完治
あれから十数日が経ったが、俺はゾーイ様のことを未だに父上に相談していない。
父上の方から話してこないということは、おそらく話すタイミングではないのだろうなと、イレインと相談して判断させてもらった。
父上のことだから俺のことも考えてくれているはずだし、俺たちもあまりいろんな事情を抱えたって処理しきれない。ただでさえ学園生活が始まってまだ数カ月なのだから、しばらくはそっちを気にした方がいいんじゃないかという結論に至ったのだ。
そんな話はともかく、あれから十数日が経っているということは、レーガン先生の足が完治したということでもある。
軽く手合わせをさせてもらったのだが、レーガン先生の鉄壁の防御は相変わらずで、それに加えて踏み込みによる鋭い一撃が飛び出してくるようになったので、剣術ではまるっきり勝てる要素がなくなってしまった。
散々負けに負けて、地面に座ってレーガン先生を見上げる。
「これだけ強くて足を怪我するなんて、どんな強敵と戦ったんですか……」
「数はいたけれどそれなりの敵でしかなかったと思う。力に驕っていたんだ。不意を突かれた。それにルーサー様は勘違いをしている」
「勘違い、ですか?」
「そうだ。どうやら私は怪我した当時よりも、今の方がずっと調子がいい。足が不自由な間に、無駄を削ぎ落して、どう戦えばいいか考え抜いたからね。もし自由に足が動けば、とも何度も思った。それが活きている」
癖になってしまったのか、さっきまで振るっていた棒を杖のようにして立っているレーガン先生は子供のように目を輝かせていた。
「まだまだ試したいことは山ほどある。今日ルーサー様と手合わせをしたことで確信したよ。まだまだ私は強くなれる。私を雇い入れたことを決して後悔させないと約束しよう。本当に、心の底から感謝している」
大人の男性に、それも自分より強い相手にここまでされると恐縮だ。
それでもレーガン先生の感謝の気持ちを拒否しようとは思わなかった。
「お役に立てたようで何よりです。頼りにしていますので、ぜひこれからも末永くよろしくお願いします」
「……ルーサー様はもう少し偉ぶっても良いと思うのだがな」
「割と偉そうにしているつもりですが」
レーガン先生にも図々しく上から目線で話しているつもりだ。
割と貴族らしいと思うんだけどな。
「そう思うのならばオルカ卿が普段から余程できた方なのだろう。古くからいる貴族の偉ぶり方というのはそんなものではないからね」
「あまり良く思っていないようですね」
「あ、いや、そういうわけではないのだが。ルーサー様はやったことの大きさの割に、それを誇らぬから、人から軽く見られることもあるのではないかと心配したのだ。恩を受けた身で出過ぎた言葉だった」
レーガン先生はやっぱりまだまだ堅いなぁ。
俺が先生と呼んでるのだから、そこまで遠慮せずにもっと先生面してもいいのに。
クルーブを見習えとは言わないけど、ちょっとくらい要素を分けてもらってもいい気がする。
「先生、僕は先生のことをもう身内だと思っています。もっと自然体で大丈夫ですからね」
「ああ……、もう少し慣れればそのうち……。なにせ騎士は規律が厳しかったものだから、身分の上の人物が相手となるとどうしてもな……」
ま、うちの家風に慣れるまでは少し時間がかかるか。
他を見ている限り、確かに我が家は使用人たちとの距離が近すぎる。
元々はそこまででもなかったんだけど、俺が自由に動くようになってからは、あれこれ話しかけるから、どうしたって少しずつ距離が近くなっていった。最近ではエヴァやルークもそれを真似するから、その傾向はさらに強くなっている。
おかげで俺は過ごしやすいからいいんだけどね。
「そういえば父上も手合わせをしてみたいと言ってましたよ」
「オルカ様か……。お相手してもらうとしても、もう少し両足での勘を取り戻してからだな。半端な状態では失礼に当たる」
「レーガン先生は真面目ですね」
「そうだろうか? ルーサー様は聞いていたより随分と柔らかい雰囲気を感じる」
「何を聞いていたんです?」
レーガン先生は目を逸らしながら気まずそうに答える。
「……気にくわない先輩に魔法を撃って脅しをかけたと」
まぁ、あれだけ大勢の前でやれば、そりゃあ噂にくらいなるか。
「事実ではありますが理由はちゃんとあります」
「ルーサー様の人柄を知ればそうなのだろうと思う」
あっさりと認められたけど、一応誤解を解くべく説明はしておく。
我ながら短気だったとは思うけど、同じ光景に出会えば同じことをしてしまう気がする。
手合わせが済んで互いに心を開いたところで、しばらく俺の方の状況なんかを改めて話しているうちに、ダンジョンの話になった。
「父上と手合わせをする前に、一緒にダンジョンでも行ってみますか?」
「学園にあるダンジョンだろうか?」
「ええ、あそこでも構わないです。クルーブさんがいれば入れてもらえるはずなので」
レーガン先生はちょっと複雑な表情をする。
つい先日死に掛けた場所なのだから、それも当然か。
でもなー、レーガン先生には最終的にはダンジョンに付き合ってもらいたいし、怖くて入れなくなっちゃっても困るからなぁ。
「私が学園に顔を出しても大丈夫だろうか」
あ、そっちの心配かぁ。
「休みの間なら大丈夫じゃないかと。少なくともまだことが公になっていませんし」
「そうか……、なら再挑戦してみるのもいいかもしれないな」
よし、そうなればあとはクルーブに確認しよう。
これでレーガン先生の対人戦じゃない方の実力も見れるな。