セラーズ家の穏やかな休日
一応聞いた話を全て伝えてみたところ、父上には心当たりがあるようだった。
「無理のない範囲で守ってあげなさい。こちらはこちらで動こう」
それが報告を受けた父上の答えだ。
積極的に攻撃をする必要はなく、近くにいて守ってやるってのが大事になるかな。
学園での生活の間数人を常に見ててやらなきゃいけなくなるから、ちょっと俺自身が動きにくくなるけどそれは仕方ない。
「ただ、もしあちらが無茶をしてくるようなら遠慮はいらない。学生らしく、正々堂々と相手をしてやれば良い。その時は、堂々と人の前で宣言してやりなさい。何も人に恥じるべきことはないのだから」
「はい、分かりました。堂々と、ですね」
「そうだ。お前の力は大事なものを守る時と、正しいと思うことを正しく主張するために使いなさい。少しくらい間違ったとしても私が責任を取る」
あー……、父上はやっぱりかっこいいよ。
母上は父上のこんなところに惚れたのかもしれないなぁ。
父上は責任を取るって言ってくれたけど、そんなこと言われたら余計に間違うわけにはいかないって話だよ。
父上に、いやセラーズ家の名に恥じないように気を付けて行動しないとな。
あまり迂闊なことはし過ぎないようにしよう……。
神妙な顔で頷くと、父上は「ふむ……」と言ってから手招きをしてきた。
立派なデスクの横を通り傍へ寄ると、父上の大きな手が頭に乗せられて軽くかき回される。
「気をつけなさい」
「……はい!」
イレインの手前なんとなく恥ずかしくもあったが、父上の前に立つと、つい普通にただの息子になってしまう。家族のことで悩んでいた時からは想像もできないくらい、めちゃくちゃよい家庭になった。
もともと家族に恵まれていたとはいえ、本当にあの時相談に乗ってくれたミーシャやルドックス先生には感謝しかないな。
俺がそんなことを考えているうちに、父上はイレインにも手招きをして呼び寄せ、同じくその頭を優しく撫でた。
なんか俺の時よりも優しげなのは、愛情の差ではなく、一応他人様の娘だからだろう。
「イレインも気をつけなさい。冷静な君がルーサーのことをしっかり見ていてくれると安心する。お願いできるだろうか」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。ルーサー、お前は何があってもイレインのことはしっかり守るように」
「はい」
「よろしい。では、二人でしっかり相談して、最善を尽くしなさい」
父上はもう一度俺たちの頭をぽんと撫でて、退出を促した。
廊下に出るとミーシャが待っていて、そのまま愛する妹弟の下へと案内してくれる。
ミーシャもなぁ……、俺が卒業するまで結婚しないとか言ってるけど、いい加減俺が背中を押してあげたほうがいいよなぁ。
散々世話になったのに、いつまでもクルーブを見極める、とか言い訳して甘えているのも申し訳ない。
「……ミーシャ」
「はい、なんでしょう?」
「クルーブさんはいい人だよ。ミーシャが望むのなら、僕のことは気にせずに一緒になってくれると嬉しいかな」
「急に……、どうされたんですか?」
「……父上に最善を尽くしなさいって言われてさ。別にこのことじゃないんだろうけど」
ミーシャの顔は真っ赤になっていた。
誤魔化せてたつもりだったのかなぁ、もしかして。
流石に休日にもお出かけして仲良しこよししてれば俺だってわかるよ、ガキじゃないんだから。……ガキだけど。
「そうしてほしいとは言ってないよ。でも、ミーシャが幸せになってくれたら僕は嬉しいから。わかるでしょ?」
「……はい」
「考えてみて」
それきりミーシャも俺も黙り込んでしまったけれど、気持ちは伝わったと思う。
学園帰ったら、クルーブのけつも叩いておこう。
ま、二人が結婚すればクルーブも本格的にセラーズ家の身内だ。
これまで以上にこき使ってやろう。
エヴァとルークの相手をしてやって、ついでにレーガン先生と結構ガッツリ手合わせをした。
相変わらずルークはレーガン先生に懐いているようで、手合わせの最中はどっちを応援しているかわからないが「がんばえ!」と一生懸命に手を振っていた。かわいい。
エヴァは最近あったことを一生懸命報告してくれていた。
どうやらエヴァの魔法の先生ことクレア先生の娘さんは、俺が家からいなくなったらまた顔を出すようになったらしい。
怪しい怪しいとちょっと疑っていたが、エヴァが言うにはお兄様がかっこよくて照れ照れしている部分もあったらしい。羨ましいと言われたと自慢していたが、同時に『お兄様は年下の子が好みではないですよね……?』とくぎを刺された。
全然やましいことはないのに、なんかヒヤッとしたのはなぜだろうか。
母上は俺が顔を出したこと自体が嬉しいらしく、そんな様子をニコニコとずっと眺めていた。
本当に良い家だ。
ついつい長居してしまって、すっかり暗くなってから馬車に乗って学園へ帰ることになった。
馬車の中でイレインが呟く。
「オルカ様は本当にいい父親だな」
「羨ましいだろ」
「ああ」
そんな素直な反応するなよ、困るだろ。
確かにウォーレン王はホントに何考えてるかわからねぇしなぁ。
「……もうお前の父親みたいなもんだろ」
「…………お前な……。……まぁ、でも、そうだな」
イレインはしばし俺のことを睨んだが、やがて肩の力を抜いて背もたれに寄りかかり、気の抜けた顔で笑った。