揺れるくつろぎ空間
あとは若いものに任せて、って感じで離脱。
イレインと待ち合わせして帰りの馬車に乗り込んだ。一時間もすればセラーズ邸にたどり着く予定だが、二人きりということもあって……、俺たちはだらけ切っていた。
まぁ、部屋にいるのと同じ感じだ。
イレインも俺も、だらしなくひじ掛けに頬杖をついて、馬車の激しい振動を頬で受け止めている。イレインはなんだか不満そうな表情をして窓に手をかけたが、外から見られることを意識したのかすぐにやめた。
「なんかさぁ」
あまりのんびりと話せることもないから、イレインの間延びした語尾を聞くのは久々な気がする。
「なに」
「お前と同じ馬車で帰るってばれたら、先輩たちに騒がれたわ。男と女が同じ馬車で二人きり、わーとか言って」
「あー……、でも帰るだけなのに別々で行ってもなぁ。喋る相手いないと暇だし」
「だよなぁ。こうやってどんどん窮屈になっていくのかと思うと、なんか憂鬱でさ」
めちゃくちゃ深いため息。
俺は男子寮だからまだ振る舞いも気にならないけど、イレインは女子寮だから常に演技してるようなもんなのか?
流石に十年以上女性をやっていると慣れてきそうなもんだけど、実際のところどうなんだろうな。俺は貴族の所作とかは慣れてきたけど、未だ気を抜いてると丁寧語じゃなくなるときあるし。
俺からしてもイレインと二人きりで喋る時間って一番気を抜けるから、周りからごちゃごちゃ言われるのは嫌なんだよなぁ。
「ま、それが当たり前に思われるくらいの関係でいればいいんじゃね。そのうち周りも慣れるだろ」
「私はそれでいいけど、お前良いの?」
「何が?」
イレインは流し目で俺の方を確認するけど、俺が駄目な理由はわからない。
「彼女作ったら怒られるでしょ」
「怒らない相手作るわ」
まぁ一生一緒にいる相手なら最悪秘密をばらしたって良い。
頭がおかしいと思われるのは嫌だから、よっぽど仲良くならないと無理だけど。
「いや、それお前……。まぁ、いいか」
「なんだよ、最後まで言えよ」
「お前さ、前世で彼女いたことある?」
「ないけど……?」
「あ、ふーん」
納得したような顔するんじゃねぇよ。
なんだこいつ。確かにお前はもてたかもしれないけどさ!!
「それ、どういう納得?」
「いや、女心とかわからなさそうだと思って」
確かに俺は友達でいてほしい男ランキング高かったかもしれないけど、そんな直球で心を傷つける必要あるか?
「そうだよな、お前は女心分かるよな」
だっていま女だもん。
「どういう意味だよ」
「どういう意味だろうな」
だらけた姿勢のままにらみ合って、俺たちはほぼ同時にため息をついた。
「馬鹿らしい」
「だな。やめやめ」
時折くだらない喧嘩はするけど、俺たちは互いが唯一の理解者だと知っている。
そうでなくともこの世界じゃ小さなころからずっと一緒に過ごして来たんだ。些細なことで大げんかになったりしない。一番ひどかったのは、サフサール君がさらわれたときに、クルーブの前で怒鳴りあっちゃったときか。
……サフサール君、元気にしてるかな。もし元気だったとしても、きっと心を痛めてるだろうって考えると、なんだか少し心が沈む。
今は16歳かぁ。
きっと背も随分高くなったんだろうなぁ。
「……そういや、お前のとこの親から連絡とか来てないの?」
「一応近況の報告しろって来た。適当に返事しといたけど。あいつ何で私を国元へ戻さないんだろうな。もうちょっとウォーレン王国とか近隣従属国の戦力とかの内部事情に気を配っとくんだった。数年前でも詳細なデータがありゃもうちょっと想像できたのに」
「まさか独立するとは思わないし、俺たちが王都で過ごすようになったのって結構小さいときじゃん。あいつらと過ごした時間より、うちの父上母上と過ごした時間の方が長いんだぜ。無茶苦茶だよな」
一桁の子供が国の情報漁ってたらそれこそ中身が疑われるわ。
いやでもなぁ、こいつ魔法とか特に使わずに天才認定されるような奴だからなぁ。
俺とは違ってマジで頭の作りがいいっぽいから、それくらいしてもあの両親なら喜ぶだけだったかもしれない。
いや、そんなことしてたら、ますますサフサール君へのあたりが厳しくなってた可能性もあるか。どっちにしろ無理だな。
「いっそセラーズ家の家の子供だってことになったらいいのに」
「おー、歓迎するぞ。結婚しないでふらついてても俺が許可する。その代わり有事の際にはお前が頭脳な」
「いいじゃん、それで行こう。もうめんどくさいから兄貴だけ助けて、ウォーレン家は潰そう」
「殿下の計画に反するので、今度進言しといて」
「絶対却下されるじゃん」
「そりゃそうだろ」
くだらない妄想話をしながら、俺たちは馬車に揺られる。
もうすぐ久しぶりの家族との再会だ。
週末とかに帰っても良かったんだけど、訓練とか勉強とか思いのほか忙しくて結局全然顔を出せなかった。
父上母上はぐずるエヴァの手前、別れ際にたまには顔を出すように言ってくれていたがそちらは建前だった。エヴァとルークがいないところでは、はじめのうちは学校生活や交友関係で忙しいから、自由に生活を楽しみなさいって言ってくれている。
ま、母上からは寂しくなったらいつでも帰ってくるように何度も念押しされたけど。
そんなわけでようやくセラーズ邸に到着。
実に四カ月ぶりくらいになるのかな。
先に馬車を下りて、一応イレインに手を差し出してやる。
役割だからね。
「おかえりなさいませ」
門の前で頭を下げてくれたミーシャは満面の笑み、ではなく苦笑をしていた。
格子を両手で握って頬を膨らませ、恨めしそうな目で俺たちを見る、小さな妹の姿がそこにあった。