ね。私は三十二の若者よ」
三十二はもう若者の称号を剥奪される年では、という日本の常識はここでは通用しないようだ。
異世界料理を味わえるなんて羨ましい
美味しそうだったら、次話も見てください⭐︎