理屈ではない
貴族ってのは勝手なもので、一定以下の身分の者の処遇は、偉い奴の一存でポーンと変えられちゃったりする。先輩方の件も、良い話ではあるから、なんだか喉に突っかかるものがあるような微妙な感じ、程度の違和感で済んでいるけれど、これで悪い方に転がってたら俺はどうしてたんだろうな。
まぁ、誰に文句を言われようと拾って近くに置いとこうとしたんだろうけど。
ただ、そういうのが重なると、やっぱりセラーズ家は王家に反乱を起こそうとしている、とか突っ込まれるようになるんだろう。好き勝手やるわけには行かないっていう理性的な部分と、理不尽な話が許せないっていう俺の人間的な部分がせめぎ合っている。
この場ではそんな大層な話ではないけれど、なんだかなぁって気分だ。
「気に入らないのかな?」
割とポーカーフェイスで考え事をしていたつもりだったのだが、ゾーイ様にさっそく突っ込みを入れられてしまった。納得したような顔だけして黙りこくっていたのが良くなかったのか、あるいはゾーイ様がサトリの化け物なのかって感じ。
ゾーイ様が『実は人の心を読むことができるんだ』って言ったら俺は信じるぞ。
「いえ、悪い話ではなくて良かった、と考えていました」
「良い話だとはとらえていない、と」
「それは言葉の綾というものです」
「騎士団へ入るよりも良い扱いになるはずだが、それのどこに悪い部分があるのかな?」
だから悪い話じゃないって言ってんじゃん。
ていうか、この問答何の意味があるんだよ。十代前半の子供の胸の内を探って、ゾーイ様に何のメリットがあるってんだ。
「僕の言い回しが悪かったようです。正式に辞令がでたら、先輩方にお祝いをしないといけませんね」
「最初に出た言葉が、人の気持ちの正直なところだよ」
「本当に良いことだと思っています」
王族の決定に表立って不満なんて言わないって。
悪いことじゃないんだから。
ただ、俺が、勝手に人生の選択をいじって、本人たちに通知もしないようなやり方が気にくわなかったってだけ。
でもなぁ、ゾーイ様って俺のことを妙に評価している節があるし、なんかずっと探りを入れられてる感覚があるんだよな。家にまで迷惑がかかるかもしれないって思うと、下手なこと話し辛いんだよ。
何がまずくて何がセーフなのかが分からない。
「では、何が気に入らなかった?」
「なにも」
「うん、私が納得いく答えが出るまで、この問答は終わらないよ?」
「ゾーイ様の望む答えを言えとおっしゃるのですか?」
「いいや? 私は今、君が何か気持ちを隠したと見抜いていて、何を隠したのかを知りたがっている」
めんどくせぇ……。
やっぱこんなところ来るんじゃなかったなぁ。
「……ゾーイ様、それは好奇心ですか? それとも、王族としての責任からでしょうか? ルーサーの受け答えを聞いて、セラーズ家に不穏を感じたと?」
イレインから出された助け舟、って思ったけど、これ俺が口に出さなかったことじゃん。はっきり言っちゃってよかったのか?
いや、イレインの立場だから聞いても問題がなかった、みたいな話か?
「イレインは嫌な問いかけをするね。私は『王立研究所』の所長であって、私の言動は、王家の意思とは何ら関わりないよ」
「『王立研究所』の所長が、殿下の専属護衛の情報収集をすることがありますか?」
「うん、あれは雑談」
「ではルーサーの気持ちを無理に聞き出そうとするのは、人としていかがなものかと思いますが」
「手厳しいね。今は学園にいるとはいえ、イレインは隣国の王女でもある。その君に忠告をされると、私としても引き下がらざるを得ない。君の要求は、自分の都合に応じて立場をころころ入れ替えるな、ということだね?」
イレインは小さくため息を吐く。
「私は、身分の高いものほど、はっきりとした物言いをしないもの、と学んできました。ゾーイ様は回りくどい言い方をされますが、何事も白黒はっきりとさせたがりますね」
「そうだね、だから私は王族として活動するには向いていない」
二人の視線がバチバチに交差して、しばらく沈黙。
俺が余計なこと悟られたせいなんだけど、部屋の空気が重たいから何とかしてもらいたい。
ノクトゥラさん、こんな中でも眉一つ動かさず、ドアの前で微動だにしていないのすごいよね……。
「わかったよ。ルーサー君には素直に話をしてもらえるよう、私の方も、腹を割って話をすることにしよう」
「そうですか」
いや、俺はそんなこと望んでないけど。
この人の事情って、実は王様のためにいろいろ働いてます、みたいなやつだろ。
そんなこと知ったら、俺も余計なしがらみに囚われるだけじゃんか。
イレインがそういう方向に話を持ってったってことは、その方がいいってことなんだろうけどさ。
「では、ノクトゥラ、イレインを部屋の外へ」
「そうですね」
ふーん、そうなのか、と見逃しそうになったけど、どうしてそうなる?
「なぜイレインだけ外へ?」
「うん、イレインはウォーレン王国の王女だからね。察していても構わないけれど、聞かれては困ることだってあるよ?」
ふーん、俺よりイレインの方がよっぽど仲がいいはずなのに、イレインには聞かせられないのか。
立場とか、身分で。
まぁ、分かるよ。
分かるけどそれって結局イレインのこと信用してないってことだよなぁ。
これまた嫌な気分だ。なんならさっきよりも、気分は良くない。
「……そういう話でしたら、僕も遠慮させてください」
「ルーサー」
俺の名を呼ぶイレインの声からは、いいから聞いとけ、みたいなメッセージを感じるが、今は無視。
「僕はイレインが呼ばれたついでにここにきているのです。ゾーイ様の求められるところに応えられず大変申し訳ありません。先ほど気持ちを隠したとおっしゃられる内容、心当たりが一つございました」
イレインが寄ってきて何か言いたげにしているが、まぁ、ここは俺の好きなようにさせてくれ。無理やりにでも止めないってことは、それでもいいってことだろ。
「僕は、先輩方が日ごろから騎士になりたいと努力されていた姿を見てきました。だから、その気持ちが試されているような気がして、少し気になったのだと思います。先輩方は僕よりずっと大人ですから気になさらないでしょう。ただ僕が、子供であっただけです」
「君は、貴族らしくないね」
「申し訳ありません。精進いたします」
なんだかさ、ここでイレインを外に出して俺だけ話を聞いたとしたらさ、いつか、随分先の話かもしれないけど、俺はイレインを見捨てて、王国のための選択をしなきゃいけない日が来るような気がするんだよな。
全然そんな話じゃないのは分かってる。
その時にちゃんとすりゃあいいじゃないか、とも思う。
でもなぁ、イレインってゾーイ様の言う通り隣国の王女様なんだよ。
たまに考える。
イレインが突然ウォーレン王国に戻れって言われたら俺はどうするんだろうって。
答えは出てないけど、『じゃあ頑張れよ』、と送り出せる気はしない。
家族は大事だ。
殿下たちも友達だし、しっかり見守ってやらなきゃって思う。
でもイレインはまた特別だ。
父上も母上も大事にしてくれてるけど、イレインの本質的な部分を知ってるのは俺だけだ。何かあった時は、俺が一番近くで手助けしてやらなきゃならない。
理屈じゃ説明のつかない、訳の分からないことをしている自覚はある。
でもなぁ、ここでこのまま話を聞くのは、俺の中でなんかが違うんだよな。
ゾーイ様が『私の言動は、王家の意思とは何ら関わりない』と言うのなら、今はそれに甘えさせてくれ。
「君たちは仲がいいね」
「ええ、まぁ」
「許嫁としての愛かな」
「「それは違います」」
「あ、そうなのかい? 私もそういうのはあまりよくわからないから、何とも言えないけれど……」
そういうのではないことだけは、はっきりとしておかなければならない。
綺麗に揃った返事に、ゾーイ様が珍しく一瞬動揺したようだった。





