たまには遊ぼうよ
食事をして、ちょっと昼寝を挟む予定だった。その間に魔法の練習をする予定だった。
しかし、5歳児達はかくれんぼがそれはもう、めちゃくちゃ楽しかったらしくて、食事が終わるや否や、目をギンギンぎらぎらさせて俺を待ち構えていた。
俺の味方であるはずのイレインは、ちょっと一緒にわくわくしてるし、俺の味方をしてくれそうなサフサール君は、慈愛に満ちた表情で「僕が探す方をするから、ルーサー君も、ね?」と言ってくれた。
よくできた人だよ、サフサール君は。
そんなわけでかくれんぼ午後の部が始まったんだけど、俺が移動をし始めるとみんながぞろぞろとついてくる。同じ方向に進んでいるだけだろうと思って放っておいたのだけど、ここいいかなーと思って俺が足を止めると、ドラクエ式ゆかいな仲間たちもぴたりと足を止めるのだ。
ちなみにイレインはさっき腕白に木に登っていった。スカートでそういうことするんじゃねぇよ。迷いなくいったところを見ると、午前の部ですでに目星をつけていたに違いない。
まぁ気を抜く瞬間がないだろうから、こうして隠れて一人になれる時間ってのもあいつにとっては大事なのかもしれないな。
それでも楽しみ過ぎだと思うけど。
あとヒューズくんは午前中の仲良しこよしを失敗したと思っているのか、開幕反対側へ歩いて行った。
男の子だな。
2人のことはともかくとして、隠れるならばらばらの方がいいんだけどな。一人見つかったら芋づる式じゃ面白くない。
「……殿下、あの、ばらけませんか?」
「ん、ん? そうか? ……ルーサーと話をしたかったんだが」
話をしたかったなら、かくれんぼをしなければよかったのでは?
「えーと、ベルはー……、一緒に隠れるか」
一瞬表情を曇らせるのやめてほしい。心臓がぎゅってなったから。
「わかりました、殿下。お話はあとにするとして、今回は私とベル、殿下とローズのどちらの組が長く隠れていられるか勝負しませんか?」
「いいですわね!」
賛同してくれるのはいいけど大きな声出さないでね、ローズ嬢。
「先ほどのお二人も見つけるのには苦労しましたが、ここはうちの敷地ですからね。きっと勝って見せますよ」
「成程……! よし、その勝負受けて立った!」
うーん、子供ってテンション上がるとすぐに声が大きくなる。とりあえずこの辺りから離れた場所に隠れるのが無難かな。いや、相手がサフサール君なわけだから、逆に灯台下暗しでこの辺って手も……。
あ、だめだ、かくれんぼ意外と楽しいぞ。
イレイン、お前の気持ちがちょっと分かっちゃいました。
大人になってからやる機会ってなかったけど、こういう遊びって実は何歳になってやっても楽しいのかもしれないなぁ。
殿下たちと別れてから、色々考えた末に、結局ベルのドレスを汚してはいけないことを思い出した俺は、諦めて訓練場の物陰に隠れることにした。
屋敷の床下の通気口とかに入り込もうかと思ったけど、絶対に服が汚れるからなぁ。
下手に本気で見つからないところに隠れて、殿下に圧倒的勝利をしてしまっても気まずいし。
訓練場の一部には予備の的とか木剣とかがたくさん置いてあって、案外ごちゃごちゃしている。俺が訓練をし始めたから用意してくれたものだから、どこにどう動かしたって文句は言われない。
小さな体ならここにしゃがんでいるだけでも、しっかりと目を凝らさないと見つけるのは難しいだろう。
音を立てないように入り込み、真ん中に少し隙間を開けて地面に上着を敷いてやる。
「座って」
キザだと思うかもしれないけど、貴族ってこういうものらしい。母上やミーシャに教育されたから俺はよく知ってるんだ。俺が地べたに腰を下ろしても、ベルは突っ立ったままだ。
「立ってると見つかっちゃうから」
手を引いてやると、ベルはようやくその場に腰を下ろした。
よし、これで周りからは見えないだろう。入ってきた道も物を元の場所にずらして分からないようにしたし。
耳を澄ませると、サフサール君が俺に習って「探しに行きますよー!」と声を上げていた。そのなんだか野暮ったい掛け声を聞いていると、元の世界で使っていた『もういいかい?』という問いかけが良く考えられていたように思えてくる。
ただの思い出補正かなって気もするけど、どうなんだろう。
太陽が少し傾いて、これから夕方になるんだなって雰囲気を感じる。
こんな時間に外で遊んでいるせいか、妙にノスタルジックな気持ちになってしまった。かくれんぼなんて、真面目にやるの20年ぶりくらいになるもんな。
セミの鳴き声を聞きながら、日陰にしゃがみこんで友達と声を潜めて鬼の動きを見張っていた。誰かが見つかるたび、声を殺して笑ったりしてさ。
くいっと袖を引かれて我に返った俺は、近づいてくる足音に気づいて頭を伏せた。
近づいてきた足音は、しばらく周りをうろついてから、少しずつ遠ざかっていく。そーっと頭を出して様子を窺うと、サフサール君の背中を確認することができた。
イレインが一緒にいないってことは、多分まだ誰も見つけられてないんだろう。
「見つからなかったね」
しばらく黙り込んでいた気まずさもあって声に出してみると、ベルが変わらぬ顔でこくりと頷いてくれた。沈黙が苦になるタイプではないらしい。
「楽しい……ですか?」
小さな声での問いかけに。静かだからこそぎりぎり聞き取れたくらいの大きさだ。
「……うん、楽しいかもしれない」
口に出してみて、それからほんの少し弧を描いているベルの唇を見たら、なんだか本当にそんな気分になってきた。