フォークリフト講習
登場人物が実在の方をモデルとしていますから、不謹慎かとも思いましたが、当時のことを思い出して、思い返すとやっぱり怖いなと書いて見ました。
スーパーやホームセンター、チェーン展開している飲食店などを束ねる大手グループ企業の物流拠点である集配センターに新卒で就職した俺は、会社負担で仕事に必要なフォークリフトの免許を所得するべく、地域の職業訓練センターで行われるフォークリフト技能講習へと来ていた。
俺の他に同期で入社したもう1人、計2人がこの講習に参加している。
講習は初日に座学の講義があり、その日の講義終了後、筆記による簡単な試験があり、これを突破すると、翌日から一週間、実技の講習を受け、最終日に実技試験を経て、これが終われば、フォークリフト技能講習終了証、通称フォーク免許が貰えるという訳だ。
初日の講義、しょっぱなで講師のおじちゃんが言い放つ。
「長年この講習やってますが、皆さん運転免許持ってますでしょ。講習受ける方は就職してる方が殆どなんで、だいたい免許持ってるんですよ。ならほぼ落ちません。たまーに落ちる人がいるんですが、全体の1%ってとこですから、安心して受けてください」
これを聞いた時、中学の時の生徒指導の教師を思い出した。高校受験前の学年全員を集めた受験に向けた壮行会で、受験生である自分たちの緊張を和らげるためだろう。和製ヘラクレスと異名をつけられた筋骨隆々の体育教師は。
「高校受験は落ちる方が難しい、だからリラックスして挑みなさい」
そう言い放ったんだが、確かに割合で言えば落ちる方が少ない訳だが、万が一、そっちに入ったら恥ずかしいなんてもんじゃないと考えたら、余計にプレッシャーじゃないかとも思ったし、よりによってご近所の幼なじみが落ちた時には、先生の発言のせいで余計に仲間内で気まずくなったもんだと、変なことを思い出した。
まぁ、筆記試験も問題なく終わり、翌日からの実技講習。社会人なりたての俺と同期は、これが初めてのフォークリフトだったんだが、一緒に講習を受けていたおじさん連中は、現場でフォークリフトに乗っていたり、会社で練習して来ていて、実際には私有地でも免許なしで運転は違法なものの、そのあたりグレーゾーンだったりするんだなーって、まぁ、万が一事故があったりすれば大変なことになるので、うちの会社みたいに免許がなければ絶対に運転させないとこもある半面って感じだ。
まぁなんで、俺と同期が難なく運転出来ていたのでおっさん連中から。
「にいちゃんたち、会社で練習さして貰ったんか」
と聞かれたが。
「いえ、初めてです」
と答えて驚かれたりした。
まぁ、そんな感じで進んでいた実技講習だが、実技のコースは最終日の試験のコースでもある。
コースの幅はフォークリフト1台と半分くらいあり、結構余裕がある。
コースは地面にペンキでラインがひかれ、コーンが要所に置かれている。
スタートから、前進で進み、まず、左折でゆっくりとカーブしていく、U字を描くようにカーブしてから直進、その先に高さ1メートルくらいの台があり、その上にパレットに乗せられた貨物。
パレットに爪を刺して持ち上げたら、後進、一旦、台の手前で停まり、貨物を所定の高さまで下げてから、また後進し、後進したまま右折しクランクに侵入、クランクの先の切り返し箇所で前進へと移行して、ゴール方向へ前進し、所定の箇所に貨物を置いてゴールとなる。
おっさん連中と和気藹々と談笑しながら、自分の順番がまた回って来るのを待っていると、自分たちと同い年くらいの若い男性に番が回って来ていた。
「あのあんちゃんも若いから、初めてでも問題なく運転するんかな」
「若いと運動神経もつながってるもんなー、俺らと違って」
なんて、おっさん連中が言っていたが、このおにいちゃんが、中々にヤバかった。
スタートして早々、最初のカーブで大きく膨らみ、コーンを薙ぎ倒しだした。
直ぐに教官が止めて、声を掛けていく。
「もっと左に切って」
そう言いながらフォークリフトの脇に向かう教官。
言われながらもコーンを薙ぎ倒し続けるおにいちゃん。
「まず、止めろ、ってか左に切れ」
叫び出す教官。パニックのおにいちゃん。
「左ってどっちですか」
吹き出すおっさん。
「お箸持つ手と反対だよっ! 」
そう言われて右に切るおにいちゃん。
「反対だよ、そっちは右だろうがっ! 」
ついに、キレ出す教官。
「すいません、自分、左利きなんで」
「左わかってんじゃねーか」
突っ込みだす教官と、ついに吹き出した同期。
カーブを抜けて、爪をパレットに刺して、貨物を持ち上げたおにいちゃん。とんでもなくスローなことを除けば、ここは問題ないと思った矢先、規定以上に貨物を下げすぎて、貨物を床に置き去りに後進し始めるおにいちゃん。
「荷物下ろしきってどうすんだよ。空荷でどうすんのっ、空気運ばれても試験は通んないよ」
何気に上手いこと言う教官。
「えっ、空気って運べるんですか」
超弩級天然のおにいちゃん。
「いいから、戻って刺し直して来て」
スルースキル完備の教官。
おにいちゃんは慌てて戻って、何でか爪を上げながら前進。おもいっきりダミーの貨物にぶっ刺す。
「なーにやってんのっ」
オクターブ声が跳ね上がる教官。
「あっ、あっ、すいません」
謝って頭を下げた勢いでレバーまで下げるおにいちゃん。
哀れダミーの貨物はぶっ刺さった穴から、上方に切り裂かれた。
「もういいよ、取り敢えず落ち着いてパレットに刺し直して再開」
ため息とともに魂まで出そうな教官の言葉で、取り敢えず再開する練習。
今度こそ荷を上げた状態で後進したおにいちゃんがクランクに侵入して、ショートカットしてコーンを薙ぎ倒していく。
「ふざけてんのかっ」
流石にキレ直す教官。
「すいませんっ、バックって難しくて」
コーンを並べ直そうとして、むしろ撤去する職員。
もうコーンは虫の息だ。懸命な判断だと思う。
結局はその日、二度とおにいちゃんに番が回って来ることはなく、翌日から姿も見なかった。
そんなこともあったが、俺と同期は無事に終了証をゲット。
最終日の帰り際、同期が語りかけて来る。
「なぁ、2日目の帰り、あいつが帰るとこ見た? 」
「あいつ? 」
「ほら、大暴走してた同い年くらいの」
「あー、……見てないな」
それがどうしたんだと思っていたが。
「いやな、たまたま帰りに車に乗り込むところ見かけてさ。初心者マークつけた外車のクロカン車に乗ってるから、金持ちなんだなーとか思ってたわけよ」
「へー、親に買って貰ったんかな」
「多分な、でさ、出入口の縁石のポール、片方途中から無くなってんのに気付いてた」
「えっ、まさか」
「あー、道路に出るとき、側面モロに当てた上に後輪で縁石乗り上げていって、粉々にしてた」
マジかー。
なんで免許取れたのとか、なんで、そんな車体感覚でデカイ外車乗っちゃうのとか、いろいろあるけど。
「絶対に近くで走りたくないな」
それだけは間違いない事実だった。
皆さんの思い返すと怖かった話聞かせてくださいm(_ _)m
感想お待ちしてますщ(´Д`щ)カモ-ン