ややこしい事情
あー、くそ、ホントに嫌な話を聞いた。
収まってきた感情と共に首の向きを元に戻すと、なぜだかアルフレッド君の横にいるユナまで口元を抑えて泣いていた。
なんだこいつ。お前は事情知ってんじゃないのかよ。
「ふぅっ、アルフ、そんな、辛い過去があったなんて……っ」
ぼろぼろと涙を流しながら鼻をすすっているユナ。
これまでアルフレッド君の過去とか気になったことなかったのかよ。
つーか、こいつアルフレッド君と同じ環境で育ったわけじゃないのか?
アルフレッド君もそんなユナのことを見て、おろおろしてしまっている。
これはいったんこっちにも話を聞く必要がありそうだな。
「ユナさんは、アルフレッド君の事情を知らなかったんですか?」
「し、知りませんでした。叔父様から複雑な事情を抱えているから聞かないようにと……。さりげなくサポートしてあげなさいと言われてました……。いったい誰がそんなひどいことを……!」
「誰がって、教会の枢機卿の誰かでしょう」
それ以外いねぇだろうが。
ああ、そのうちの誰がっていう意味か、それなら納得だ。
そう思ったのに、俺の言葉に対してユナはぽかんとした顔を返して見せた。
噓だろおい。
「教会がそんなひどいことをするはずがないじゃないですか」
あー、なるほど。
叔父様とか言ってたし、さてはこいつは教会側の偉い奴の身内だな。
貴族ではないから平民寮に入ってるけど、家は裕福な感じだろう。
たまたま才能があったから、丁度いいって言って聖女に選ばれたって感じか。
ややこしいな、こいつら。
「……ユナさん、あなたの叔父様の教会における役職は?」
「し、司教です」
「なるほど……」
想像通りっぽいな。
大司教くらいになれば枢機卿とラインがつながっていてもおかしくないだろう。
「なぁ、ユナ、ルーサー」
「何ですか?」
「俺の話、絶対に他の人に言うなよ? これ話したら、俺も聞いた相手も命の保証がないって言われてるんだ」
「んなこと先に言え、馬鹿!」
馬鹿じゃねぇのか!?
思わず頭をひっぱたいてしまった。
どうして俺が聞いたくらいでそんなやばい話ホイホイいうんだよ。
まずいな。これ、聞かなかったふりするしかないけど、そのためにはユナを口止めする必要がある。
なにせこのユナはおそらく、ポジション的に伝書鳩係だ。
アルフレッド君の行動や要望を、逐一叔父様とやらに報告している可能性が高い。
「……ユナさん、あなた叔父様かご両親あたりに、学園でのことを報告していますよね? 今聞いたアルフレッド君の過去について、絶対に手紙で触れてはいけません。他のどんなに親しい人宛てであっても同様です」
「わ、わかりました」
「絶対にですよ? あなただけでなく、僕とアルフレッド君の命も狙われるかもしれないんですからね」
「あの、でも、母や叔父上相手なら」
それが一番やべぇんだよ、と怒鳴り散らしたいが、そうしたってきっと、このお嬢様は全く理解を示さないだろう。何せここまで話を聞いていて、未だに少しも教会を疑っていないのだから。
「絶対にやめてください。相手は人を閉じこめて殺し合いをさせるような組織力を持っています。どこで手紙をのぞかれるか分かりません。あなたが軽率に報告をしたことによって、僕たちだけではなく、あなたのご両親や叔父様まで刺客を向けられる可能性があります。どこにだって耳があると考えて、この話は一切しないでください。もちろん自分だけの秘密のノートにも記してはいけません。わかりましたか?」
「わ、わかりました」
「本当に?」
自分の身ならばともかく、俺、お前らの身までは守れねぇからな。
というか、よく考えればわかりそうなものだ。
アルフレッド君の存在自体が特大の闇のようなものだ。
アルフレッド君の人とあまり仲良くできない性格も、ユナの世間知らずさも、二人が互いの事情をさっぱり知らないことも、きっとユナの叔父様辺りがガッツリと策を弄した結果なのだろう。
「それで、アルフレッド君はどうして言っちゃいけないことを話しちゃったんですか」
「お前が聞きたいって言ったからだろ」
「僕が言えば何でも言うこと聞くんですか、あなたは」
人のせいにするなよ、って思ってじっとりと睨みつけてやると、アルフレッド君は何言ってんだ、みたいな顔をする。
ほらな、お前がとちったことを俺のせいにするなよな。
「当たり前だろ、命の恩人なんだから」
「でしょう、何でもそうやって人のせいに……ん、なんて言いました?」
「だから、命の恩人なんだから、お前の言うことなんでも聞くぐらい当たり前だろって言ったんだよ」
あ、こいつマジだ。
思わず額を抑えてしまった。
助けたの俺だけじゃないじゃん。
確かに俺がメイン張ったかもしれないけどさ……。
なんでこいつ子供の癖にこんなに覚悟がガンギマってんだよ。
こんな厄介事抱えた忠犬欲しくねぇよ。
「お前が勇者から逃げんなって言ったから、俺は頑張って勇者になる。お前が死ねって言うなら死んでもいい。代わりにユナだけ守ってくれ」
「アルフ……」
「……その、死ねとか死なないとか、くだらないこと二度と僕に言わないでください。絶対に言わないので」
聖女候補ちゃんもなんか勝手にきゅんとしてんじゃねぇよ!
こっちは今それどころじゃねぇんだよ!