秘密の賭博場
「ではこちらに」
お姉さんが立ち上がって奥の壁をするりと撫でる。
すると人が一人通れるくらいの扉が姿を現した。
魔法で隠してあったのだと思う。
多分だけれど、このお姉さんの魔法ではなくて、部屋自体が魔法陣になっているような仕掛けなのかな。
多少は魔法を使う技能がなければ発動できないから、心得くらいはあるのだろうけど。
ちらっとクルーブの方を見ると、俺と同じく部屋のあちらこちらに目を配っている。
もし攻撃的な魔法陣の中に入り込んでいたら危ないところだった。
それだったら流石にクルーブが気づいていただろうか。
魔法陣と言うのは魔法使いたちの中でも、特に学者肌の人たちが使うものだ。
どちらかと言えばそれこそ【変人窟】にいるような人たちが好きそうな分野である。
「さ、中へどうぞ。中にも案内人はおりますので、自由にお楽しみください」
この先までついて来てくれるわけではないらしい。
お姉さんが扉を開けると、地下へ降りる階段が現れる。
もしかして本当は地下牢に直結したりしてるんじゃないか、なんてことも考えて躊躇っていると、ゾーイ様はさっと立ち上がってドアをくぐってしまった。
「悪いね」
すぐ後ろにはぴったりとノクトゥラさんが張り付いている。
ここまできておいていかれても困るので、俺たちも急いでその後に続いた。
階段の足元には光石が埋め込まれておりほんのりと明るい。
足を踏み外すような事はないだろう。
階段を完全に降ると長い廊下。
まっすぐに進んでもう一度扉を開けると、今度は円形の広い空間が現れる。
その壁のあちらこちらに、今俺たちが出てきたのと同じような廊下が続いており、ここへ降りるための入り口が一つだけではないのだということが分かった。
なるほど、相当手広くやっている組織のようだ。
『噂を聞いて』みたいなことをあのお姉さんが言ってたし、多分それほど厳密に隠されているわけでもないんだろうな。
ってことは、とんでもない違法行為とかはやってないのかもしれない。
いや、分かんないけど。
貴族街と違って、街って結構平気でとんでもないことやってたりするからなぁ。
偉い人にだけ伝わらなければいい話だし、なんなら金儲けで一枚くらい噛んでいる貴族がいたっておかしくない。
街の金持ちが遊ぶ施設なら、それなりの大金が動いてそうだもんなー。
円形の空間の中には、一つだけ両開きの扉があり、左右に警備の男性が立っている。
ゾーイ様が迷うことなく真っすぐに進んでいくと、警備員が扉を開けて中に迎え入れる。現れたのは上よりも洗練された賭博場だった。
大きな声を出して熱中しているような人はおらず、皆スマートに賭け事を楽しんでいるようだ。
なんとなく、上よりも少人数で遊べる賭け事が多いような感じがした。
中を見回していたところ、カウンターにいる女性がにっこりと笑いながら話しかけてきた。
「初めてのお客様ですか? もしチップをお持ちならば交換いたします。こちらでチップを購入することも可能です」
「うん、頼むよ」
あ、チップ出せってことね。
持ってきた袋をじゃらりとカウンターに出してやると、女性はそれを仕分けして、随分と少なくなったチップを返してくれる。
「すべてのチップが地上の賭博場の十倍の価値がございます。色は同じですが、混ざらぬように仕掛けが施してございますので、間違えて上のチップをお使いになることのございませんようにお願いいたします」
「軽くなって使いやすくなったね」
随分と軽くなってしまった袋をもって、ゾーイ様はまるで目的があるかのように堂々と歩きだす。
この人本当に即断即決すぎる。
探索者に向いてるんじゃないかな。
ゾーイ様が遠慮一つすることなく、場内をぐるりと見まわるように歩くのについていきながら、この空間がどのくらいの部屋に繋がっているかを確認する。
三方に俺たちが入ってきたのと同じような扉がある。
そのうち二つには、同じくカウンターも設けられているので、あれはここへの入り口なんだろうな。ただ、入って突き当りの場所にはステージのようなものがあって扉が見当たらない。
もしかしたらステージの奥には出入り口があったり、空間が広がっていたりするのかもしれないけど、流石のゾーイ様もそこまでは勝手に入っていかないようだ。
「マーヴィンらしき人は見当たらないね。少し遊ばせてもらおうかな」
そう言って椅子に腰かけたゾーイ様はそのまま賭け事を開始してしまう。
ゾーイ様は数人が同じテーブルに座る賭け事を好むらしく、すでに四人が座っているテーブルの端に腰を掛けた。
親がいないタイプの賭け事で、客同士がカードの絵柄をそろえて戦っているらしい。
ポーカーみたいなものだな。
見ていると、少額ずつ賭けており、別に他の人と変わった動きはしていない。
勝ったり負けたりで、やや負けが込んでいるくらいだろうか。
これだったら俺がやっても大して変わらなさそうだ。
上で勝っていたのが偶然だったのではないかと思えるほどであった。
チップをかけるには順番があるらしく、二順ほどして自分が最後にチップをかける順番が回ってきたときに、ゾーイ様は突然にっこりと笑った。
そしてチップを全てテーブルの上に乗せた。
あとはカードをオープンするだけ、というタイミングだった。
「ほう、随分と強気だね」
「お嬢さん、自棄になってはいけないよ。今ならまだチップを戻してもいい」
「後ろの子たちも心配そうだよ。本当にいいのかい?」
急な動きに紳士然とした老人や、仕事のできそうな青年が口々にアドバイスをくれたようだが、ゾーイ様はにっこりと笑っただけだった。
ちなみにゾーイ様は俺たちにもカードの札を見せないように気を付けてるので、マジでドキドキだ。
「もしかして皆さん、自信がないのかな?」
言葉を発していた人たちは肩を竦めたり首を振ったりして黙り込む。
青年だけはため息をついて苦笑する。
「折角美人が来てくれたのに、すぐにいなくなっては寂しいと思っただけなのだけどね」
きざな男だった。
ちょっとむかつくな、なんだお前。
隣でイレインが半目になっており、クルーブがベロを出してげんなりとした顔をしていた。
気が合うね、俺たち。
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『たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること2』
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