相談と散歩
ダンジョン付近から離れて、次に足の先を向けたのは貴族女子寮だ。
実はダンジョンでアルフレッド君を助けたところからして情報共有していないので、イレインに話さなければならないことが山ほどあるのだ。
俺たちの間には基本的には殆んど隠し事がない。
互いにできる限り協力してやっていこうってスタンスは昔から変わりない。
もしまだマリヴェルがいる場合には、アルフレッド君の事情辺りは話すべきじゃないだろうな。命を狙われるようなものは流石に控えておきたい。
じゃあイレインだけ呼び出せばいいじゃないかって話だが、どうにもそういうわけにはいかない。
マリヴェル見守り隊の先輩方が、自動的に俺が来たことをマリヴェルにお知らせしてくれるからだ。あとで自分が誘われなかったことを知ったマリヴェルは、きっとこっそりと落ち込むことだろう。
それはかわいそうでできない。
想像するだけで罪悪感が湧いてくる。
というわけでたどり着いた貴族女子寮では、丁度マリヴェルとイレイン、それに数人の先輩方が外に出ているところだった。
何をしているのかと遠くから観察していたところ、どうやらマリヴェルが里帰りするのを見送っていたようであるとわかる。
王誕祭まではまだちょっと時間があるもんなぁ。
俺の姿を見つけたマリヴェルは、パーっと顔を明るくしてから、すぐにしゅんと俯いた。考えていることが手に取るようにわかる。
会えて嬉しい、から、しばらく会えなくなるのでがっかりという感情の動きだろう。相変わらずかわいらしい反応だ。
「……知ってた?」
近づいたときの最初の問いかけに、少し考えてから返事をする。
「いえ。でも丁度来れて良かったです。次に会うのは王誕祭でしょうか?」
「ん。戻ってきたら、遊びに行ってもいい?」
「もちろんです。いつでも来てください」
にっこりと笑ったマリヴェルを見て、先輩のお姉さま方は「良かったわね……」と妙に気持ちのこもった言葉を漏らしている。
「待たせてるから、行くね?」
「はい、気を付けて」
学園の外へと歩き始めたマリヴェルは、何度か振り返り、その度に手を振ってやるとはにかむ、という動作を繰り返しながら去っていった。まぁ、これでマリヴェルがご機嫌なら俺も満足である。
先輩たちも寮の中へと引っ込んでいったところで、その場に残っていたイレインが歩み寄ってくる。
「何か用事がありましたか?」
「そうですね。少し歩きましょうか」
この場にいると会話を他の人に聞かれかねない。
散歩でもしながら話すのが一番だろう。
幸い学園に残っている生徒はそれほどいないから、喋りながら歩いていても、そうそう人とはすれ違わない。
いつ学園を後にしてセラーズ家の邸宅へ戻るか、なんてたわいのない話をして、周囲に人がいないことを十分に確認してから肩の力を抜いて話を切り出す。
「昨日の朝、アルフレッド君がやらかした」
「ああ、それで昨日はクルーブさんが忙しそうにしてたのか。追い返されたしお前はいないしで、なんとなく察していたけどな」
毎日ダンジョン付近に集まっていたから、イレインも昨日のどこかで準備室を訪れたのだろう。責めるような視線が、昨日のうちに報告しなかった俺に向けられる。
流石に疲れてたんだからしょうがねぇじゃん。
「レーガン先生が連れてって、墳墓の層で死にかけ。アルフレッド君が勇者っぽい力に目覚めて何とか頑張ってたのを救出して戻ってきた。クルーブぶちぎれで、アルフレッド君がちょっと素直になって、今朝あの勇者聖女候補コンビの裏事情とか聞いたとこ」
「情報量が多いな」
「ちょっと意見貰いたいから、全部聞いてからゆっくりかみ砕いてくれ」
散歩道をたらたらと歩きながら、俺からの情報提供を続ける。
「アルフレッド君はおそらく教会の派閥で勇者を作るために、蟲毒させられてたのの生き残り。聖女候補はユナって名前で、こっちは多分その派閥の偉めの奴の娘。叔父が司教らしい」
「……こどくってなんだ?」
ああ、そういえばこいつ別に言葉を色々知ってるとかじゃないんだよな。
蟲毒なんて漫画とか小説じゃたまに出てくるけど、普通に生きてりゃ聞かないもんな。
「毒虫とかを閉じ込めて食わせ合って……。とにかく、孤児をたくさん集めて鍛えて殺し合わせて、最後まで生き残ったアルフレッド君を勇者にしたってこと」
「なんだその胸糞悪い話は……。糞だな、そいつら。で、そんなことされて、何でアルフレッドは素直に言うこと聞いてるんだよ」
「他に生き方を知らないからだろ。洗脳みたいな教育もされてんだよ。……殺し合いの中でも、仲の良かったやつがいたんだって話してた。そいつのことも殺したから、立派な勇者にならなきゃいけねーって思いこんでるみたいだ」
「教会ね……」
「んで、この話を聞いたら教会から命を狙われるらしい」
「お前……、ざけんなよ」
わはは、俺だって気付いたら聞かされてたんだ。
同じ目にあわせてやる。
「先に断りくらい入れろ」
「どうせ聞くんだから一緒だろ」
「まぁな」
そう、結局こいつは話を聞いてくれるのだ。
俺だってその確信がなければこんな無道はしない。
丁度古びた東屋のような場所にあるベンチを見つけた俺たちは、そこで腰を落ち着けて話の続きをする。
レーガン先生が教会に付いた理由とか諸々の説明も終えて、質問にいくつか答えたところで、イレインは難しい顔をして腕を組み考え込み始めた。
多分俺よりはいい感じに深い考えを披露してくれることを信じて、俺はのんびりとイレインから出てくる言葉を待つことにした。





