恋するアンドロイドと不完全を愛する科学者
私は、マスターのことが好きだ。
人間の感情を再現するため作られたAIである私には様々な感情の定義がインストールされている。
故に、私は今私が抱いている感情を『好意』と定義づけることができた。
それからというもの、色々アプローチを仕掛けてみたが、全て失敗に終わっている。
「マキ。そこにある資料取ってくれない?」
「はい。マスター」
美しいブロンドの髪も、この整った仏頂面も、温もりの無い肌も。全てこのマスターからもらったものだ。
恩という物もまた別に感じてはいるが、だからこそこの気持ちを伝えることはできない。
なぜならば、好意という『気持ち』を自分で理解し、それを他者へと伝えたのならば、感情の再現という面での私はお役御免になるからだ。それはどうしても避けたい。
指示された資料を手渡すとき、不意にマスターの手が指先に触れた。
「……ん?マキ。顔が赤いけどどうかした?」
「排熱が必要なようです。失礼します」
「うん。いってらっしゃい」
ラボのベランダに出て、夜風に当たる。
見れば、先ほどまでの仏頂面が薄く反射して窓に映る。
私の体は無駄に多機能で、必要な処理量によって体温が上がったり下がったりする。
先ほどの結果からわかるように、増えれば体表の温度が上がる。
コンピューターの機能としては欠陥だろう。事実、二週間ほど前マスターに抱きつかれてオーバーヒートを起こした。
曰く、何か感じた時に言葉にせずともわかるように、とのことだが、はっきり言えば迷惑だ。
と、思考はここまでにして一旦白衣を脱ぎ、排熱に専念する。
体表面、体内共に排熱が完了して再起動すると、先ほどまで食い入るように画面を眺めていたマスターが隣で一服していた。
「マキ。言わなきゃいけないことがある」
落下防止のフェンスに背を預けたままのマスターが真っ直ぐにこちらを見る。
また少し体温が上昇するのを感じた。
「実は、君の思考ログは私のPCから確認できるんだ。万一エラーが出た時に対応できるようにね」
「……気づいていたんですか」
「悪かった、とは思ってるよ。でも、一応開発者だからね」
さらに、体温が上昇していく。統計的に考えると、これは『羞恥』という物だろう。
「感情の再現、というプロジェクトは成功だ。でも最終目標は人間と並べて遜色ないアンドロイドを作ることさ」
「……どういうことですか」
「人間としての君はまだまだ不完全ってことさ。これからもよろしく頼むよ、マキ」
かくして私は、感情を口にするのに制限がなくなったのだった。
『嬉しい』『ありがとう』『好きだ』なんて言葉が次々と浮かんできたが、言葉に出そうとした途端、オーバーヒートを起こしてしまった。