空回り
レーガン先生は不意に外へ目をやってから、俺の顔をじっと見て、深く深くため息をついた。
俺が何を言いたいか察したのだろう。
それから、その情報源も。
それから部屋の四隅や外の様子を気にしてから、おもむろに口を開く。
「教会から持ち掛けられた、できる限りアルフレッドの願いをかなえてほしいという取引に応じました。協力した条件は、私の足を治癒魔法で完治させることです。ああ、勘違いしないでいただきたいのは、今回のダンジョンに入り込んだ件は、私からアルフレッドに話をもちかけたという点ですね。協力の成果によっては早めに治癒魔法を受けられそうだったので」
レーガン先生が分かりやすくアルフレッド君のことを庇っている。
あまり噓はお上手ではないようだ。
「レーガン先生は、私たちの目を節穴とでも思っているのかな? だとすれば大変遺憾だが」
学年主任のベッツ先生が指を組んだまま冷ややかな視線を向ける。
顔つきが酷薄そうに見えるから、そういう態度をとられると怖いんだよなぁ。
だけどまあ、俺が追い詰めたわけだし、アルフレッド君からのお願いもあるし一応フォローでも入れとくか。
なんでいたいけな十三歳の俺が、こんな大人たちの会話に混ざらなきゃいけないんだよ。
「レーガン先生、アルフレッド君が命を救ってくれたあなたに感謝を伝えたいと言っていました。先生がいなければ自分は死んでいたと」
じろりとベッツ先生の冷たい視線が俺の方を向いた。
バレバレだねこれ。さりげないフォローとか、この緊迫した空気の中では無理でした。
ベッツ先生、目つきが蛇っぽくて怖いんだよ。
「助け船かね?」
「……ただ自分の足を大事にするだけの人ならば、命をかけてアルフレッド君を助けるとは思えません。見捨てて逃げ帰っても誰にも見つからないかもしれないのですから」
ベッツ先生が俺のことを鼻で笑った。
そんな変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。
「そもそも私はレーガン先生を生徒を見捨てて逃げるような屑であるとは一片たりとも疑っていない。教師たるもの命をかけて生徒を守ることなど当然の話なのだ。私たちが問題にしているのは、私欲のために規則を破り、生徒を危険にさらしたことだ」
「……失礼いたしました」
一瞬何を言われたかわからなかったが、しばし言葉をかみ砕いてようやくその意味を理解した。
たった一人、俺だけが勝手に先生たちの心根を測り間違えて踊っていたことになる。恥ずかしいね。
「……どちらにせよ、学園の、しかも国外の勢力に属してしまった以上、教師はやめてもらわねばならぬ。そこは譲れぬな」
学園長先生がゆっくりとした重々しい声でレーガン先生に罰を告げる。
たった一度の過ち。しかし公正を期するためには許されない過ち。
それならばクルーブが俺を贔屓しているのはどうなんだって話になるけれど、その辺りだって公に責められては危ういラインだ。
今俺がダンジョンに入ることを許されているのは、ただただクルーブがダンジョン管理の第一責任者であるからに他ならない。加えて俺がすでに幾度も探索者として活動していることや、きちんと上にも許可をとっているなどの理由もある。
まぁ、個人的に贔屓をしているのと、他勢力の働きかけによって贔屓するのはかなり話が変わってくる、みたいなのもあるんだろうな。
特に今回の場合、他勢力と一口に言っても、教会全体の決定として学園に向けて出された依頼ではないのが問題だ。
教会の一勢力が、個人に対して、やってはいけないとわかっている依頼を出すというのはつまり、私腹を肥やすための依頼に他ならない。他勢力の派閥争いになんて巻き込まれてしまっては、学園の質自体を疑われかねない。
ことが公になったことを考えると、やはりレーガン先生を学園に置いておくわけにはいかないのだろう。
「生徒に話すような事ではないな。ルーサー君だったか? そろそろ彼は話から外れてもらった方がいいだろう」
ベッツ先生がクルーブに目配せをする。
子供だったら仲間外れにされたようで気分を害するかもしれないが、俺は大人なのでほんのちょっとしか気分を害していない。
なぜならベッツ先生が、俺が余計な権力闘争に巻き込まれたりしないように避難させようとしているのだと察しているからだ。
でももうちょっと言葉を選んだほうがいいと思う。
ただでさえ怖い顔してるんだから。
「そうですねぇ。じゃ、ルーサーは外出てて。気になるなら話せることはあとで教えてあげるからさぁ」
「わかりました。失礼いたします」
素直に立ち上がり、頭を下げて準備室の外へ出る。
耳を壁に貼り付けて先の話を聞きたいところだが、やったところですぐにばれてしまうだろう。
折角クルーブが後で色々教えてくれると言っているのだから、今は素直に退散すべきである。
しかしなぁ、かなり厳しめの重たい空気だったから少しでも庇おうと思ったんだけど、ほぼなんもできなかったな。あそこから教師を続けられる方に話を持っていくなんて不可能だろう。
あー……、なんか俺にできることがあるといいんだけど。
このままじゃあ次にアルフレッド君と会った時、目を合わせづらいったらないな……。