言伝
早起きをして午前中の間に学園へ向かうことにした。
レーガン先生に状況の報告をして、治癒魔法だけ使って戻るつもりだ。
あと十日もすれば右足は地につけるくらいになるだろうから、そうしたら杖を突いてセラーズ邸へ移動してもらおう。
担架とか作って運んだっていいけど、馬車に積み込むの大変そうだしなぁ。
自分で歩けるようになるまでは頑張ってもらいたい。
そうそう、午前中のうちに用事を済ませてしまおうと決めたのは、その時間にエヴァの魔法の先生が来るらしいからだ。もちろん会いたいわけではない。
単純にエヴァが暇な時間は俺も自由時間にしておこうと思っただけだ。
とりあえずいつものダンジョン横の準備室へ行くと、クルーブの姿は見当たらなかった。ノックしてレーガン先生から返事があった時点でそうじゃないかと思ったけど。
「おはようございます。お一人で不便ありませんか?」
未だ両足が不自由だから不便がないはずがない。
なんか用事があれば聞いてあげよう。
「いや、さっきまではクルーブ先生がいてくれた。ずっとここで生活して世話をしてくれてる。随分と迷惑ばかりかけたのに本当にいい方だよ」
「そうですね。情に厚い人です」
クルーブは普段の態度からは想像できないくらい身内を大事にするタイプだと思う。だからこそスバリが裏切った時にはかなりの衝撃だったはずだ。
結果的に俺たちの味方をしてくれたけど、場合によってはスバリについて行くこともあったんだろうなぁ。そうなっていれば状況は今とはまるっきり違っていたはずだ。
それはそうと、話し方が元に戻っていて安心した。
雇われると決まってからはやたらと丁寧な言葉遣いになっていて、肩が凝って仕方なかったのだ。
クルーブを例に出して説明したのがよかったのかもしれない。
ありがとうクルーブ。でもお前の貴族に対する言葉遣い、そのうち誰かに怒られそうだから気を付けてね。
「……さて、レーガン先生、昨日お伝えしていた通り父上に会ってお話をしてきました。安心してセラーズ家へいらしてください」
「そうか……。何から何まで迷惑をかける」
レーガン先生はベッドの上で深々と頭を下げる。
確かに色々と迷惑はかけられたかもしれないけど、先生の様な実力者を引き入れられたのだから収支はプラスだろう。父上の剣はあの性格で攻撃的だから、レーガン先生のような防御の硬い剣術も習ってみたかった。
学園の授業じゃ物足りないから丁度いい。
「セラーズ家で雇う形にはなりますが、基本的には僕の直属です。父上は家全体の護衛としてでも構わないと言っていたのですが、僕が願い出て直属としていただくことにしました。これの良い点は自由が利くことです」
話しながら先生の患部に軽く手で触れていく。
今はそうして痛みの強い箇所から重点的に治すようにしている。
結果的にすべての箇所を治すのであれば痛みなんてない方がいいからな。
「あらかじめ言っておきますと……」
やっぱり今は右足が一番痛そうだな。
左足はまだ痛覚が戻ってなさそう。
右足に手のひらを向けて治癒魔法を使い始める。
「僕の近くにいると面倒ごとも多いでしょう。雇われなければよかったと思う日も来るかもしれませんが、ここは一つ諦めてお付き合いください」
「……退屈しなさそうだ。何か壮大な夢でもあるのだろうか?」
「そうですね、さしあたっては……。立派に貴族の当主としての責務を全うして、子供や孫に囲まれて大往生することでしょうか」
治癒魔法を使っているのであまり気にならなかったが、しばらく返事が返ってこなかった。
随分と時間が空いてから、レーガン先生はぽつりとつぶやく。
「クルーブ先生は君を分かりやすいと言っていたが……、どうも私にはさっぱりだ。さっきのは冗談かい?」
「いえ、至極真面目にお答えしました」
皆はセラーズ家や俺に大層な期待を寄せてるようだけどさ、そりゃあ過大評価ってやつだ。俺はただ平和に、家族や良くしてくれる人たちと平和に暮らしていければそれでいい。
それきり質問はやんだので治癒魔法の方に集中。
上半身は骨に軽くヒビが入って打撲があっただけなので、もうほとんど治ったな。
本人が体を鍛えているからか、なんとなく治癒魔法の効きもいいような気がするし、想定よりも早く治るかもしれない。
大体治癒魔法をかけ終わった頃、扉がノックもなしに開いてクルーブが入ってくる。
「あ、終わった?」
「ええ、終わりました。何をしてたんです?」
「ダンジョンの様子見てた。この間いっぱい間引いたからしばらく大丈夫だと思うんだけど、一応確認でね」
あー、あまりほっとくと氾濫するらしいもんなぁ。
他の場所だと資源確保のために探索者が潜るけど、学園のダンジョンは学生が休みの間は空白期間になってしまう。
ダンジョンの管理者としては気になるよな。
「必要なら手を貸しますが」
「いらないよ。見かけたの全部片づけてきたし。それにルーサー君あまり帰らないから、そろそろエヴァちゃんが怒ってたんじゃないの?」
「そうですね」
「じゃ、さっさと帰ってあげなよ。レーガン先生は僕が見といてあげるから」
「お言葉に甘えます」
よし、これなら昼前には帰れそうだな。
ああ、そうだ、クルーブには言っておかなければならないことがある。
「ミーシャも元気そうでした」
「実はたまに会ってるから知ってるー」
「え、いつですか?」
「休日の夜とか」
「聞いてないんですけど」
「言ってないもん」
この野郎、わざと黙ってたな。
ミーシャがあまりクルーブのこと話さなかったのもそのせいか。
「もしかして、ミーシャから預かった言伝とかも俺に渡してなかったりします?」
「いや、流石にそれはね。坊ちゃまが頑張ってらっしゃるのに、私がお邪魔するのはー、みたいなこと言ってたよ」
「ホントですか? ならいいですけど……」
「ルーサー君はミーシャのこと大好きだから大丈夫だって言ったのに」
「……とりあえず帰ったら気にしてくれていたこと、お礼を言っておきます」
「そうしなよ」
「……っていうか、会ってたなら僕からミーシャに伝えたいこともあったんですが」
「ルーサー君の話をしたら、その日はずっとその話になっちゃうから嫌」
容易に想像ができる。
流石に二人きりの時間にそうなるのはちょっとあれか。
「まぁ、そうですね。とにかく、レーガン先生が動けるようになったら一緒に帰りましょう」
「うん、できるだけ早くね」
「頑張ります」
エヴァのご機嫌をうまくとって、治癒魔法使う時間を伸ばしてみるかぁ……。





