賢さ
「まぁ、君たちの仲の良さはよく分かったよ。……私はね、王国民を陥れようとか、どこの家の誰だから差別しよう、なんてことを考えたことはない。それは分かってもらえるだろう?」
「ええ、まぁ」
いや、そこまでゾーイ様のことをよく知らんけど。
本人がそう言うなら話が進まないから同意しとくか。
「ただ、何が王国のためになるのか模索を続けているだけだ。表舞台には出ないけれど、兄王の目指すところの手助けをしたいのさ。そのためには、能力だけを見ていてはいけないと、ウォーレン王に思い知らされて、こうして試行錯誤しているわけだけど……」
つまり、昔からそのよく回る頭で色々考えて、陛下と協力してやって来たけど、ウォーレン王のメンタル的な部分を度外視した結果、独立された、みたいな話?
また同じ轍踏みそうで怖いけどな。
「つまりそれは、ゾーイ様はこの国のためにも僕たちと仲良くしていきたい。だから、折に触れて僕たちと接触していこうと考えている、と捉えて良いですか?」
「うん、そうだよ。機会を窺っていたところ、ようやく接触できたからね」
「……ゾーイ様」
「なんだい?」
「お言葉ですが、もしそれが本気なのだとすれば、やり方が大いに間違っています。僕はあなたの心が分からず、話している間もずっと不安が付きまとっています」
「……そうなのかい? イレインは分かるだろう?」
「申し訳ありませんが」
「……嘘だろう? こんなにわかりやすくかみ砕いて話をしているのに?」
本気で驚いたような顔をするのはやめてほしい、惨めになるから。
なるほどな、段々理解してきたぞ。
「ゾーイ様、あなたは他人に期待しすぎなのだと思います」
「どういうことかな」
「あなたはきっと、このくらいまで降りてくれば話が通じるだろう、と期待しています。普通の人にはそれくらいじゃ話は伝わりません。もっと下げてください。全然足りません。まして僕たちは昔からゾーイ様のことを知っているわけではないのです。同じように暮らして、成長してきたのではないのです。推測も難しい」
「しかし君は、イレインと目線だけでやり取りをしている」
イレインならまだわかる。
あいつは比較的丁寧に説明してくれるし、表情とか仕草も実は豊かだ。
というか、十年以上毎日顔合わせてりゃ、別に言葉に出さなくても分かることだってたくさんある。そういう積み重ねで理解ができるのであって、警戒した状態で何度か会話をしたことがある、ってだけのゾーイ様が、何を話そうとしてるかなんてわかんねぇのよ。
「ゾーイ様。人には関係値というものがあります。ゾーイ様はノクトゥラさんとは長い付き合いですか?」
「まぁ、かなりだね」
「では、ノクトゥラ様の機嫌の良し悪しとかは、言葉を聞かずともなんとなくわかるのでは?」
「ノクトゥラは基本的に平常心だから、あまりわからないね」
「はい、そうですか……」
あ、駄目だこれ。
出した例が悪かった。
「……では、陛下はどうでしょう?」
「陛下とは時折話すが、小さなころからずっと一緒にいたわけではない。話せば何がいいたいかは分かるが、時折君のように困ったような顔をすることがあるのは事実だね。それについてはよく理解できていない」
陛下! ちゃんとしろよ!!
多分年の離れた頭のいい妹だからって、馬鹿みたいに甘やかしただろ!
……まぁ、俺も人の家のこと言えないけど。
「とにかく、付き合いが長いと、積み重ねによってなんとなく理解をしやすくなるのです。ゾーイ様と僕は、まだまだ数度しか話したことがありません。もっと丁寧に、僕の水準に合わせて、分かりやすく説明をしていただけませんか?」
「……そこまでわかるのに、私の話は分からないのか?」
「分かりません。僕はゾーイ様ほど賢くありませんので」
「十分に賢いと思うが」
「買いかぶらないでください」
「そんな注意をされたのは初めてだ」
ゾーイ様は腕を交差させて、しばし顎に手を置いて悩んだ後に、顔を上げて口を開く。
「君たち二人には、殿下の近くにいるものとして期待をしていた。ただ、ウォーレン王の誕生により、怪しくなった。非常に仲が良いとされる二人が、今後も殿下のために働くのか、果たして本当に優秀なのか確認をしておきたかった。結果、少なくとも現状ではそうであると判断し、今後も様子を見ることにしている。今回呼び出したのは、良い機会であったことと、単純に君が良く知っている者の評価を聞きたかったからだ。両名とも優秀であることは分かっており、他勢力の手も付いていない。君に聞けば密かに関係を持っている相手がいても教えてくれると思ったのだ」
「…………安心してください、好き勝手やってる先輩方なので、どこかの勢力にこっそり所属しているとかはありません」
話長いって。
あとぶっちゃけすぎね。
「今の話で理解できたかな?」
「おおかた」
「では、もう一つ。今回相談した両名について、殿下専属の護衛になることは、名誉あることだと言える。なぜこれに関して君は憤りを覚えたのか」
あー、怒っていることとか、相手が何をどうしようとしているか、ってのは読めるけど、感情的な部分の理由が分からないのか。公式は分からないけど、答えは出せるタイプだ。
「人は何かを目指して努力するものです。それが先輩たちにとって騎士団に入ることでした。この十数年の努力が実を結ぶときに、それを勝手に止めて、説明もなしに別の道に進ませることが、なんだか先輩たちの気持ちがないがしろにされているようで嫌だったんです」
「……そういうものかな」
「分かりませんか?」
「いや、言っていることは分かる。だが、私も陛下も、進むべき道はほぼ一つだけだった。だから、感覚的には分からない、というのが正しいのかもしれない」
あー、そうだよなぁ、王様って王様だし、王族って王族だもんなぁ……。
選べる道ってほとんどないのか。
なるほど、なんとなく俺も、ゾーイ様のことわかって来たよ。





