第二話 フワフワが抱きついてきた
「人! 人! ボクを救ってくれる人!」
そう喋る『オオカミ』が俺に頬擦りしてきた。それはフワフワした毛皮と体温によって、妙に心地よかった。
「ちょ、ちょっと! なに!」
「お前、ボクを救ってくれる人! 『指輪』を嵌めた人!」
オオカミは尻尾を千切れんばかりに左右に振って、口元をへの字に曲げて笑っていた。なんだか、実家の犬を思い出して穏やかな気持ちになってしまう。
俺は思わずオオカミの顎下をワシャワシャと撫でる。それに対して、オオカミは目を細めて身を委ねる。俺はすっかりこの可愛いフワフワの虜だ。
「よしよし、良い子だね」
「お前のナデナデ好き、もっと!」
俺はこの謎のオオカミをひとしきり撫で回した。そうして気がついたことがある。このオオカミは普通のオオカミじゃない。いや、喋る時点で普通ではないのだが、骨格がオオカミではなく『人』なのだ。
全身がフワフワの毛皮で覆われて、顔もオオカミらしく口吻が突き出している。しかし、このオオカミは直立二足歩行で手指も人間に近い。毛皮の他に頭髪もあるし、白目もある。
いわゆる『アンスロ』とか『ファーリー』みたいな二次元で描かれる人型の動物、みたいな感じ。
「もう撫でないのか?」
俺は撫でながら、オオカミに疑問をぶつける。
「どうして、こんなところに? っていうかここどこ?」
「ん? 思い出がフワフワ。ちまちましか覚えてない。『魔法の塔』の下。たぶん」
語彙が独特だけど、オオカミだしそんなもんか。それにしても『魔法の塔』かぁ。異世界っぽい名前だ。喋るオオカミ然り、誘拐されて軟禁されているとかじゃなく、本格的に異世界転移の線が現実味を帯びてきてしまっている。
「お前、お名前は?」
思案に耽っていた俺に対して質問が飛んでくる。そういえば、お互いに名前を知らなかった。
「『石川真希亜』。マキアでいいよ」
「マキア……モニモニした良い名前」
「モ、モニモニ……ありがとう。えーと…あなたの名前は?」
「……『フェンリル』。でも、これはタグタグした悪い名前。違うので呼べ」
「悪い名前?」
「『フェンリル』は心がズキンする。違うので呼べ」
「違う名前ねぇ……」
違う名前と言われてもなぁ。ニックネーム的なもので大丈夫かな?
フェンリル…フェンリル…フェンリル…よし、決めた!
「『フリル』はどう?」
「フニフニしてる! とても良い!」
『フェンリル』から『ェン』を抜いただけの安直なアイデアだったが、存外に気に入ってくれたようで良かった。
と、そういえばフリル、最初の方に『ボクを救ってくれる人』とか言ってたな。あれはなんだったんだろうか。
「なあ、フリル。『救ってくれる人』っていうのは?」
「それはお前。お前は、げに大切な『指輪』を嵌めた人。ちまちました覚え。けど、むかしむかし、『勇者』がボクに教えた」
フリルの言葉遣いは独特すぎて分かりづらいが、ニュアンスは伝わってきた。
昔『勇者』がフリルにこう教えたのだ。『指輪』を嵌めた者がフリルを救うと。
『勇者』という人物に『指輪』。俺がフリルを救う人……もう確定だろう。俺は創作物さながらに『異世界転移』してしまったのだ。
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