たぶん順調な訓練風景
ルーサー君親衛隊と訓練を始めてから丸二週間ほどたったのだが、彼らは意外と根性があったようで、毎日の走り込みに休まず顔を出していた。それどころか、朝一番のランニングにもぽつりぽつりと顔を出すものが増えていき、今ではほとんどが参加している。
マジでほぼ無言で走ってるだけなのについてくるってことは、よっぽどやる気があるんだろうなぁ。
めっちゃ偉い。
そんなわけで俺は、毎日彼らが全員脱落するまで走り込みに付き合ってあげることにした。ある程度体力がついてきたら、剣術の訓練にもしっかり付き合ってやる予定だ。
ここまでやる気だされたらさぁ、見捨てるわけにはいかないもんな!
ちなみに参加するようになったのは、うちの派閥の生徒だけじゃない。
アルフとイスはもちろんのこと、イスの友人複数人も体力づくりに参加するようになった。アルフはまぁ、元々の態度があるから友達少なそうだけど、イスは普通にいい奴だもんなぁ。
一応イレインも軽く一緒に走ってもらっている。
イレインがいると、俺の派閥の生徒たちなんだかやる気出すんだよな。
貴族だけあって女の子に負けるのが悔しいらしい。
ま、どんな理由にせよ、頑張るのはいいことだ。
イレインは何か言いたげに俺の方を見ていたけれど、周りに人が増えてしまったせいでコッソリと話をする機会も減ってきている。
俺たちが一緒に過ごしている効果はしっかりと出ているようで、今のところ他勢力からの接触があったという話は聞かない。そろそろいったんイレインとダラダラ相談する時間が必要だ。
「イレイン、週末家に帰りますか?」
「……そうですね、たまに顔を出すと約束もしていますから」
「では手配しておきます」
朝に訓練から戻る前に、週末の予定を確認するために声をかけると、特に悩むこともなく了承がもらえた。派閥の子も大事だけど、夏季休暇中にエヴァやルークにもちょくちょく帰るって約束したからなぁ。
イレインがさっさと寮の方へ戻っていくのを見送って、自分も寮へ戻ろうとすると、イスが声をかけて来る。
「イレイン様って、長い休みにはセラーズ家へ帰るんだっけ?」
「ええ、そうですね。ウォーレン家が独立してからはずっとセラーズ邸で暮らしているので」
おっと、イスはイレインのことちょっと気に入ってるんだった。
あまりしゃべることがないから、相変わらず呼び方は『イレイン様』のままだ。
まぁ、イレインはそもそもほとんど誰とも喋らないけど。
いちゃついてるわけではないけれど、俺とこそこそ話しているといい気分じゃないか。
そうは言っても、イスの恋を応援するわけにはいかないんだよなぁ。
「…………俺は政治に詳しくないけど、イレイン様は寂しくないのかな」
あ、ごめんなイス……。
単純に心配してくれてるのに俺が勝手に変なこと考えてたわ。
こいつ本当にいい奴なんだよなぁ。
「どうでしょう。……父上も母上も、セラーズ家全員が、もうイレインのことは本当の家族のように思っています。寂しいということはないと思いたいです。ただ、そうですね……。イレインのお兄さんのサフサール殿とはずっと仲良くしていたので、会うことができなくて、僕の方が寂しいかもしれません」
「へぇ、仲良かったんだな」
「まぁ、そうですね。ウォーレン陛下とはあまり話す機会はありませんでしたが、子供は子供同士仲良くしていましたので」
あのわけわからんおっさんたちと会えないのはいいんだけどなぁ。
きっとイレインも同じ気持ちだろう。
「会いに行けないのか?」
「今となってはあちらも皇太子殿下です。何より、セラーズ家は国内でもウォーレン王の方へ味方するのではないかと疑われていました。僕だけがそんな迂闊な真似はできませんよ」
「身分があるのも面倒だね……」
そうなんだよ、分かってくれるか。
「……そうかもしれませんが、その分恩恵も受けていますから」
「大人だな、ルーサーは。俺にはよくわからねぇや」
がりがりと頭をかきながらアルフがため息を吐く。
まぁ、分かんねぇだろうなぁ。
でもそれが羨ましいかって言うとまた別の話だ。
アルフはアルフで背負っている物があるし、壮絶な人生を歩んできている。
「それぞれ背負うものがありますから。アルフが、友達との約束を守りたいと願うのと同じようにね」
「……なるほどな。よくわかんねーけど少しわかった」
少し離れた場所ではようやく息が整い始めたうちの派閥の生徒たちが立ち上がり、よろよろと寮に向かって歩き始める。
「帰ったらちゃんと着替えて体が冷えないように気を付けてください。体の筋をしっかり伸ばすと後が楽ですから、気を付けて」
「はい……」
毎度同じことを伝えているが、時折さぼって体がギシギシになるものがいる。
口を酸っぱくして言っとくぐらいがちょうどいいのだ。
ゾンビのように生徒たち全員が歩き出したのを確認して、俺もその後を追いかける。
さて、今日も一日頑張りますか。
朝食を食べていつもの席に座り、余計なものを机の物入れの中に仕舞い込む。
……何かかさって音がしたな。
手を突っ込んで中を漁ってみたところ、入れた覚えのない手触りの物が一つ。
引き寄せてみるとそこにあったのは、いつぞやにも入っていたような名無しの封筒であった。





