仲間入り
イレインの案を採用して数日。
あれから十日ほどたったところで、モニカちゃんは再びセラーズ邸に顔を出してくれるようになった。クレア先生や俺はほっとしている。
やっぱり俺とはあまり話してくれないんだけど、それ以外に関しては概ねいつも通りなようだ。俺から何かアクションを起こしてこれ以上問題が大きくなっても困るし、現状はたまーに遠くから様子をうかがう程度にとどめている。
モニカちゃんが顔を出すようになってからさらに二日。
学園へ顔を出した俺は、いつもより早く準備室を後にすることになる。
少し先にはクルーブ。横には杖を突いたレーガン先生が一緒だ。
一応躓いたりしたら支えられるように近くにいるが、今のところ心配はなさそうに見える。
今日でセラーズ邸に引っ越しすることはあらかじめ告げてあったので、ダンジョンの入り口は超厳重に封鎖した上、兵士が見張りとして派遣されてきている。
ダンジョンは中に入って悪さをするというより、生徒が中に入らないことが肝要なので、この程度の警備をしていれば十分だろう。
馬車に乗り込んだクルーブは久々にミーシャに会えるからなのか、あるいは仕事から解放されたからか非常に機嫌よさそうに鼻歌を歌っている。
一方でまだ足の調子が万全ではないレーガン先生は深刻そうな顔で眉間にしわを寄せていた。
まぁ、もともと朗らかってタイプの表情をする人ではないけれど。
「レーガン先生、ちゃんと受け入れる準備はしてありますから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「うむ、それはわかっている。ただオルカ様に会うのに少しばかり緊張していてな」
「父上は優しい方ですよ」
「……そうなのかもしれないが、一人の剣士としてはな」
「確かに父上は強いですが……有名なのですか?」
実はそうじゃないのかって思ってたんだよな。
俺も一時期ダンジョン探索をするために街で暮らしたことがあるから、平均的な剣士がどんなものか知っている。
有名な探索者を見ても、父上程に力強く無駄のない剣を振るう人は見たことがなかった。
「学園卒業時、当時の近衛騎士団長は失礼を承知の上で、伯爵家の嫡男であらせられることが本当に惜しいと、オルカ様の剣の腕を称賛したそうだ。ここだけの話、陛下と同世代の四大伯爵家当主の方々は皆優秀で有名だった。……オルカ様以外のお二人は非常に癖も強いと聞くけれど」
あー、イレインの父親と、オートン=皆殺し=ヴィクトリア伯爵ね。
確かに癖強いけど、あの二人に正面から舐めた口を利く貴族はきっといないだろうな。だってオートン女伯爵はその場で相手を消し炭にしそうなすごみがあるし、ウォーレン王は絶対にそのうち復讐してくるもん。
そう考えると父上が胃を痛めてるのは、あの二人の尻拭いもあるような気がしてきた。
かわいそうな父上。
まともだからこそストレスであんな過食して丸々と太っちゃったんだろうな。
まったくもって許しがたい。
でもどっちも怖いから、俺はあの二人に文句を言う勇気はない。
「私は当時オルカ様を称賛した騎士団長の強さを身をもってよく知っている。今はもう引退されたが、〈槍王〉とまで呼ばれた方だ。だからこそ、オルカ様にお目通りすることにも緊張する」
まぁ、つまるところで貴族だからとか、立場がどうとかではなく、単純に武人として半分緊張、半分ワクワクしてるってことなんだろうな。
「安心してください。父上もレーガン先生の足が治ったら、一度手合わせして見たいと言ってましたよ」
レーガン先生は一度大きく目を見開いてから、口の端をひくひくと動かした。
「それは、光栄だ……」
多分父上と手合わせをできることを喜んでいるのだろう。
真面目な顔がにやけないように必死に表情筋を制御しているに違いない。
ひたすらに強くなりたいと願っていただけあって、真面目そうな顔してレーガン先生も大概バトルジャンキーなんだろうなぁ。
馬車が屋敷に到着すると、まずミーシャが門のところでお迎えに出てきて俺の荷物を持ってくれる。って言っても大したものは入ってないから、本当にカバンだけって感じだけど。
クルーブと軽くアイコンタクトしたのを俺は見逃さなかった。
仲良きことは何とかってやつで、両方俺の身内みたいなものだから嫉妬する気なんて起きない。
屋敷へ入り広間へ案内される。
外から直接風が吹き込むようになっているその場所には、家族が全員で俺たちのことを待っていた。その中には当然イレインもいるし、珍しく父上も母上と一緒のテーブルについてくつろいでいる。
「ただいま帰りましたぁ」
めちゃくちゃ軽い挨拶でその輪に入っていったクルーブと違って、レーガン先生は杖にも頼らずにピンと背筋を伸ばして俺の斜め後ろに立っている。
あ、これ俺が紹介しないといけないやつだ。
「以前から紹介してました、レーガン先生です。今は足を怪我していますが、剣の腕は素晴らしく、僕の護衛兼先生としてお迎えすることになりました」
家族の注目が集まる中、俺は一歩下がってレーガン先生の横に並ぶ。
先生が意を決して口を開こうとした瞬間、父上が立ち上がって数歩俺たちに近寄ってきた。
貴族の当主としてはあり得ないフットワークの軽さだ。
堂々たる体躯で、いつもとは違い少しばかり威圧感すら感じる立ち姿。
決して体が大きい方ではないレーガン先生は、じっと見つめられると、その目を見つめ返した。
普通であれば目を伏せ平伏するところだが、はっと気づいたレーガン先生が動き出そうとしたところで、父上が柔らかく笑った。
「そのまま。事情は聞いている。その足のことも。早い快調と、ルーサーを導き守ってくれることに期待する」
「はっ」
目を伏せて鋭く返答したレーガン先生に、父上はさらに近付いて肩にポンと手を置いた。
「それから、元気になったら手合わせをしてほしい。ルーサーに負けないよう、私も腕を磨かなければならないと思っていたところなんだ」
「父上。いつ追いつけるかわからないので、できれば今の位置で待っていて欲しいのですが」
「そうはいかない。いつまでも父としての威厳は保っておきたいからな」
父上はそのまま俺の頭をくしゃっと撫でて、母上の下へ戻った。
戸惑っているレーガン先生の足元に、ぽてぽてと弟のルークが歩いてきて顔を見上げる。
「レーガンせんせい?」
「……はい、レーガンです」
「いっしょにあそぼ」
エヴァが帰ってきたクルーブを占領しているから、自分はこっちとでも思ったんだろう。可愛らしいおねだりだった。
でもルークはお兄ちゃんと遊んでくれてもいいんだよ?
「あの……」
困った顔のレーガン先生の背中を軽くたたく。
貴族ではないレーガン先生だが、近衛騎士であった経験から、普通の貴族の在り方というものはよく知っているのだろう。
ありえないフレンドリーさに戸惑うのは当然のことであった。
ま、俺は家族から信頼されてるし、ここ数日でレーガン先生のポジティブキャンペーンを繰り広げてきたからな。成果が出ていそうで大満足だ。
「うちはこんな家なんです。折角なので、一緒に」
見ればクルーブがエヴァの話を「わかったわかった」と言ってあしらおうとして、「ちゃんと聞いて!」と腕を叩かれている。
「あそこまでフランクになるとちょっと困りますが」
俺が冗談を言うと、レーガン先生は苦笑を返してくれた。
自分のあんな姿を想像することができなかったのだろう。
安心してほしい。俺もレーガン先生があそこまで好き勝手する人だとは思っていないから。