雇用許可
それにしても父上が勇者に興味があるのは意外だったな。
この喰いつき具合なら、小さなころには憧れてたくらいのエピソードはありそうだ。
そのうちおじい様に会ったら聞いてみようかな。
とにかく今は話を進めるか。
「ええと、今回の件はその勇者候補のアルフレッドの生い立ちが関係しています」
人に話してはまずいことだが、父上には全てを伝えておくべきだ。
これに関してのためらいはない。
アルフレッドの生まれ、育ち。友人を失ったこと。ともにいる聖女候補との関係や、おそらく会話が筒抜けである状況を話すと、父上の表情はみるまに曇っていく。
「守るべき子供を我欲のために利用するとは……」
「はい、許せません」
低い声で呟く父上に同意。
こ、これはまだレーガン先生の話じゃなくて、光臨教の悪い枢機卿の話だから!
レーガン先生はちゃんと反省してるし、結果的にアルフレッドを守ったからね。
「レーガン先生は足を怪我していていました。その治療の優先と引き換えに、アルフレッドを許可なくダンジョンへ引率しました。ダンジョンボスとの戦いで先生はアルフレッドを庇って死にかけました。アルフレッドはそこから妙な力を覚醒し、僕たちが助けに行くまで攻撃をしのいでいたような形です」
「……妙な力? それはお前が認める剣士が耐えられなかったものに耐え得るほどのものなのか」
「どうやらそのようです。あれが勇者の力だというのならば、本当にそんなものがあるのかもしれません。……一応その、補足をしておきます。レーガン先生は足が不自由な中、無理にアルフレッドを庇いに行った結果致命傷を負っただけであり、はじめから一人であればある程度しのげたのではないのかというのが僕の見解です」
勘違いしないでよね、父上。
レーガン先生はマジで強いから。両足元気になったら、アウダス先輩をしのぐんじゃないかって俺は思ってるよ。
俺の説明が下手だったせいで評価が下がるのは不本意だ。
「まあそれは治ってから手合わせをすればわかることだ。続けなさい」
俺が一生懸命説明しているのが伝わってしまったのか、笑われてしまった。
いやだって、これから一緒に頑張っていこうって人を誤解されたくないじゃんか。
「何が言いたかったかというと、その……。つまり、魔が差しただけでちゃんと命懸けで生徒を守れるような人だってことです」
「わかったわかった、お前の自由にしなさい」
父上は相変わらず笑っている。
笑うってことはつまり、俺が子供っぽく見えたってことなのだろう。結構真面目にプレゼンしようと思ったのに、ついレーガン先生を良い感じに見せようと思って張り切りすぎてしまった。
一緒にやってくことになるだろうクルーブがちょっと厳しめだから、せめて父上を味方につけておいてあげようと思ったんだけどな。すまん、レーガン先生。
「その話はお終いだ。他にはどんなことがあった? 色々聞かせてくれ」
「わかりました。では……」
話すことはたくさんあった。
アウダス先輩のこと。
マリヴェルや他の友人たちの成長。
変わった先輩たちに、ダンジョン探索。
ああ、同級生にセラーズ家を慕う家の子たちもいた。
思い出しながら一つ一つ話している間に、気付けばすっかり夜も更けていた。
体が勝手に眠たくなってきてしまい、あくびをかみ殺して次の話へ行こうとしたところで、父上がソファから立ち上がる。
「そろそろ一度休むとしよう。話はまた家にいる時に聞かせてくれ。ルーサーだけではなく、イレインもだ。……レーガン先生に関しては、移動が可能になればいつでも屋敷に来てもらうといい。そうでないと何度も往復することになって、お前も大変だろうからな」
「ありがとうございます!」
「ほら、部屋へ戻りなさい」
俺もイレインも、背中を押されるようにして部屋を出ていく。
大きくて温かい手のひらだ。
部屋の外では片手に光石のランタンを持ったミーシャが待っていた。
なんだかこうして案内をしてもらうのも久々だ。
「ああそうだ、ルーサー」
「なんでしょう?」
ミーシャの横に立ってから振り返ると、父上は相変わらず穏やかに微笑みながら言った。
「エヴァに構ってやるのもいいが、どこかで私とも手合わせをしよう。成長を見ておきたい」
「もちろんです。休みの間は稽古をつけてください!」
「うん、おやすみ、二人とも」
「おやすみなさい、父上」
俺に続いてイレインも挨拶をすると、ミーシャを先頭に左右に光石が吊り下げられた廊下を歩いていく。振り返って確認すると、父上は角を曲がる時にもまだ俺たちを見送ってくれていた。
こういう些細なところで愛情を感じるんだよなぁ。
つくづくこの家の子供で良かったと思う。
「たくさんお話しできましたか?」
「うん、たくさん聞いてもらった」
「そうですか。皆さま、お二人の帰りを首を長くして待っていらっしゃいました。僭越ながら私も」
きっとミーシャの言葉は本当なんだろう。
でもきっと、ミーシャの胸の内にはもう一つ気持ちがあるはずだ。
「ありがとう、僕も久しぶりに会えてうれしい。……クルーブも、あと数日したら帰ってくるからちょっとだけ待っててね」
ミーシャは少しだけ少しだけ無言で歩みを進め、小さな声で「ありがとうございます」と返事をくれた。
斜め後ろから見えるミーシャの頬の色はわからなかったけれど、少しだけ口角が上がっているようであることだけはわかった。





