『アルフレッド』
とりあえず元気になったアルフレッド君を寮に帰して、その日は俺もゆっくりと休んだ。
翌朝早く、日課のランニングでぐるりと校舎をまわる。
できるだけ速く、できるだけ全力で。
息が上がってどうにもならなくなったら少しだけ速度を緩めて呼吸を整える。
しんどいけれど、日々変わっていく自分の限界値を知ることは大事だ。
人に見られるのちょっと嫌だから、息が切れるようなことは基本的に校舎の裏の方でしかやらないけど。
汗を流して寮へ戻ると植込みの前にアルフレッド君が座って待っていた。
隣には出来れば関わりたくなかった聖女候補のユナという少女が立っている。
めんどくさい予感しかしない。
「どうしたんですか?」
戻って来たのに気づいてアルフレッド君が立ち上がったので、俺の方からも歩み寄って声をかけてやる。貴族男子寮の前に来て用がある相手なんて俺くらいのものだろう。
「なぁ、レーガン先生どうなると思う?」
落ち着かない様子で尋ねてくる。
ずっと気になっているのだろうけれど、俺だってあの後クルーブに話を聞きに行ったわけではない。持っている情報は同じくらいだ。
「分かりませんね。少なくともここでは働いていけないと思います。学園のルール以上に優先するべきことがある人を教師として雇い続けるほど、学園の規則は緩くないはずです」
期待を持たせるような言い方はできない。
内々で処理するつもりにしても、学園長とかに伝えないわけにはいかないだろうし。
「俺が悪いんだ……」
「随分と庇いますね。そんなに仲が良かったですか?」
「……先生は、俺を庇って死にかけたんだ。先生がいなきゃ最初の一撃で俺は死んでた」
「ああ……そういう……」
確かにあの怪我はおかしいと思ったんだ。
いくら足が悪かったとしてもレーガン先生の実力ならばうまくさばいて時間を稼ぐことぐらいできたはずだ。ぼんやりと油断していたアルフレッドを助けるために攻撃を食らったってことだな、納得いった。
そうか。なんか目的があったにしても、レーガン先生はアルフレッド君を、生徒の命を守るために命をかけたんだな。
そうなるとちょっと話が変わってくるんだよなぁ……。
「あの、場所を変えませんか……? ここで話すと目立ってしまうので……」
控えめに当然のことを提案してきたのは聖女候補のユナだ。
俺、こいつちょっと苦手なんだよなぁ。
多分アルフレッド君よりもいろんな事情を把握していて、それでいてうまく利用しようとしているタイプだ。計算高いタイプを相手するのなら、頭の回転が速いイレインを同伴させたいところだ。
ただなー、今貴族女子寮にいくと、マリヴェルもついてきそうなんだよなぁ。
イレインはともかく、余計な面倒ごとにマリヴェルを巻き込みたくない。
仕方ないからはじめに一発かましておくか。
「移動するのは構いませんが、あなたは誰ですか?」
冷たい貴族子息の振り。
多分こいつは権力には弱いと見た。
「あ、私、聖女候補のユナと申します。アルフと一緒に教会の推薦で入学いたしました」
「……何があったか知っているんですか? 首を突っ込むとろくなことになりませんが」
「知っています。私はアルフの相棒の聖女候補としてきておりますので、他人事ではないのです」
「そうですか。あなたのことはヒューズから聞いたことがあります。入学前から随分と自由に過ごされていたと」
誰と聞いといて、お前のことは知っているぞと追い打ちをかけてやる。
唇を結んで目を泳がせたのが見えた。
よし、効いてそうだな。これでちょっとくらいは牽制できただろう。
「当時は同じ年の子がたくさんいることに浮かれておりました。先輩やヒューズ様にもご迷惑をおかけしたこと、深く反省しております」
「……そうですか。まぁ、目立つことは僕としても本意ではありません。場所を移しましょう」
場所は変わって昨日来たばかりのダンジョン前広場。
ここにいればクルーブとも遭遇出来て、情報を得られるかもしれないと考えてのことだ。
思惑通り小屋の中には誰かいるようだ。
というか、これ二人だけじゃないな。
何人かいるっぽい。
ってことは本格的にレーガン先生をどうするかのお話合い中ってとこだろうなぁ。
ちょっとこの二人は小屋から離してお話をきこう。
都合のいいことに、最近は日中この辺りでたむろしていたおかげで、椅子はその辺に置いてある。適当に用意して腰を下ろすと、偉そうに二人へ質問を投げかけることにした。
「それで、どうして昨日はあんなことに?」
「あの、私から……」
「先にアルフレッド君から話聞くから、ユナさんは静かにしててください。分からないことを後からあなたに聞くことにします」
「はい……」
口が回る奴にはまず喋らせなければいい。
昨日は疲れているだろうからと、あれこれ追求せずに部屋に帰してやったけれど、こうして朝から元気にやってきたのならば話は別だ。
「俺から聞くより、ユナから聞いたほうが……」
なんか昨日からちょっと元気ねぇな、この子。
自信無くしてるだけならいいんだけど、どっか調子悪いとかじゃないだろうな。
「アルフレッド君」
「な、なんだよ」
「体に怪我や痛むところは残ってませんか?」
「ない」
「それなら結構です。僕はまず君から話を聞きたいんです。うまく話せなくても、時間がかかってもいいですから、初めから全部話してください」
「わかった。……って言うかお前、昨日と話し方違くないか? なんか気持ち悪いぞ」
「は? 一緒ですけど?」
「いや、昨日もっと乱暴だったじゃんか」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと話せ」
「ああ、それだ」
アルフレッド君が俺の顔を指さして頷く。
何嬉しそうにしてんだ、こいつ変な趣味持ってるんじゃないだろうな。
ちょっと引いたまま聞き始めたアルフレッド君の話は、俺が思っていたよりもずっと重たくて、光臨教のことをめちゃくちゃ嫌いになるのに十分な内容だった。
小さな子供の頃のことから話し始めるから、いや、最近のことから話せよって思ったんだけど、これは最初から聞いて良かったかもしれない。
最近の話にたどり着く前に、俺の目からは涙があふれ出てきてしまった。
あーそうか、勇者を自分たちの手元に置いて都合よく使うために、使えそうなのを集めて蟲毒みたいなことしたってことだろ。
アルフレッド君は仲の良かったあいつを殺して生き残ったから、どうしても勇者になるしかなかった。強くなりたくて焦って、まー、そんで色々あってダンジョンに潜り込んだと。
一言だけいま俺の心のままに言葉を吐くとすれば、死ね、光臨教、だ。
そういやウォーレン家が独立する時の後押しも光臨教のどっかの勢力がしてたとかしてないとか言ってたな。マジで潰した方がいいんじゃねぇのか。
「お前、ちょっとだけあいつに似てるんだよ。普段丁寧なしゃべり方すんのに、危なくなった時とか言葉が雑になるんだよな」
馬鹿お前、そんなこと言うなよ……。
目頭を押さえて鼻をすする。
ああ、なんかすごい涙出てくる。
「……その人の名前は何というんです?」
「知らない。俺たち番号で呼ばれて、生き残った俺がアルフレッドって名乗るように言われただけだ」
「……おっけ、ちょっと待て」
上を向いてちょっと気持ちが落ち着くまで待つ。
あー、くそ、余計なこと色々聞いちゃったよ。
俺、こういう話に弱いんだよなぁ……。