第三話 鉄扉の先へ
俺とフリルはスマホから放たれるか弱い光の筋を頼りに、暗闇の空間を進んでいた。
道中、俺はフリルに様々なことを訊いた。
・この暗闇の空間のこと
・外れなくなってしまった指輪のこと
・勇者のこと
・フリルのこと
・この世界のこと
後者の四つはフリル自身も昔の記憶は曖昧だということで、満足いく回答は得られなかった。異世界転移のこともそれとなくぼかして訊いてみたが、首を傾げられた。
彼と話す限り、彼は記憶喪失のような状態らしい。彼がそもそも何者なのか訊いても、彼はキョトン顔で口をつぐんだ。
ただし、前者一つはわずかに覚えているらしかった。バイト先の更衣室からいきなり転送されたこの暗闇の空間は、ナントカ王国の王城内にある『魔法の塔』の地下施設ということだった。
フリル曰くこの空間の構造は単純で、直線的な道が中央に走り、左右対称の側道が等間隔で並んでいるだけらしい。この中央の道の先がどこかしらの出口につながっている可能性が高いだろう。俺はそう踏んで、中央道を進む。
道中、たまに道の脇に扉があってその先は大概、武器庫や炊事場、ただ広い空間、宿泊施設?戦闘訓練所?のどれかだった。
宿泊施設ではフリルの衣服を調達することができた。俺も念の為ここの衣服へと着替える。Yシャツはもしかしたら目立つかもしれないからね。
また、炊事場では小さめの鉄鍋(錆だらけ)や食器類一式、さらには調味料として岩塩を調達することができた。万が一出口が森の中とかだったら、サバイバル用品は必須だからね。それらは一緒に転移されていたスポーツバッグへと詰め、これまた念の為にスポーツバッグにはボロ布を被せて偽装を施した。
武器庫では、厨二病が再発して剣とか槍を持っていきたくなる衝動に駆られたが、どうせ扱えないということで、持っていくのはやめにした。ただ、錆が比較的ひどくない短剣は、多目的に使えるので持っていくことにした。
「階段だ。上に行こう」
中央道が突きあたったかと思うと、上へと続く階段が現れた。
スマホの時計表示によると、ここまでで二時間ほど歩いたらしかった。
ライト機能を酷使しすぎたせいで、バッテリーが危うい。だが、どうせ放置していてもバッテリーは減っていくんだ。惜しんでいても仕方ない。
階段を登っている最中にスマホの電源は落ちてしまった。しかし、もうその時には俺とフリルはわずかに光の筋が漏れる鉄扉を目前に据えていたのだ。
扉を塞ぐかんぬきを取り去る。
「フリル行くぞ、せーので一緒に押すんだ」
俺とフリルは観音開きの片方ずつに手を当てる。鉄製の扉は外気に温められて、ほんのり暖かかった。
俺はこの先に待ち受けている世界に意識をやった。そこは現代日本の生活では体験し得ないような文化を持つ未開の地かもしれないし、フリルみたいな異形の暮らす俺みたいな人間には居心地悪い世界かもしれない。いずれにしても、この扉の先へは行かねばならない。
異世界転移などと非現実この上ない現状に身を置く今、俺ははっきりとした目的を抱いている。
『俺は元の世界に帰る』
俺には俺の人生計画っていうものがあるんだ。
まずストレートで大学を卒業し、都心の大企業に就職するだろう。その後は三十歳までに結婚して趣味を楽しみながら、平均以上の幸せを謳歌するんだ。
俺の幸せへの道のりを、異世界転移なんていう傍迷惑な天災で狂わされてたまるか。
「行くぞ、せーの!」
重たい鉄の扉が、鈍く軋む音をこぼして開いた。
俺の額を柔らかな陽光が照らす。
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