いかさま
「うん、相手をしてくれる人が見つからなくてね。折角だからさっき見た賭け事の相手をしてくれる人を探しているのだけれど」
「掛け金はいくらほどになるでしょうか?」
「あと金のチップが十二枚は必要だね。手持ちは八枚」
「承知いたしました。そちらに掛けて少々お待ちください」
最初に座ったテーブルで待っていると、ゾーイ様が体を傾けて俺たちに話しかけてくる。
「……連れてきた対戦相手と……、もしさっきの女性が札を配るようなら、そちらの手元を見張ってもらえないかな。こっそりね」
「わかりました」
意図を完全に理解しているらしいイレインだけが即座に返事をする。
「さっきの女の人もですか?」
普通にここの従業員のようだったし、親切にしてくれていたけど。
「うん。興行の役に立つマーヴィンを解放しようとしているのに、親切にするなんておかしいと思わないかい? 私は妙に親切な人間は端から疑ってかかるようにしているんだよね」
「なるほど……」
なかなかの人間不信だけれど、身分を考えればそんなもんなのかもしれない。
でもなぁ、こっそり見て分かるようなもんかな。
俺、テレビでマジックショーやってるのを見抜けたことなんてないぞ。
「僕はあまり自信がないんですが、クルーブさんいけます?」
「どうかなぁ……、一応気を付けるけど」
不安だけど仕方がないよなぁ。
一応戦闘訓練とかで動体視力は良くなってると思うけど。
話し合って、イレインとノクトゥラさんがディーラー、俺とクルーブが相手を見張るって分担をしておく。
「ノクトゥラも、最悪荒事になるから頼むよ」
ゾーイ様が体をのけぞらせて言うと、ノクトゥラさんはこくりと頷いた。
いちいち仕事人っぽくてかっこいいんだよなぁ。
十分ほど待っていると、お姉さんがつばの広い帽子にスーツを着た胡散臭い男を連れて戻ってきた。
「お待たせいたしました。この方なら相手をしてくださるそうです」
「さて、よろしく頼むよ。はっは」
あまりにも胡散臭い。ひどい。
いかにもいかさましますよ、みたいなちょび髭を生やして自信満々で笑っている。
「うん、よろしくね」
男が席に着く間に、特に何も言及せずにお姉さんが札を用意しはじめる。
さりげなくこの人がディーラーの役割をやることになったらしい。
その隙にゾーイ様が俺たちにウィンクを一つ。
なるほど、普通にしてれば気付かなかったかもしれないけれど、先に聞いているとちょっと気になる動きだな。
始まってしばらくは特に問題がなくゲームが進んでいく。
勝ったり負けたりで掛け金も割と少ない。
とったり取られたりが続いたところで、突然男の方が札を置いて肩を竦めた。
「埒があきませんな。高い額で遊べると聞いて呼ばれてきたのですが、これではあまりにも退屈だ。真面目にやっていただけないのならばここまでとしましょう」
「ふむ。ではそろそろ真面目にやるとしようかな」
掛け金の最低額が上がる。
ゾーイ様は相手の男の顔を見ながら、八割がたの勝負を途中で降りるのだが、時折勝負に出た時は必ず勝っている。
男は勝負中に負けが込んでいるゾーイ様のことをご機嫌に煽っていたが、しばらくして突然ピタリと笑うのをやめて手元を見た。
どうやら勝ち続けているはずなのに、自分の持っているチップがほとんど増えていないことに気が付いたらしい。
むっとした表情で目を細めてゾーイ様を睨みつける。
「少々勝てる勝負ばかりし過ぎではないかね? いささか面白くない」
「……そうかな? 私は勝てる時だけ勝負をしているだけだよ」
男は慌てて後ろを振り返るが、そこには誰も立っていない。
何か札を伝えられる手段があるかもしれないと考えたのだろう。
もちろんそんなことはしていない。
してないよね?
「……こうしよう。札を一気にすべて配り、それを伏せたまま勝負をする。これこそ賭け事ではないかね?」
「心理的な駆け引きを無しにする賭け事が楽しいかな?」
「賭け事の醍醐味は、勝つか負けるか分からないところにあると思うがね」
「確かに、それは本当に確かにそうだ。ではそうしよう」
深く納得したように頷いてゾーイ様は笑った。
これまでの微笑とは違う、しっかりと弧を描いた唇。
それはなんだか体温を感じさせない笑みだった。
双方合意の上で、札が伏せたまま配られていく。
そこからの勝負は一方的だった。
やればやる程、ゾーイ様のチップは減っていく。
男は高笑い。
何かいかさまをやっているのは明らかだった。
その最中。
ノクトゥラさんが少しずつ場所を移動して、札を配っているお姉さんの方へ近づいていく。そちらを気にしていると、突然イレインに話しかけられる。
「ルーサー、そろそろ帰りたくなってきたのですが」
「……僕もかな」
チップが心もとない。
妙なことになる前に引き上げて、お金をたんまり持って戻ってきた方がいいんじゃないかと言うのが俺の見解だ。
いかさまが見破れない以上勝負はするだけ無駄だ。
「そろそろ帰らないと、アイリス様も心配されているかもしれません」
「そうですね。チップがなくなったら……」
やたらと意味のないことを話しかけてくる。
なんだか様子が変だと思っていたら、突然お姉さんが声を上げた。
「なにをっ……!」
慌ててそちらを見ると、ノクトゥラが体を割り込ませてガシリとお姉さんの手を両手で覆うようにして掴んでいた。
配る札が途中まで飛び出しており、なぜか一番下の札が男に配られようとしているのが分かる。
「おや、おかしいね。普通札を配る時は一番上から配るものだとばかり思っていたのだけれど」
ゾーイ様がお姉さんをまっすぐに見つめて、先ほどと同じ笑い方をしながらわざとらしくつぶやいてみせた。





