ゾーイは試している
「まぁ、今日は私の話を聞いてもらうために呼んだのだけどね。場所を変えよう」
ゾーイ様が広間から伸びた通路の一つに向かい、そのまま奥の扉を開けると、俺たちを中へといざなう。
「さ、どうぞ、私の研究室だ」
〈王立研究所〉はその名の通り研究所であるから、各々が独立した研究室を持っている。何を研究してるかは知らないけど。
中は整然としており、生活するための物は少ないのだが、とにかく棚が多く、そのすべてに資料が収まっている。背表紙では中身が何かわからないのだが、どうやら一般的に売られているような本でないことは確かだ。
おそらく、ゾーイ様が作成した、あるいはどこからか持ってきた資料なのだろう。
年齢を考えれば、ここまでたくさんの資料を作成する時間があるとは思えないから、集めてきたものの方が多いのかな。
「適当に座りたまえ」
ソファなんてしゃれたものはなく、部屋の端にイスが置いてあった。
イレインの方をちらりと見ると、こくりと頷かれる。
あれを持ってきて座れと言うことらしい。
持ってきてポンポンとデスクの前に並べて座ったところで、専用の椅子を引いて腰を下ろす。なんか面談みたいだな。
ちなみに入り口は護衛のノクトゥラさんにキッチリと押さえられている。
逃げ出す気もないけど。
「さて、君たち、いや、ルーサー君を呼び出したのは、他でもない、少しばかり聞きたいことがあったからだ」
「なんでしょう?」
「君は今年学園を卒業する、シグラトとジャイルという青年たちと仲がいいと聞く。聞きたいのは彼らのことだ」
あー……、なんかゾーイ様のところまで話がいってるのか。
ゾーイ様って怪しいんだよなぁ。
王立研究所の所長ってのは分かってるんだけど、そうじゃなくて、王国を裏側の方から支援してるんじゃないか、みたいな話をイレインとしたことがある。先輩たちの件が騎士団の中でもよっぽど問題になってるのか、それとも他の理由があるのか。
なんにしても俺が仲良しってとこまでは探り終わってるわけだろ。
そこまで知ってて、何をどう答えろって言うんだ。
「そう緊張しなくてもいい。知りたいのは君が彼らをどう評価しているか、だ」
「……仲がいい僕に聞いても、正確な答えが得られるとは限りませんよ」
何せ贔屓するかもしれないし。
「別にそれでもかまわないよ。私は、君の意見が聞きたいだけだ。彼らは強いかな?」
「……強いですし、これからも強くなると思います」
「人柄は?」
「ジャイル先輩は寡黙で真面目。シグラト先輩は少し意地悪ですが、仲間想いで、こちらも強くなることに関しては手を抜きません。……聞かれても、いいことしか言いませんよ」
「だからそれは構わないと言ったよ? 君は何か勘違いをしているようだね。私を測りかねているような……、まさかね。十分なヒントは渡しているし、イレインと一緒にいるのなら、もう私が何をしているか想像がついていそうなものだけれど」
ゾーイ様がじっと俺のことを見つめて口を噤んだ。
多分俺の答えを待っているのだろう。
試すようなやり方だが、もし俺がこの返答を間違えたらどうするつもりなのだろうか。
「……分かっているつもりです」
「そうか。では私が今している質問は、カート殿下のためだというのもわかっているね? 君はカート殿下と親しいから、もっと協力的に答えてくれると思っていたのだけれど……」
なんでこの人はっきりと今何してるって教えてくれないんだろうなぁ。
どこかでコッソリ聞かれた時に言い逃れするため、とかか?
政治家みたいだ、と思ったけど、よく考えたら王族なんて政治家その物か。そりゃあ曖昧な言い回しになるのも仕方がない。
俺が先輩二人の詳細を語ることが、カート殿下のためになる。
この一年、殿下たちとの話題の一つとして、俺は騎士志望の先輩方について触れてきた。
将来殿下が即位した時に、騎士となった先輩たちがそれを支えてくれりゃあいいな、みたいな妄想もあったからな。
だから殿下は、二人の先輩のことを知っているはずだ。
俺が負け越している強い二人、として。
もしそれが殿下から陛下やゾーイ様の耳まで入っていたとする。
俺から改めて人柄や強さの確認をしているってことは、多分、悪い方向の話じゃないとは思う。
ただこれ、希望的推測も大いに含んでる気がするんだよなぁ。
俺客観的に状況を把握するのって苦手なんだよ。
てか、ゾーイ様は俺の頭のことを高く評価しすぎだ。
真面目に考えりゃこのくらいのことは分かるけれど、俺は自分の考えをそこまで信頼していない。勝手な憶測で家族をめちゃくちゃにしそうになった男だぜ。
そんな奴の考え信用できるわけないだろ。
まぁ、でも、段々と大人になっていくにつれて、一人で決めなきゃいけないことも増えてくだろうしなぁ。
えー……、殿下の話を思い出せ。
なんかそれっぽい話言ってなかったか……?
とりあえず時間稼ぎ。
「…………先輩方は騎士に憧れていました。年は離れていますが、僕は先輩方のことを友人だと思っています。僕が言った何気ない言葉が、彼らの生き方を捻じ曲げることは好みません」
「……ふむ。君は四大、いや、三大伯爵家の嫡男だ。君の言葉はこれからも他人の人生を左右し続けるだろう。それに責任を持つのも貴族としての役割ではないのかな」
それは、まぁ、そうだ。
俺も貴族として生きていくと決めた以上それくらいのことは分かっている。
でもそれって、先輩や友人にも適用されるものか。
いや、そうか、そうだよな……。
俺は中身は大人なつもりで、今の年齢に甘えていたみたいだ。
先輩先輩って言ってるけど、あの二人だって本当は俺より年下なんだもんなぁ。
どうしたってこの姿で生きていると、身体の年齢にあった責任で満足してしまってたのかもしれない。
「……ゾーイ様、私たちはまだ十三です」
「うん、でも君たちは十三というには随分大人びている。もっと子ども扱いした方が良かったかな? 君たちの周りにはそれなりに気を遣ったつもりだけれど、君たちにも、もっとそうするべきかな?」
イレインの控えめな反論に、ゾーイ様はにこりと笑った。目は笑ってねぇけど。
この人……、いや、こいつ、何が見えてるんだ?
マジで頭がいい奴ってこれだから嫌なんだよ。何考えてるかさっぱりわからん。
でも、ここでそうしてくれって言うのも違う気がするんだよなぁ。
それはなんか、色々なものを投げ出してしまうような気がする。
ただの勘だけど。
「……先輩方には早めに、しっかりと説明をしてください」
「うん、そうだね」
期待を込めた試すような視線。
多分先輩たちに何をさせようとしているかあてろ、ってことなんだと思う。
だから俺にそんなに期待するのやめろって。言葉にしなきゃ分かんねぇタイプなの、俺は。
「殿下の専属護衛ですか?」
「うん、正解だね」
頭がいい奴らって、勝手に間を省略して相手に理解を求めたりするんだよなぁ。
特にこの〈変人窟〉の変人たちの話を聞いてるとよく分かる。
だから聞いてるとしょっちゅう『今のはこういうことですか?』って尋ねなけりゃならなくなるんだ。これがまた、頭使わなきゃいけなくてしんどいんだよなぁ。
ゾーイ様も立派な〈変人窟〉の一人ってわけだ。
しかしまぁ、なるほどね。そりゃあ悪い話ではない。
先輩がどう思うかは、まだわからないけどさ。





