相弟子
馬車に乗ってセラーズ邸へ戻ると、ちょうど昼頃だった。
俺と入れ違いになるように、子連れの女性が屋敷の中から出てくる。
会ったことがないところからして、エヴァの魔法の先生なのだろう。
俺にとってのルドックス先生と思えば、絶対に無下にはしちゃいけない存在だ。
とはいえ俺は貴族だから、あちらから挨拶してくれるのを待つべきなんだよなぁ。
探索者の振りをして街に降りてる間は良かった。だーれも俺のことを貴族なんて知らないから、気軽にヤッホーと声をかけられる。……いや、身分ばれたら困るからそんなことしてなかったけど。
「初めまして、ルーサー様。私、クレア=パターソンと申します。こちらは娘のモニカ」
クレアさんは長いみつあみを肩から下げて、のんびりと挨拶をしてくれた。
目が少し細く、普通にしてても優しく微笑んでいるように見える。エヴァが懐くのもなんとなくわかる様な、いかにも優しいお母さんって感じだ。
うちの母上も優しいけれど、年をとってもどこか妖精のような可憐さがあるからなぁ。
娘のモニカちゃんとやらは、エヴァと仲良くしているって聞いたけど、聞いた話よりもずいぶんと大人しそうだ。
完全にクレア先生の背中に隠れてしまって、先生と同じ栗色の髪の毛しか見えていない。
「初めましてクレア先生。ルーサー=セラーズです。エヴァから良くしてもらっているとうかがっています。休みの間に是非私にも魔法をご教授いただけると嬉しいです」
「とんでもないことでございます。ルーサー様とは師を同じくするものとして、一度お話をさせていただきたいと思っておりました」
クレア先生は俺より前から先生のことを知っているのかな。
年齢を考えると、少し前から知ってそうだけど……。
「……先ほど初めましてと挨拶させていただきましたが、実は私、以前もルーサー様をお見かけしたことがあるんです」
あ、まじか。いつの話だ?
割と貴族になってからは人と会ったことは忘れないように気を付けてたんだけどな。
「師の葬儀の際に。ひどく落ち込まれた姿しか見ておりませんでしたので、勝手ながら心配しておりました。お元気そうな姿を見ることができて安心しております」
ああ、あの時かぁ。
確かにあの時のことはほとんど何も覚えてないんだよなぁ。
分かることは、陛下も来てたなーってことと、皆に心配かけただろうってことくらいだ。
「ご心配をおかけしました。この通り、元気にやっています。いつまでも落ち込んでいたら、ルドックス先生に顔向けできませんからね」
「そのようですね。師はよくルーサー様のことを話されておりました。クルーブ君が嫉妬するくらいに、それは楽しそうに」
「クルーブ先生ともお知り合いなんですか?」
「ええ。弟子の中では私は若い方ですから」
もしかしたらクレア先生の前だったらクルーブも大人しくなるのかなーとか想像したけど、ルドックス先生の前でもあんな調子だったし、まぁまずいつもと変わらないだろうな。
「そのうちここへ戻ってきますから、その時は三人で魔法の話でも」
「ええ、是非」
話しているとクレア先生の陰からモニカちゃんが目元だけを覗かせて俺のことを見ている。ああ、こっちで勝手に話してたらやりにくいよな。
エヴァと仲良くしてくれているらしいし、俺もちゃんと挨拶をしておこう。
「娘さんにご挨拶をしても?」
「そんな、モニカの方からさせますから」
「いえ、いつもエヴァがお世話になっているそうなので」
しゃがんで視線の高さを合わせると、モニカちゃんはびくりと体を跳ねさせて、俺から目をそらさずにゆっくりとクレア先生の陰に戻っていく。俺は猛獣か何かかな?
「モニカさん、はじめまして。エヴァの兄のルーサー=セラーズです。仲良くしてくださっているとエヴァから聞いています。これからもどうかよろしくお願いします」
ニッコリ笑顔で挨拶。
母上に似たこの顔は、中々の美少年なので、こんな時には役に立つ。
まさか俺が自覚的に顔のよさを前面に押し出してくる日がやってくるとは思わなかった。
そのはずなのに、モニカちゃんはますますクレア先生の足にしがみついて動かなくなってしまった。なんでかなぁ?
「モニカ、どうしたの?」
クレア先生は少し焦って振り返ろうとするが、モニカちゃんが足につかまっているせいでそれも難しい。
ここでいつまでも先生を困らせているのも良くないし、俺の方が引き下がるか。
うーん、エヴァが俺のいい話をいっぱい吹き込んでくれてるって話だったんだけどなぁ。何か情報に齟齬があるんだろうか。
「クレア先生、お気になさらずに。また次の機会を待ちますから」
「すみません、普段はもっと活発な子なんですが……」
「僕も急に話しかけてしまったので。では僕はこれで」
怖がってるのにあまり長居してもしょうがないしなー。
クレア先生は俺と話をしてくれる気があるみたいだし、少しずつ慣れていけばいいだろう。
エヴァにはもうちょっと詳しくいつも何を話しているか聞いておかないとな。
「お引止めしてしまって……」
「いえ、こちらこそ。明日からまたエヴァをよろしくお願いします」
挨拶を交わして話は終わり。
エヴァと遊ぶついでに色々と聞いてみたが、ちょっとばかり誇張された自慢が多いだけで、特別変なことを言っていないような気がする。
そのうち慣れるか、なんて思っていた俺だったが、それから一週間。
モニカはなぜかセラーズ邸に姿を現さなくなってしまった。
エヴァも寂しがってるし、何かあったとしたら俺のせいだよなぁ……。
いったい何が悪かったんだ。