レーガン先生その1
治癒魔法の使い手は教会で重宝されることが多い。
囲い込むといっても過言ではないそのやり方のお陰で、一部が貧しい民のために解放される日があることは確かだ。
しかし、その数にしては全体に治癒魔法がいきわたっていないのも、また事実である。
私はこれまで幾度となく教会へ赴き、足を治してもらうよう願いを出してきた。
祈り、寄付を続けてきたが、私程の怪我になると、治すことができる治癒魔法使いは限られているのだとか。
後回し後回しにされた結果、私は少しずつ年を取り、現役の頃の勘を失っていく。
心に焦りが生まれた時、それはするりと潜り込んできた。
教師として、教会に貢献することができれば。
甘い言葉は、私の自制心をぬるりと包み込み、教師としての目を覆い隠した。
強くなって騎士として生きていきたかった。
誰かを守る剣として生きていきたかった。
それが叶わなくなって、自分が本当に望んでいたものが何なのかすらわからなくなってきて、ついには取引の手を掴んだ時、私は自分自身に失望してしまった。
私は実のところ、人を守る騎士などではなく、ただ強くなりたいだけの偽物だった。そう自らを罵る夜が数十日と続いた。
後悔していた。
できることなら、貢献する日などこなければいいと願いながら過ごしてきた。
しかしその話が来てしまった。
一度とった手を振り払うべきか悩んだ。
しかし自分がいかなければ、きっと教会は別の手段をとるだけだろう。
それならばと言い訳をして結局指示に従うことにした私は、やっぱり偽物の騎士でしかなかった。
アルフレッドは私のことを警戒しているようだった。
教師である私が積極的に決まりを破っているのだから当然のことだ。
疑うような視線を常に向けながらも、戦いの指示にだけは従う。
ああ、彼は強くなりたいのだ。
純粋に強くなりたいのだ。
それを見た私は少しだけほっとした。
私の裏切りは、卑怯な行いは、彼の役にくらいはたっているようだと。
似た者同士なのだろうと言ったらそっぽを向かれてしまったが、それも仕方のないことだ。アルフレッドくらいに小さな子供ならばともかく、分別のつく大人がこんな規則やぶりをするのは間違っている。
私の行動のどこにも、アルフレッドから尊敬される部分なんて見当たらなかった。
聞いていた話とは違う。
雲をつくばかりの骨の巨人は、その大きさに反して鋭い一撃を放ってきた。
足が無事ならばまだしも、今の私ではいなすことすら難しい一撃だ。
骨同士がこすれるような気味の悪い音が響く。
当然回避の姿勢をとっているだろうと振り向くと、アルフレッドは驚いた顔をしてスケルトンを見上げているだけだった。
あろうことか防御態勢を固めようとしているアルフレッドを見て、思わず勝手に体と口が動いていた。
「ボーっとするな!」
動く方の足で地面を蹴り、体ごとぶつかってアルフレッドを弾き飛ばす。
当然着地なんてまともにできようはずもない。
それでも辛うじて体をひねったけれど、スケルトンの指先が服に引っ掛かり、自分の体がおもちゃの様に空を飛んだ。
ふわりと、ではない。
景色が吹っ飛んでいく。
その中でも辛うじて見えたのは、アルフレッドが驚いた顔で立ち上がる姿だった。
体のあちこちが削り取られるような衝撃。
壁にぶつかって止まった私の下へ、アルフレッドが駆け寄ってくる。
何か大きな声で叫んでいるようだった。
「……逃げろ」
戦って勝てる相手ではない。
そこで私は自分のことよりアルフレッドをどうにか生かそうとしている自分に気が付いた。
ああ、命を失う間際には、少しは騎士らしくなったじゃないか。
しかしアルフレッドは逃げない。
馬鹿なことを言えば呆れて見捨ててくれるかと、お前が死んだら足を治してもらえないなんて言ってやったのに、アルフレッドは逃げてくれなかった。
せめて、せめて、アルフレッドを生かすために死にたかった。
そこから見た光景は、夢みたいに非現実的で、今となっても本当にあったことなのか信じられないでいる。
助かった私の処遇を、同僚と上司にあたる先生方が相談している。
今となってはもうどうなってもよかった。
強くなりたかった。
私はそれに執着しすぎたのだ。
死にかけで、追い詰められた時、私は命懸けで人を守ろうと動くことができた。
それだけが今の私の持つ全てで、それ以外の全てを失ったのだと思う。
教会の話はできない。
アルフレッドにも不利益が及ぶかもしれないからだ。
クルーブ先生は、随分と私の行為に怒っているようだった。
かわいらしい顔に似合わない鋭い目つきで、ずっと私のことを睨んでいる。
多分、子供のことが好きなんだと思う。
守らなければいけないと強く思っているのだと思う。
立派なことだ。
私は自分もそう思っていたことに、死にかけてようやく気付いたというのに。
いや、取り戻した、が正しいのだろうか。
どうやら私は、足を怪我してしまったときに、誇りもそこへ置き忘れてきてしまっていただのだろう。
そうだ。
やめる前に救出に来て、治癒魔法まで施してくれたルーサー=セラーズという少年に礼を言わなければならない。
ここ十年ほど、セラーズ家からはあまり良い話は聞かないが、そんな中でも神童と噂が流れてくるほど優秀な少年だ。
手合わせをしてなお底の見えない不思議な少年だった。
善しにしろ悪しきにしろ、いずれ名をとどろかす人物というのはこういう少年期を過ごしているのだろうなと思う。
すっかり諦めて、ただ学園から追い出されるのを待っていたところに、考えていた人物、ルーサーがやってきて私のぐしゃぐしゃになった足を見つめた。
「レーガン先生、体の調子はどうですか」
見透かされていそうな視線だった。
ルーサーの視線がお前の事情を知っているぞと訴えかけてくる。
いくら神童と言われていても、未だ十三歳の少年が、これだけたくさんの大人に囲まれて平然と話すことなどできるものだろうか。
私はルーサーの背後に、何か得体のしれない影のようなものを幻視してしまっていた。





