第二ラウンド
「お前さぁ……」
翌週、同じく図書室にやってきた俺は、その端でイレインに呆れた顔をされていた。
ちょっと時間が経って俺も思ったよ。
結局糸目先輩に一方的に話をされて、腹を立てて帰ってきただけだったって。
聞きたいことを聞けてないし、情報を何も聞きだせていない。
あっちが勝手に喋った情報は貰ったけど。
「いや、反省してるって。だから相談してるんだろ」
「……その先輩って枢機卿の息子なんだろ。お兄様の様子も知ってるんじゃないのか」
「そうなんだよなー。勇者の力の話も聞けてないしさぁ」
「でもあまりあれこれ質問したって、私たちがいろいろ知りたがってることがばれちゃうし、聞きすぎるよりはましだったかもな」
また難しい話になってきた。
糸目先輩が何を考えているかわからないから、あまりこちらの事情を開示しないほうがいいってことか。
交渉とかあまり得意じゃないんだよなぁ。
「じゃ、下手に喋らないほうがいいってことか?」
「いや……、エル先輩が何を考えてるかが知りたい。お前のことをしつこく勇者候補に勧誘してるんだろ。何か目的があるはずだから、ただ断わらないでその辺の話を聞くべきだ。なんか単純なんだよな、お前って。自分一人で結論だしがちって言うべきか」
「まぁ、自覚はあるけど」
父上や母上のことだってそうだったし、カッとなりやすい部分があるのもわかってる。ちょっと突っ走りやすいところも。
だからこそ、頭脳労働はできるだけイレインに任せてるってわけだ。
外にブレーキがないと俺ダメっぽいからなぁ……。
後を継ぐ前にその辺はしっかり矯正しておかないと。
逆に肉体労働とか、危険察知に関しては俺の分野だ。
さて本棚の二つくらい奥に誰か、まぁ、おそらく糸目先輩が来ているので、俺はハンドサインを送ってイレインにそれを伝えて歩き出す。
書架の間を覗くと、糸目先輩が児童用本棚の前に立って背表紙を指さしながら歩いているのが見えた。
「先輩、今日は何をお探しですか」
声をかけると、先輩は驚くでもなく振り返って俺たちを見る。
「うん? うん、小さな子たちに読み聞かせするような本をね」
それだったらまぁ、ここで合ってるか。
この先輩、いつもよくわからない本ばっかり見てるイメージがある。
「何かお兄様のお話をされたとか」
「ああ、イレインさん。僕のことは聞いてるみたいだね。話すなら……外かな」
人はあまり来ないがここは埃っぽい。
隠れる場所もたくさんあるから、聞かれたくない話をするならもう少し開けた場所へ出たほうがいい。
俺も一応気配の察知みたいなのは多少できるけど、それに引っ掛からないような忍び方する人もいるかもしれないしなぁ。
外へ出るけど結局俺たちってどこに行ってもそれなりに人目を集めるんだよな。
俺がセラーズ家の嫡男ってのもあるし、イレインはウォーレン家の王女様で、多分先輩だって光臨教の偉い奴の子供って知られてるはずだ。
アウダス先輩がいればみんな目を逸らすが、この三人だとどうしたってちらちらと見られてしまう。
でもまぁ、今のところ俺に絡んでくる先輩も見たことないし、案外気にしないでいたほうがいいのか……?
それとも絡んでこないだけで着実に王国を裏切りそうな奴として監視されてゲージを溜めてしまっているのか。マジでさっぱりわからないから困ったものだ。
貴族社会ってのは複雑怪奇で、裏で誰が何を言っているか分かったもんじゃない。
たまにローズ辺りからしっかりと情報収集しておくべきなんだろうなぁ。
校舎の端の方を通ってダンジョンのある方へ向かうと、段々と人気がなくなってくる。
おそらくだけどこっちの方にある訓練場で、アウダス先輩たちが集まっているせいで、怖い奴らのたまり場と勘違いされている節がある。実際身分の差はあっても、天パ先輩とかに正面からものを言える人ってそういないだろう。
俺たちには気さくな先輩だけれど、あの上背と筋肉量で目の前に立たれたら、戦い慣れていない貴族は震えあがるはずだ。
近くにダンジョンがあるせいで、そもそも武闘派じゃない先輩はあまり近寄りたくないだろうしなぁ。
そんなわけで俺たちにとっては都合のいい、人のいない場所にひっそりと建てられたガゼボに入り込んで向き合う。二体一の構図だけれど、実質俺は役立たずなのでイレインと糸目先輩のタイマンね。
「それで、どうかな、聖女候補。ルーサー君と一緒に」
「いきなりですね。そもそも聖女や勇者について私たちは詳しく知りません。そこから説明をしていただけませんか?」
「知らないって言われてもなぁ……。勇者、っていうのはね、世界の危機に現れる特別な力を持った存在だって言われているよ。それを補助する役割を持っているのが聖女。男女で対になって同じ時期に現れる」
「世界の危機というのは何ですか」
「ある時は暴君に立ち向かい、ある時は悪の魔法使いを倒し、ある時は大規模な氾濫を鎮めたりとかね」
「〈光臨教〉はその勇者の選定をする。神の声を聞き神の教えを守る。……では、なぜ光臨教が示すのは、勇者ではなく勇者候補なのですか?」
糸目先輩が人差し指でこめかみを搔いた。
俺と違って一筋縄ではいかないことが分かったようだ。
いいぞイレイン、もっとガンガン行け。
俺は静かにお前の応援だけしているからな。