第五話 襲撃者
俺が鍋の水をひっくり返して、焚き火の火を消している傍ら、フリルが何やら目を瞑って頭部の三角形の耳をピクピクとさせていた。
「フリル? 何しているの?」
「……敵の音がする。口開くな」
敵!? 誰かがいるのか!?
心臓の鼓動が早まるのが分かる。俺は身構えた。
その瞬間だった。フリルが叫ぶ。
「来る!」
彼は鉄鍋を握ると大仰に振りかぶって、胸の前に突き出した。それとほとんど違わずに、鉄鍋へ『矢』が命中し、鉄鍋をぐわんぐわんと振動させた。
フリルは鍋を投げ捨てると、地面を抉るほど蹴り上げた。目で追えぬ速さで、矢が飛んできた方角へ跳んだ。
「フリル!」
俺はその後を追いかけるとすぐにフリルの姿があった。彼は矢の射手と思われる者に覆い被さり、今にも噛みつこうとしていた。
「フリル! ダメだ!」
俺が制止の声を上げると、緩んだフリルの拘束を振り解いて襲撃者が逃げてしまった。
クソッ! 俺のせいだ。俺のせいで取り逃がしてしまった。あの襲撃者の居場所が分からないんじゃあ、この森はもはや安全じゃない。
「マキア! 追う!」
フリルは襲撃者の逃げた方角へ向けて走り出した。
俺も最低限の荷物を詰めて、彼の足跡を辿る。
◇ ◇
三十分は走った。額には汗が滲み、肺も悲鳴を上げて口からはひゅうひゅうと息が漏れている。
立ち止まりたい、もう限界。そう思って立ち止まる寸前に、目の前にフリルが現れた。
先行していたフリルが戻ってきたのだ。
「見失った。あいつ、消え方が巧み。あっちこっち、ぐるぐるされた」
「まずいことになったかもな」
敵意があって森に慣れている狩人が、いつどこから矢を射ってくるか分からないこの状況はあまりに危険すぎる。
死にたくない。
俺の頭の中でその言葉が反芻している。
「マキア? 元気なし? よしよし。なでなでは元気が溢れる」
不安が顔に出ていたのかもしれない。フリルは俺を安心させるために、頭を撫でてくれた。
「ありがとう。フリルは心強いよ」
「どういたしました」
それからずっとそこに止まっていても仕方ないので、適当な方向へ歩くことにした。しかし、歩き始めた時に既に日が傾いていたために、すぐに日が沈んで辺りが真っ暗となってしまった。
さらに不運なことに濃霧がどっと立ち込めた。気づいた時には視界はゼロに等しく、一歩も進めなくなってしまった。
クソ、立ち往生だ。不用意に動くことも危険だし、寝転がって眠るなんてもってのほかだ。
「マキア、あれ」
その時、フリルが霧の中で淡く光る『玉』を指差した。さっきまでは、そこにそんなものなかったはずなのに、今はオレンジ色の光の玉がぷかぷかと浮いている。まるでこっちに来れば安心だと手招きしているかのようだ。
危険だ。そんなこと俺は重々、承知していた。命の危機に晒されるなんて極限状態に身を置いていたものだから、冷静さを失っていたんだ。
「フリル、手を」
俺は霧ではぐれないようにフリルの手を握り、玉の方へ進む。
その一歩目を踏み出した時だった。女の人の声がして、腕を引かれた。
「大マヌケ! こっちへ来い!」
霧ではっきりとしなかったが、俺は見たんだ。俺の腕を引く女性の『耳』が、先に向けて鋭く尖っているのを。
フリルになでなでされたい……
面白かったら次話もよろしくお願いします☆