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体育会系パパ

 おかしい。

 チラリと横を見ると、父上の体型は明らかに丸い。

 丸くてお肉がバウンドしてる。


 だというのに、息が上がっているのが俺だけというのが解せない。

 確かに俺はまだ手足の小さい4歳児だけれど、それを差し置いたとしても、この丸い父上が普通に軽々と走っているのは意味が分からない。

 実は転がっているんじゃないかと疑って観察してみたけれど、得たものは変な姿勢で走ったことによる疲労感だけだった。


 やっぱり外に出たことがなかったのが祟ったのだろうか。

 太陽の元で運動しない子供は風の子になれないんだろうか。


 いやでも前世の俺なら間違いなく勝ててた。

 多分勝ててた。

 勝ててたよね?


 屋敷の裏門にたどり着いた辺りで母上の姿が見えてくる。

 俺の病弱な体を心配していた母上のことだから、きっとこの地獄のランニングを止めてくれることだろう。

 自分から言うのはさすがに嫌だったんだ。


 よし、止めてくれ。

 今止めてくれ。

 通り過ぎちゃうよ?

 母上?

 ニコニコしながら手を振ってないで止めて?


「やっぱり体が鈍っているな。ルーサーは……、まだいけるな!」


 どこをどう見たらそうなるんだ?

 肺が悲鳴上げてるんだが。もはや喋る余裕もない。

 

 汗だくなのに余裕のある父上を見て俺は悟る。

 さては父上、実は体育会系だな……?


 そうだよな。だって祖父も曽祖父もめっちゃ筋骨隆々の海の男っぽいもの。

 父上だって俺が出生した当時は、背が高くて爽やかな細マッチョ系だった。

 

 しばらくの間丸い父上しか見ていなかったせいで、すっかり忘れてしまっていた。


 一周して力尽きた俺をおいて、父上は更なるペースアップを見せる。もはや転がってるとかふざけた思考をする余裕もない。呼吸を整えている間に一周。足を揉んでいる間にさらにもう一周してきた父上は、俺の前にピタリと止まる。


「よし、準備は終わりだ。ルーサーが楽しみにしていた剣術の稽古に入るぞ!」

「……はい」


 もう無理ですとは言えなかった。

 軽く運動をした後、剣術の稽古をつけてくださいと言ったのは俺だ。

 将来のことを考えれば、魔法だけではなく剣術も修めていた方がいいに決まっている。仮に悪役貴族となってしまったら、勘違いからチート持ちの主人公とかと争うこともあるかもしれないんだ。

 そんなとき、接近されたら何もできませんじゃ命を落としかねない。


 棒にぐるぐると布を巻きまくっただけの物を受け取りながら、俺は死んだ魚のような眼で、丸いのになぜか爽やかに見える父上を見上げたのであった。



「……ルーサー様、お疲れですね」

「……うん」

「お外は楽しかったですか?」

「楽しかったと思う?」


 いいえとは答えられない質問だろう。なんせ主人である父上と、その妻である母上と共に外へ出ていたのだ。雇われているミーシャが滅多なことを言えるわけがない。


「ごめん、意地悪だった」

「いえ、私も悪い質問をしました」

「ううん、外出たときはわくわくしたよ。途中からそれどこじゃなかったけどさ」


 ごろんとベッドの上を転がって、うつ伏せから仰向けになる。数歩離れた場所にミーシャが楚々として立っている。


「剣術の稽古はお嫌になられましたか?」

「ならないよ。僕は父上に鍛えてもらってちゃんと強くなる」


 好きに打ち込んでいいと言われやけくそになって棒を振り回したというのに、一撃を入れるどころか、かすることすらしなかった。

 だから剣術なんか嫌いになった、とはならなかった。

 

 この経験が意味することは、剣術をしっかりと修めると、素人が無茶苦茶に振り回す武器で傷つくことがなくなるということに他ならない。

 包丁で刺されて死んだ俺としては、その事実はかなり魅力的だった。


 人生の危機はいつだって唐突に、道を歩いているだけで襲い掛かってきたりするのだ。

 そういえば、俺が刺された後、痴話げんかしてたイケメンの方も刺されてたけど大丈夫かな。巻き込まれて死んだ俺が心配する義理もないけどさ。


「ルーサー様は素晴らしいですね。まだこんなに小さいのに、勉強にも剣術にも全力で取り組んでいらっしゃいます。どんな立派な御当主様になられるんでしょうね」


 柔らかく微笑んでくれるミーシャを見ると、頑張ろうという気持ちになる。

 それと同時に不安もあるのだけれど。


 今でこそ前世で大人だったことが幸いして立派にあれこれやっているように見えるけれど、10歳、20歳と成長していった時もそうであるとは限らない。

 父上や母上、それにミーシャのように俺によくしてくれる人たちをがっかりさせるような事態は避けたい。

 そのためには、頑張るしかないんだろうなぁ。


 ま、どっちにしても能力を上げ続けなければいけないのは決まっていた話だ。それに理由がいくつか加わっただけである。

 0歳から魔法を鍛えて、4歳から剣の稽古をするんだから、そこらの子供よりはよっぽどアドバンテージは稼げるはず。

 いくら中身の俺が凡才だったとしても、きっと取り繕うくらいはできるはずさ。


「頑張るよ、頑張るけど……。今日はちょっと休ませてね……」


 寝転がっているうちに、自然と瞼が閉じてきてしまった。

 思考がゆるりとまとまらなくなってきて、今日母上や父上が楽しそうにしてた顔が浮かんでくる。


「お休みなさいませ、ルーサー様」


 ミーシャの抑えた声が聞こえ、ほんの一瞬だけ浮上した意識は、すぐに眠気の濁流の中に呑み込まれていった。



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