毎年恒例
そろりそろりと草のかられた場所へ足を踏み入れると、地面にはレンガが敷かれていることに気が付いた。やや苔むしているが、元々歩く場所として整備されている道らしい。
玄関近くまでやってきて、そのまま耳を澄ませながら壁沿いに移動を始めたところで、イレインに肩を掴まれた。
「おい」
「なんだよ」
「何する気だよ」
「窓から様子見るんだよ」
「趣味が悪いぞ。ドア叩いて直接聞いたほうがいいだろ」
窓から覗くだけならば見なかったふりをして帰ることもできる。
親切心だよ、これは。
いや、ミーシャのこともあるしそれは駄目か。
まず変なことはないだろうと思ってこっそりつけたのもあって、すっかり意表を突かれてしまった。
「……まぁ、その方が無難か。無視されたらどうする?」
「何不安になってるんだよ。信じてないのか?」
「は? 信じてるけど? イレインこそビビってたじゃんか」
「ビビってないけど? 本当に大事な用事だったら邪魔しちゃ悪いと思っただけだし」
「じゃあイレインがノックしろよ」
「別にいいけど」
イレインがずんずんとドアに向けて歩いていく。
横顔は少しばかり緊張しているように見えたが、ノックをするためにちゃんと拳を構えたところで、俺はその腕を掴んで止めた。
「なんだよ」
「……やっぱ俺がやるわ」
「めんどくさい奴だな、じゃあやれよ」
イレインが一歩下がって俺が拳を構える。
瞬間ノブが動いて古い扉が音もたてずに開いた。
急ぎ数歩下がると、クルーブが呆れた顔を覗かせる。
「何してんの君たち」
「いえ、その、街を歩いてたらクルーブさんがいたので」
「街ってセラーズ邸も含むんだね」
あ、ばれてらぁ。
俺が目を逸らすと、イレインもとっくに別の方を向いていた。
「何を企んでるのかと思って泳がせておいたら、いつまでもここでまごまごしてるんだもん。まったく、入りなよ」
「いいんですか?」
「いいよ、別に」
クルーブがドアを抑えてくれている間に、俺とイレインは屋敷の中に体を滑り込ませる。窓が多くつけられた屋敷の中は明るく、装飾品のない簡素な内装が広がっていた。
「こっちね」
クルーブに先導されて入った部屋は広く、スクロールがいくつか立てられ、大きなテーブルの上にも一枚広げられている。
そしてそのテーブルの向こうでは、クレア先生をはじめ、数人の杖を持った人たちが笑って俺たちを見ていた。
「紹介しまぁす。これが僕の弟子で、ルドックス先生の最後の弟子のルーサー君です。こっちはイレインちゃん。好奇心旺盛で、俺の後をつけてきたみたい」
「うん、知っているよ。君と違ってすくすくと背も伸びて元気そうだ。安心したよ」
目を細くした優しそうな老人が、微笑みながら頷いた。
続いて他の人たちも俺たちをみて、何か懐かしいものを見るように頷く。
……見覚えないんだよなぁ、俺は。
「ああ、失礼。私たちは皆、ルドックス先生の弟子です。ルーサー様のことは先生の葬儀の時に見たのですよ。クレアから随分と元気になったとは聞いていたけれど、本当に顔色もよさそうで安心しました」
ああ、なるほど。
クレア先生と同じで、俺がそれどころじゃなかったときに出会った人々なのか。
皆が瞳に知的な光を宿し、どこか少しずつルドックス先生に似た雰囲気を纏っている。
なんだか妙に懐かしい気持ちになって、思わず俺は頭を下げていた。
「突然お邪魔してすみません。……クルーブさんがどこに行くのか気になって」
「ルーサー君僕のこと大好きだからね」
「いえ、浮気してるんじゃないかと」
「してませんー」
クルーブが否定をすると、一同が上品に声を抑えながら笑った。
「最近は大人しいもんだよ」
「妙に噛みついてこないし」
「悪戯のような実験もしないし」
「女の子に声をかけることもなくなったと聞くね」
「ミーシャさんと良い関係なんですものね?」
口々にクルーブの近況がのべられ、最後にクレア先生がミーシャの名前を出すと、皆の注目がクルーブに集まる。
「どんな子だい?」
「どこの子だろう。知り合いならば口添えしてやるけれど」
「いいから放っといてよ」
それをクルーブは鬱陶しそうに腕を振るって拒否する。
まるで親戚に構われている子供だ。
「ミーシャは僕についてくれているセラーズ家のメイドです」
「ほう! ルーサー様はそれで心配になってクルーブを追ってきたのですね」
「駄目じゃないか、心配させたら」
「あー、うるさいうるさい。ミーシャにはちゃんと話してるし。ルーサー君もね、師匠が秘密って言ったら明かされるまで大人しく待ってるものだよ、普通はさぁ」
「すみません」
「あまり悪びれてないね」
いや、悪いとは思ってるけど、紛らわしい言い逃れをしようとしたクルーブにも責任の一端はあると思う。
「それで、皆さん集まって何をされているんですか?」
「……これ」
クルーブがテーブルに広げられたスクロールを指さす。
かなり細かな絵図が描かれているけれど、主な目的は発光と発色だ。
音も出る感じがする。スタングレネードみたいなやつかな?
「ルドックス先生がいつも王誕祭の時、空に花を咲かせていたでしょ。あれを改良するために集まってただけだよ。この人に誘われたから僕も参加してるだけ」
そういってクルーブはクレア先生を指さした。
「皆クルーブ君のことも心配していたんですよ。ずっとルーサー様と一緒にいて、元気にしているかもわからなかったので」
「だから来たでしょ」
「呼ばなかったら来なかっただろうけれどな」
「まったく、一番下の弟子なのに先輩に対する敬意が足りない」
「あのねぇ! 一番下は今はルーサー君なの。僕じゃなくて!」
クルーブがダンと杖の先で床をついて先輩魔法使いを威嚇するが、彼らはいっこうに気に留めた様子はなかった。それどころかかんしゃくを起こしたぞと笑いだす始末だ。
「子ども扱いですね」
「……だからルーサー君は呼びたくなかったんだよ」
「似合ってますよ」
「生意気な口だなぁ」
どうやら拗ねているようだが、横顔が面白くて俺はクルーブに頬をつねられながら笑ってしまった。