うちにきたらどうすか?
準備室へ入ると、イレインはすんとすました顔になって静かになった。
クルーブには本性がちょっとばれているけれど、レーガン先生の前でそれを出すわけにはいかない。
おしとやかな動きで椅子に腰かけてちらりとレーガン先生を一瞥してからは、目を伏せて静かに話を聞く姿勢だ。ストレスたまりそうだよなぁ。
「何か決まりましたか?」
「教師は夏休み中にやめてもらうことになるね。新しく先生を見つけるのには苦労するだろうから、本当なら辞めさせたくなんかないだろうけど」
クルーブは責めるような視線をレーガンへ向ける。
こいつ子供を危険にさらすやつにやたらと厳しいんだよなぁ。
「やめたらどうするんですか、レーガン先生は」
「……さぁ、どうしたものだろうか。問題を起こして軍に戻れるはずもない。クルーブ先生を見習って、探索者になって細々と生きて行ければよいが……」
その道もあるだろう。
怪我さえ治れば、レーガン先生はきっと生活していくには困らないくらい稼ぐことができるはずだ。
……教会から狙われたりしなければの話だが。
「クルーブ先生、巻き込んでもいいですか?」
「いいよ」
呆れた。
何も聞かずにノータイムで返事するなよ。
「少しはためらったりしてください」
「ためらわなかった僕を後悔させないような話をしてねぇ?」
「……アルフレッド君の話をします」
「ああ、彼ね。どうしてあんなに強くなりたがってるのか、気になってたんだよね」
俺は本人から聞いた話をペラペラと話す。
さっきもイレインに話したばかりなので、つまずくこともなくうまく話しきれたと思う。
クルーブは途中からずっと顔をしかめていた。
そうだろうな、だってお前、子供がこんな目にあってるの許せないタイプだもんな。理由はもったいぶって未だに教えてくれねぇけど。
「知れば命を狙われる可能性はあるでしょうね」
「そうだね。それで? これをレーガン先生に聞かせた理由は?」
レーガン先生は複雑な表情だ。
アルフレッド君の生い立ちや気持ちに何か思うところもあるのだろうが、それ以上に後ろ盾のないレーガン先生は、聞いた事実を吹聴されれば教会の一部の勢力から命を狙われることになる。
「レーガン先生って、アルフレッド君と二人でダンジョンに入って怪我をしたわけじゃないですか」
もちろん話の最後には、ユナを通して盗聴されている可能性も伝えている。
「多分ユナとアルフレッド君の会話の中で、レーガン先生が命をかけてアルフレッド君を助けたことは知られています。僕たちはレーガン先生が子供の命を目の前で見捨てるような人でないことは、もちろん理解しています。いくら間違いを犯したとしても、選び抜かれた学園の教師ですから」
そう、俺たちはわかっている。
「ただ、レーガン先生の人となりを知らないものがその美談を聞けば、先生とアルフレッド君の間に、何らかの強い関係があったと推測してもおかしくないと思うんですよ」
「例えば、レーガン先生が事情を聞いて同情していた、とか?」
クルーブの推測に、俺はさらに糞みたいなパターンを付け足してやる。
「あるいは、アルフレッド君さえ生かして返せば、アルフレッド君に恩を売っておけば、後でどうとでもなるだろうと打算を持ったとか」
「馬鹿な……」
「はい、馬鹿げています。しかし、いつ交渉、もとい脅しをかけてくるかもしれないレーガン先生という存在を、教会は放っておくでしょうか? 学園という後ろ盾もなく、騎士という身分もない、一人の探索者であるレーガン先生をです」
「…………なるほど、自分勝手で子供を危険にさらした罰が当たったか。忠告感謝する」
額を抑えながら、レーガン先生はぽつりとつぶやいた。
違う違う、そういう反省を促したいとかではないんだよ、これはまだ交渉の途中です。
「確かにレーガン先生は悪いことをしたのでしょう。……しかし僕は、レーガン先生の実力も人柄も、高く評価しています。先生、道をもう一つ示しましょう」
できるだけ余裕をもって。
先生からすればこまっしゃくれたガキに見えるかもしれないが、今だけは神童の名が上手く影響してくれればいいと願うばかりだ。
「セラーズ家へ来て、僕の騎士になりませんか?」
「何を……」
「アルフレッド君から聞きました。ひたすら強くなりたかったんでしょう? 足の怪我さえなければと願ったのでしょう? ……僕なら、その足も治すことができます。教会の手を取ったのに、僕の手を取らない理由がありますか?」
俺は立ち上がってベッドへ歩み寄り、レーガン先生の前に右手を差し出す。
手汗やばい。
握手とか求めなきゃよかったかもしんない。
「聞かせてくれ」
「なんです?」
「どうしてリスクを飲んで私を引き入れようとする。教会に睨まれるぞ。知られれば貴族からの評判だって下がる」
さっき言ったじゃん。
ユナを通して教会のやばい勢力にはもう俺の存在がばれてる。
でも俺の家はでかいから、迂闊に手は出せない。
貴族からの評判?
大して下がらないでしょ。だって今回の件を大っぴらにしたくないはずの学園は、レーガン先生が何をしたかなんて広めないはずだ。
もしばれても、問題を起こしたんじゃなくてセラーズ家に雇われることになったからやめたって嘘を通せばいい。
っていうか、どうせセラーズ家の評判は良くないから、そんな噂が一つ加わったところでなーって感じ。
「万全な状態の先生が気になりました。知らないところで死んでしまうには、あまりに惜しいじゃないですか。…………それにほら、セラーズ家はご存じの通り悪評がありますから、先生程の人物を雇い入れる機会は見過ごせないでしょう?」
誤魔化すように笑ってしまった。
余裕の笑みではないと思うけど、俺なりに頑張った方だ。
いいから俺の手を取れって。
俺はレーガン先生が真面目に生徒の相手をしてる姿も見てたし、ちょっとくらい悪さをしちゃったって、アルフレッド君を命懸けで守るくらいには人がいいことも知ってるんだよ。
そんな人を糞みたいな教会勢力に殺させるわけにはいかない。
俺もハッピー、先生もハッピー。手を取らないって選択はないだろ。
「本当に、足を治せるのか?」
「はい」
「私はまた、騎士になれるのか」
「ええ、最強の騎士になって、僕と、僕の大事な人たちを守ってくれませんか?」
レーガン先生はゆっくりと床に足を下ろす。
……俺の手、取ってくれないの?
そんなことを考えていると、崩れるように床に膝をついたので、慌てて俺はその肩を支える。
「私は君の騎士になろう。夢の続きが見られるのなら」
よっしゃ、優秀な騎士ゲット!
ちらっと振り返ってみると、イレインがじとりと呆れたような顔で、クルーブがくつくつと笑いをこらえながら俺のことを見ていた。