第四話 腹ごしらえ
鉄扉の先、そこは何十年も前に捨てられたような、朽ちた小さな要塞のような場所であった。
焼きレンガ造りの塔や簡素な居館、礼拝堂、厩舎を石塁が取り囲んでいる。またそれらのどの建物もツタなどの植物に侵され、ところどころが崩壊していた。
「なんか、不気味だな」
人の気配は毛ほども感じられず、石塁の回廊越しに覗く林冠がいやにその要塞の不気味さを増長させている。
要塞の周囲を森が囲んでいるようで、絶えず鳥のさえずりや虫の騒音が響いてきていた。
「マキア」
フリルが、崩壊したせいでくぐり抜けられそうな穴を空けている石塁を指差した。
「ああ、行ってみよう」
俺は要塞を後にし、木漏れ日の指す深い森へと足を踏み入れた。
◇ ◇
一時間ほど歩いただろうか。同じ景色の続く森の中は方向感覚を保てなくなる。おまけに背の高い木々が太陽を覆い隠しているために、いよいよ同じ方向に進んでいるのかさえ自信がなくなりかけていた。
また、この森はどうも日本の森とは全く異なっていた。
見慣れた木々にときどき、幹に枝を持たずに頂上のみに大きく葉を茂らせるものが混じっている。木生シダというやつだろうか。しかし、こんなに大きく成長するなんて。
さらに、飛んでいる虫なんかも大きくて気持ち悪い。手のひらほどの大きさがあるカゲロウに似た羽虫に目の前を横切られた時は、思わず叫んだ。
まるで熱帯の森、いやどちらかというと恐竜が生きていたよりも昔の時代、古生代の原生林みたいだ。
「マキア、お腹ぐうぐう。口に入れたい」
「ちょっと待ちなさい」
確かに腹が空いてきた。かといって、あんなデカいカゲロウなんて食べたくないしな。ただ、それよりも水分が心配だ。どこかに泉があれば……
「あ! あれは!」
葉っぱの屋根が途切れたかと思うと、そこには透き通った水がこんこんと湧く泉が見えた。
「うっま」
半日ぶりに水にありつけた喉が嬉しさの声をあげている。隣でガブガブと泉から直接、水分補給しているフリルも嬉しそうだ。
ただ、改めてフリルを見ると汚いな。本来、銀色であろう毛皮がまるですす色に燻っているようだ。それにフリルが体を動かすたびにノミが飛び跳ねて、さらに毛を掻き分けて皮膚を観察すると、シラミにも寄生されているのが分かった。
こんなのに隣で寝られたらたまったものではない。
「よしフリル。水浴びしてきなさい」
俺はフリルの衣服を脱がせ、入水を促す。
「しばらく水の中にいなさい」
彼はわずかに不満顔を覗かせたが、しばらく水に浸かっていると楽しくなってきたのか、犬かきで泳いで遊び始めた。
その間、俺は何をするかというと、あの地下空間で拝借してきた鉄鍋の錆び取りである。
粗く砕いた岩塩を研磨剤代わりに硬い繊維で作られたブラシでガシガシとこすると、力が必要だが案外すんなりと錆が落ちていった。
仕上げにしっかりと塩分を洗い落として、錆び取り終了である。まだ鉄鍋本来のひた黒の姿には程遠いが、調理にはそれほど支障をきたさないであろう。
「マキア、見ろ!」
その時、ちょうど水浴びを終えフリルが、何かを両手に鷲掴みにして戻ってきた。
「で、デカいカエル」
彼はウシガエルよりも一回りも大きい土色のカエルを両の手に一匹ずつ握っていた。その顔はどこか誇らしげである。
「こっち、やる」
「あ、ありがとう」
彼は俺にカエルを一匹渡してくれた。右手で受け取ったカエルがゲコと鳴く。
「いただく! あー…」
彼はあろうことか、そのカエルを口元へと運ぼうとしている。
ちょっと、待てや!
「ちょ、ちょっと待てい!」
俺は彼を静止する。それに彼は不満タラタラという感じだ。
「生で食うな、バカ」
「このゲコゲコ肉、ボクの! お前はお前の!」
「分かった、分かったから。フリルのを奪ろうとはしてないって。ただ、もっと美味しい食べ方があるの。だから、一旦生食しようとするのをやめて」
彼は不満げに唸っている。全く、しょうがない奴だ。
「ボクは待ち遠しい。お腹ぐうぐう」
「じゃあ、こうしよう。美味しくなかったら、俺が別のを取ってきてやる。それも五匹だ。それでどう?」
「……良い!」
やっとのことで、俺はフリルから生のカエルを取り上げることに成功した。
さて、早速カエルの調理に取り掛かろう。
まず、カエルが調理中に動くと面倒なので、短剣で頭側の頚椎に刺して締める。その後は水中で血抜きを済ませて、綺麗に全身の皮を剥ぎ、内臓を取り出す。
俺が下処理をしている間に、フリルには火おこしをしてもらった。地下空間の炊事場で頂戴してきた火打石で、一緒に転移してきたポケットティッシュを火口として点火する。
後は焚き付けとして小枝を投入したらオーケーだ。
錆を落とした鉄鍋に泉の水をなみなみとつぎ、岩塩を多めに投入する。そこへ胴体から切り離したカエルの手足を入れて、冷水から塩茹でしていく。
ぐつぐつしてくると、あくが浮いてくるので掬い取ってから五分ほど茹でれば完成である。
うむ、カエルの身体構造があっちと同じで良かった。趣味が料理だったおかげで、異世界でもカエルの塩茹でを作ることができた。まさか料理スキルがこんな風に使えるなんて。人生はわからないものだ。
「さて。いただこうか」
出来上がったカエルの足の塩茹では、鶏のモモ肉には及ばないにしても、ウシガエルのそれよりも遥かに大きかった。
俺とフリルは思い切り、熱々の料理にかぶりつく。
「「うまい!」」
俺とフリルは同時にうまさを声高に叫んでしまった。
味は鶏肉に似ているが、食感は鶏肉よりもはっきりしている。昔、田んぼで捕まえて食べたトノサマガエルに味は劣るが、ウシガエルよりも旨みが複雑に絡み合っていて、泥臭さは一切ない。鉄鍋のせいか少し鉄臭さが鼻に残るが、それも気にならないほどのうまさだ。
これは肉のボリュームもあって、普通にスーパーで売れそうだ。
「マキア、お前すごい! 好き!」
「わは! いきなり抱きつくな」
食べ終わって早々、彼は俺の方へ飛び込んできて、フワフワの頬擦りをしてきた。水浴びのおかげか、毛色もすっかり上品な銀色を取り戻している。ただ、あくまで水浴びだけだから少し匂うけどね。
◇ ◇
その頃、マキアとフリルのいる泉より少し離れた木の上にて、何者かが彼らを観察していた。その手には艶がかった見事な木の弓が握られ、弦には指がかけられている。
「侵入者……ね」
人影は背負う筒より矢を一本、取り出した。
カエル、食べてみたいですね
続きが気になったら次話もぜひご覧ください☆