丁度いい具合
たどり着いたボス部屋のスケルトンは、それでも3mはあり、見上げるほどの巨大さであった。骨の硬度は、アウダス先輩の攻撃を真正面から受けても一撃では粉砕できないほどだ。
とはいえ動きはそれほど早いわけでないし、攻撃を繰り返すことで簡単に倒せてしまったので、はっきり言って拍子抜けだった。
さらに下の階へ降りるための扉が開いたので、ここから復活するということもないだろう。
「意外とあっさり片付きましたね」
「スケルトンをほとんど始末してきたのが、功を奏したのだろうな」
二人で話していると、2本の骨を拾ったクルーブが、それ同士をぶつけ合わせて硬度を確認する。
「うーん……。いくらアウダス君が強くても、資料によれば、一撃でひびの入るような硬度ではなかったはずなんだよなぁ。実際にこの骨を削り出されて作ったナイフとかが保管されていたけど、もっと硬かったもん」
「それはつまり、スケルトンの残っている数に応じて、大きくなるだけでなく硬度も上がるってことでしょうか?」
「多分そうなんじゃないかな。試しに今度ほとんど倒さないで駆け抜けてみてもいいけど、倒せないほど強くなっても困るしなぁ」
知っておきたい気持ちとリスク管理がせめぎ合っているようだ。
クルーブは適当な人間だけれど、ダンジョンや魔法と向き合う時は真剣である。
「ま、やめとくか」
ぽいっと骨を放り投げてクルーブは回れ右した。
「帰るんですか? まだ体力はありますが」
巨大スケルトンが物足りなかったのか、アウダス先輩が扉の空いた先を見ながら尋ねる。
「帰るよ。物足りないくらいがちょうどいいの」
「そうですね、帰りますか」
「……そうですか」
俺まで同意したことが意外だったのか、先輩は少し驚いた顔をした。
俺はこう見えて結構慎重なのである。
というか、ダンジョンのことに関しては、クルーブの判断に逆らう気は全くない。
経験値が違いすぎる。
「わかるよぉ。全力で力を試せる場所なんてそうないからねぇ。自分がどこまでできるか試したくなるよねぇ」
へらへらと笑いながら寄り添うような姿勢を見せられても、俺としては腹が立つだけなのだけれど、アウダス先輩は殊勝な態度で聞いているだけだった。
「でもさ、1割死ぬかもしれないってことは、10度潜れば一度は死ぬってことだよ? 1分死ぬかもしれないってことは、100回潜れば一度は死ぬかもってこと。僕はさぁ、これまでだってもう100回以上ダンジョンに潜ってる。僕が死んでないのは……、死にかけたときに幸運にも助けてくれた人がいたってだけ」
クルーブは首を回してアウダス先輩のことを見る。
「初めてダンジョンに深く潜って、明日は肩が凝りそうじゃない? 腕に疲労がたまっている気がしない? 骨に躓きそうになったことはなかった?」
クルーブはアウダス先輩に比べると頼りなく見える腕を上げ、白く細い指で先輩の各所を指さしながら尋ねる。
「……言われてみれば、万全ではない、ような気もします」
「でしょ。それにさ、このダンジョンって踏破した人がいないんだよ。7階層までの資料はあるとはいえ、まだまだ未知のダンジョンなわけ。アウダス君が頼りにならないってわけじゃないよ? これからも手伝って欲しいから、今日はもう帰るってこと。納得できた?」
「……はい」
なんか、めちゃくちゃ真面目なこと話してるな。
クルーブのやつ、俺にはこんなに厳しく話したことなかったのに、どうしたんだろうか。
「良くも悪くも、君は剣の腕に自信がある。そして僕に対する信頼がないね? ……ま、そういうのはこれから培ってけばいいんだけどさぁ」
最後にはいつもの調子に戻ったクルーブは、手に持った杖をくるりと回しながら前を向いた。
「ルーサーはねぇ、文句言うしすぐ僕に噛みついてくるんだけど、僕の言葉を疑ったりはしないし、ちゃんと言うことは聞く。これでかわいいところがあるから、アウダス君も仲良くしてあげてね」
「……馬鹿にしてます?」
「褒めてるよぉ」
なるほど、確かに日常生活でのあほなことをのぞけば、クルーブを疑うことをしていない。
それは多分、スバリが裏切ったあの日に、俺たちのことを最後まで裏切らなかったからだ。きっとこれからもずっと、クルーブは俺のことを裏切らないのだろうと、無条件に信じているところがある。
もしクルーブが急に裏切って俺に襲い掛かってきたりしたら、多分普通に殺されると思う。
というか、そうなったら俺の見る目がなかったんだって諦めるしかない。
つまりクルーブの言っていることは的を射ているのだけれど、その言葉に少しばかり馬鹿にされている雰囲気を感じ取ったのだ。
間違いなく保護者面してからかいに来ている。
何か文句を言ってやろうと考えを巡らしていると、隣からアウダス先輩がふっと僅かに息を漏らして笑う声が聞こえ、珍しいことに思考が停止してしまった。
「言われずとも友人だと思っています」
「……ありがとうございます」
「顔赤くなってるよ」
「うるさいです、俺が今剣を持っていること忘れましたか?」
「わ、怒った怒った」
本気で剣を抜いて威嚇する気はない。
うまくからかえたことに満足しているのか、クルーブはきゃっきゃと笑いながらも、逃げ回ることはしなかった。
ま、ダンジョン内だからな、おふざけは程々にだ。
外出たら一回叩く。