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お嫌いですか?

 味方と言われてまず最初に思い浮かんだのは、ミーシャという少女メイドの顔だった。日中空いている時間はいつもこのミーシャが俺の近くで世話をしてくれている。

 いつも笑って話を聞いてくれる彼女は、今の俺にとって姉のようなものだ。天真爛漫な立ち居振る舞いからして、元の俺の年齢からすれば妹のようなものかもしれない。

 もし同級生にこんな子がいたら、間違いなく恋に落ちていたに違いない。しかし悲しいかな、なぜかこの体だとドキドキするというより、安心してしまってそんな気持ちにはならない。


 ルドックス先生が去っていってしばらくすると、部屋にノックの音が響く。椅子の背もたれに寄りかかったまま入室を許可すると、ミーシャが静かに扉を開けて入ってきた。

 そして近寄ってくると首をかしげて、開口一番尋ねてくる。


「ルーサー様、どうかされましたか?」

「なんで? 変かな?」

「だって、いつもでしたら立ち上がって待っているか、本を読んでいらっしゃるじゃないですか。悩み事でもあるんですか?」

「そうだっけ」

「ええ、そうですとも。最近は考え事も増えているようですし、私でよければ聞かせていただけませんか?」


 見て分かるぐらいには俺は変な行動をしていたらしい。二十代半ばまで生きた経験があるとはいえ、別に演技の勉強をしてきたわけじゃないから、気を抜いてしまえばそんなものだろう。

 ルドックス先生は尊敬しているが、俺が一番信頼しているのは多分このミーシャだ。


 まだまだ短い腕を伸ばして、さっきまで先生の座っていた椅子を動かして自分と向かい合わせにする。


「座って?」

「はい、じゃあ失礼して」


 長いスカートを手で折りたたんでミーシャは椅子に腰かける。その姿はなんとなく優雅で、お嬢様っぽい仕草に見える。

 よく考えてみると、俺はミーシャのことを大して知らない。

 毎日長い時間一緒にいるというのに、彼女について尋ねたことなんてほとんどなかった。

 ただ優しくおおらかに接してくれるのが当たり前になっていて、自分の興味ばかりに目を向けていたのだと思う。これでよくもまあ、姉だとか妹だとか考えたものだ。


「……ミーシャは、なんでこの屋敷でメイドしてるの?」

「ルーサー様はご存じですよね。私の生家はセラーズ伯爵家を寄親とする男爵家です」


 寄子の貴族は、より力を持つ貴族の庇護を受けるために子供を人質のような形で使用人として差し出すことがある。もしミーシャがそれなのだとしたら……。


「ミーシャは、人質でここにきたようなもの……?」

「……ふふっ、あ、いえ、すみません」


 ミーシャが口元を押さえて笑う。

 何かおかしなところがあっただろうか。


「失礼かもしれませんが、最近のルーサー様は以前よりも親しみやすいです。ずっとお勉強にしか興味がないように見えましたが、ようやく私のことも気にしてくださったんですね」

「あ、いえ、今までもミーシャにお世話してもらってることには感謝してて……」

「いいんですいいんです、ルーサー様はまだ小さな子供なんですから」


 小さな子供と言っても多分ミーシャとは10歳ちょっとしか離れてないと思うんだけど……。


「ええっと、人質のことでしたね。広くとらえればそのようになるかもしれません」


 なんの後ろ暗さもなく、当たり前のことを話すようにミーシャは笑って肯定する。


「しかし、私はここのメイドになれて幸せです。働く環境はいいですし、こんなに賢くて優しいルーサー様のお世話もさせてもらっています。貧乏貴族の末娘が得られる環境としては一番上等だと思っていますよ?」

「それじゃあ……、ミーシャは父上に無理やり連れてこられたとかではないんだよね?」

「ふっ、ふふふ」


 我慢できないとでもいうかのように、ミーシャは再び笑って身をよじらせた。

 こんなに子供っぽく笑うミーシャを見るのは初めてだ。


「ルーサー様、誰からそんなことを聞いたんですか。もしかしてオルカ様と喧嘩でもなさいましたか?」

「し、してないけど……」

「それじゃあオルカ様にご不満でも?」

「あまりお話しすることがないし、いつも怖い顔をしてるし、母上とも、あまりお話しされていませんし……」

「愛されているか不安ですか?」


 何かひどい勘違いをされていることに気づいて、俺は慌てて顔を上げた。もしかしてルドックス先生にも同じことを思われていたのだろうか。次に顔を合わせるのが恥ずかしくなってきた。


「そうじゃなくて! ほら、父上はあんな見た目だし、他の貴族から嫌われてるって聞いたことあるし! だとしたらなんとかできないのかなって……」

「ルーサー様」


 たしなめられるように名前を呼ばれて俺は黙り込む。


「オルカ様は立派なお方です。私の生家が困窮しているときに手を差し伸べてくださいました。オルカ様がいらっしゃらなければ私は今頃、年老いたお貴族様の7番目の嫁として、暗い塔の中で過ごしていたかもしれません」

「…………そうなんだ」


 なんだか俺の予想とは正反対の言葉が返ってきてしまった。

 それでいて、ミーシャがここにいることを幸せに思っているとわかりホッとしてしまった自分もいる。

 父上が人から尊敬されていることを聞いて、少し嬉しくなってしまった自分にも気づかされた。


 俺が生まれたときの父上の嬉しそうな声、母上を気遣う言葉を思い出す。

 小さな俺が目を開けたとき、整った顔を綻ばせて慌てて母上を呼びに行ったのを思い出す。


「ルーサー様はオルカ様のことがお嫌いですか?」

「……嫌いじゃないです」

「良かったです。それじゃ、どうしましょうか。書庫へ行きますか?」


 手のひらを合わせて尋ねるミーシャに俺は首を振る。

 転生なんて訳の分からない状況に置かれて、混乱して、浮かれて、自分のことばかり考えて、周りを見ずに過ごしてきたつけが回ってきている気がした。


「ミーシャのことを教えて。好きなこととか、家族のこととか」

「はい、もちろん構いませんよ。ではまずお茶を入れてきましょうか」


 父上のことはひとまず置いておいて、俺はまず手始めに、鼻歌を歌いながらお茶の準備をするミーシャのことを知ることにするのだった。

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