恋する乙女は大志を抱きて歩み出す
「マリアンヌ様、お手紙でございます」
侍女が持ってきたのは、おそらく二度目の船で送られてきた中にあったものなのだろう。
盆の上に載せられたその手紙を手に取り「下がって良いわ」と侍女を下がらせる。
憂鬱な気持ちのまま、文机にあるレターナイフでその見慣れているはずの封蝋を、震える手で解いた。
『親愛なるマリアンヌ
リディアスではそろそろ日射しも強くなってくる頃だろう。体調は崩してはいないか? 君はよく太陽の光と熱でぼんやりしてしまう、と言っていたから心配している。
今、私のいるディアトーラでは、その太陽が少ない。ほとんどの日々がうすい雲に覆われており、晴れていても霧雨に見舞われることすらあるのだ。
リディアスでは、本当に考えられない。
考えられないという点で言えば、この国はとても不思議な国である。
全ての者の意見が、元首と同じ意見として尊重されているように思えるのだ。
とても独特な感覚で人々が生きていることに、大きな興味を惹かれて過ごしているところである。
町の者と王族が平気で話すのだ。とても面白く平和な国であると思った。
私は元気に過ごしているから心配いらない。
君がまだひとりでいるということを耳に挟んだ。それだけが心配だ。結婚だけが全てではないと思うが、どうか、幸せになって欲しい。
アーモン・リディアナ』
彼は王家の人間だった。次代を担う国王の邪魔になるために、国外に追放されたのでは、と一部で噂すらされる私の元婚約者。
アーモン様は何も悪いことなどしていないのに……。
死別でも自分勝手な婚約破棄でもなく、理由は政略結婚の意味合いがなくなったから。両家を通して、きちんと進められた白紙。
分かりますわよ……。
マリアンヌだって、貴族としての自分の立ち位置くらい、分かっている。
マリアンヌの住むリディアス領スキュラは大河マナの向こうにあるワインスレー諸国と呼ばれる小さな国々との交易を主に生業としている場所である。マリアンヌの父はそこの領主だ。
屋敷の窓から見えないような遠い場所にある国。
その元婚約者はそんな遠い国の一つディアトーラという国に、今いる。そこの元首が親戚筋なのだ。
物憂げに窓の外を見ていたマリアンヌは、大きな溜息を付いた。
「どうしてこんなにも太陽が元気なのかしら……」
燦然と輝く太陽の光は、リディアスの象徴でもあり、今のマリアンヌにとっては、憂鬱他ならなかった。
私の気持ちはこんなに沈んだままなのに、スキュラは今日も変わらず船を航行させている。
次期国王と言われていたアイビー殿下の息子アーモン。しかし、そのアイビー殿下が、戴冠されなかった。数年前から、噂はされていた。現国王のお眼鏡に敵っていないとは言われていた。しかし、実子なのだ。ちょっとくらいお眼鏡に敵っていなくても、大丈夫だと思われていた。
しかし、二年前。
婚約者であるアーモンから、突然言われたのだ。
「マリー、この婚約はなかったことにしよう」
目を丸くして黙ってしまったマリアンヌに、アーモンは優しく微笑みながら、続けた。
「おそらく、父は戴冠しない。君の年齢を考えれば、解消は早い方が良い」
その微笑みが、マリアンヌに向けられた最後だった。
マリアンヌの父であるイルヴァディソフも、アーモンの父であるアイビー様も、両家を考えればそれが一番良いだろうと、とんとん拍子に話は進み、いつのまにかマリアンヌとアーモンは単なる知り合いくらいの繋がりしかなかった。
だけど、いくらこの婚約に家同士の価値がなくなったのだとしても……。
駆け込み19歳という年齢もあって、その後も何度かマリアンヌに縁談の話は舞い込んだ。しかし、マリアンヌがあまりにも面白くなさそうにするために上手くいかない。それどころか、マリアンヌは無意識に相手のプライドを傷つけるそうだ。
ただ、至らぬ点をさりげなくフォローしているつもりなのに、面白くも可愛げもない女だと噂されるようになった。
庶民の結婚年齢は20を過ぎても全然若いのに、貴族の結婚は未だに若ければ若い方が良いとされている。
おそらく、跡取り問題が大きいのだろう。
女は生める年齢に制限があるから。よりよい跡取りを早くから確保していたい。
男女の地位確立のための差別はなくなって久しいが、どうしてもそこに引っかかりが生まれてくるのだ。噂も相俟って二年経った今、マリアンヌの元に縁談が舞い込むことはほぼない。
さらには、去年アーモンまでもが、リディアスから去り、ディアトーラへ行ってしまった。誰のもらい手もなければ、もしかしたら、……と思っていたのに。
マリアンヌ? いったいいつまでここにいるつもりですか?
それは、母の言葉だ。
分かっていますわよ。一応、お父様のお手伝いができるくらいなら、知識も付けております。
海の外への貿易に力を入れ始めていた王家との婚約には、交易の知識が必要だった。だから、見習いくらいなら、すぐにでも働ける。
でも、手伝わせてくださらないじゃないですか。
唇を噛みしめ、マリアンヌは母の視線から逃げた。
弟が跡を継ぐから私が邪魔なのでしょう? そうよね。いつまでも姉貴面した者が少し前を歩き続ける。邪魔でしかないわ。
マリアンヌは、動けない自分を太陽に揺れる景色に映し、また大きな溜息を付いた。
今のマリアンヌに残されている道は、どこかの貴族の後添えに入るくらい。そして、今がちょうど、中途半端な年齢なのだ。
後添えには若すぎ、初婚には老いすぎ。
まだ21だと言える庶民が羨ましい。
船の汽笛が窓を抜けて、響いてくる。
今日三度目の汽笛である。
あと二度、あの汽笛が鳴る。あの船に乗って、アーモン様のいるディアトーラのあるワインスレー地方へ行く者が、数十から数百いるのだ。
アーモン一家が国外へ追いやられた理由。
心ない者達は、不仲説を支持する。心ある者達は、何も語らない。
マリアンヌにも分からない。ご家族はみんな仲が良かったとしか、思えない。
マリアンヌはアーモンからの手紙を胸に抱きしめると、不意に立ち上がった。
いいえ、アーモン様の元へ行けば良いのかもしれない。行くことはできるのよ。
アーモン様に会って確かめなくては、とは言い訳だ。元気に過ごしているから心配ないなんて、絶対に嘘だ。きっとこれも言い訳。そうよ、私が傍にいて差し上げなければ。
しかし、本当は、多分、手紙を口実に会いに行きたくなっただけ。
だから、いても立ってもいられなくなった。
旅行鞄に入れられるだけのお洋服と髪飾り、靴を突っ込んで、ポシェットには手紙と、こちらも持てるだけの金貨や銀貨、銅貨を突っ込んだ。クローゼットの中に残したドレスには後ろ髪を引かれてしまうが、どうしようもない。
リディアス紙幣は船着き場で使う分で十分だ。
大丈夫。だって、船に乗ったあとは、列車に乗って、ディアトーラの隣にあるエリツェリまで行って、そのあとは馬車に乗れば良いだけだもの。
マリアンヌの胸は、大きく期待に満ちていて、希望がどんどん膨らむようだった。
雨が多いということは、大きめの帽子を被っていった方がいいかもしれないわね。
あ、途中でお腹が減るかもしれないから、お菓子も必要だわ。何があったかしら。
マリアンヌは菓子鉢をのぞき込み、キャンディとクッキーをそれぞれ紙に包んだ。
「あら、マリアンヌ様。お出かけでございますか?」
「えぇ、急ぎ用ができましたので、出掛けて参ります」
声を掛けられて、ふと現実に戻った。お抱え執事のジョナサンだった。あぁ、まだここは屋敷の中なのね。
「どちらへ?」
「お父様とお母様には伝えてありますので、気になさらないで」
「左様でしたか。お気を付けて」
ジョナサンが深々とお辞儀をして、マリアンヌを見送った。
しかし、マリアンヌの胸はドキドキと鼓動している。上手くやったわ。
そうよ、伝わってはいないけれど、伝わるようにしてきたもの。ちゃんと手紙を置いてきたもの。嘘はついていないわ。
そう思いながら、マリアンヌは大きく息を吸い、屋敷の外へ飛び出した。
雨が降らないことを晴天に祈った。
船着き場で乗船券をもらう。
「マリアンヌ様ではありませんか」
「ごきげんよう」
領主の娘であるマリアンヌの顔を見た切符売り場の青年が、驚いた顔でマリアンヌに尋ねた。
「今から乗船ですか?」
「えぇ」
「あちらに着くのも夕方になりますよ」
「分かっていますわ」
それで良いの。だって、帰ってこないつもりなんだから。
「あぁ、社交界の集まりか何かですね?」
「そうなの」
マリアンヌは必死に嫋やかに振る舞う努力をする。
「お気を付けて」
「ありがとう」
隣の国の船着き場まで三時間強。次が夕暮れで、今日の船はそれで終わりだ。たくさん人に出会ってしまった。屋敷ではそろそろ騒ぎになっているのだろうか。まだ騒がれていないだろうか。
船の甲板に出て、空を見上げる。早く動き出して欲しい。そして、やっぱり、この出港の後の航行が無理になるくらいの雨が降れば良いのに、とポシェットの中の手紙を思い、願った。
切符売りが言ったように、対岸にあるグラクオスに到着する頃、太陽がオレンジ色に揺らめき始めていた。
船着き場に降りたマリアンヌは、ほんの少し心細く思いながら、駅までの道をグラクオスの切符売り場で尋ねる。
「道を真っ直ぐ……お嬢さんひとり? 道々気を付けなよ。治安は悪い方じゃないけど、色んな奴が集まる場所だから良いとも言えないしな」
「はい……」
既に話される言葉も違う。
そうだわ。ここは、グラクオス。リディアスではない。
マリアンヌは誰も知らない土地で、僅かな心細さを感じていた。
言葉は分かる。交易を任されている対岸の土地の娘だ。小さい頃からずっと馴染んできているから。だけど、どこか、違う。
父に連れられ歩いたこともある。その時は活気に満ちた素晴らしい場所だと思った。
だけど、今はその活気が怖いと思う。
喧騒の中から完全にはみ出しているようで、弾かれているような。
誰も助けてくれない不安に初めて陥った。
こんな時はお手紙を……とポシェットの中から手紙を取り出した時に、マリアンヌは大きくバランスを崩してしまった。
「きゃ」
上手く手をつくことはできたが、直接地面に叩きつけられた掌がじんじんと痛み、マリアンヌにその衝撃の大きさを知らせてくる。
転んでしまったの? 子どもでもないのに?
そして、罵声に視線をあげる。
「突っ立ってんじゃねぇよ」
転んだマリアンヌに謝りもせず、背中からぶつかってきた男が悪態をついて去って行く。黒髪短髪。みすぼらしいとまでは言えないが、マリアンヌが絶対に着ないだろう、粗野な服装の男。なんて無作法な人間なのだろう。あんな人間がいるなんて。起き上がったマリアンヌはその背を睨み、手を払う。少し擦り剥いている。
あんな人間がいるなんて。
ただ、もう一度思った。
「大丈夫ですか?」
とっても惨め。通りがかりの紳士がマリアンヌにハンカチを差し出していた。
大丈夫、じゃないかも……。
「ありがとう」
ハンカチを受け取り、傷口に当ててみるが、痛みがなくなるわけでもない。しかし、ちゃんと人間扱いされたことで、立ち上がることはできそうだった。
「ハンカチのお礼をしなくては、あの、お名前を」
「こちらは大丈夫です。差し上げますから。気を付けないと、治安が悪い国ではありませんけど、様々が生きている土地ですからね」
まるで、幼い子どもに投げる微笑みのよう。そんな表情の彼も船着き場の駅員と同じことを言う。そんなに世間知らずに見えるのだろうか。
あ、ポシェット……。
さっきの?
青ざめているマリアンヌにその紳士がもう一度尋ねる。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、えぇ」
どんなことがあっても淑女は取り乱してはいけない、とマリアンヌは一生懸命に気持ちを立て直そうとしていた。私は、淑女よ。みっともないでしょう?
「本当に、お気になさらず」
「警備兵が駅にいるはずだから、伝えれば助けてくれますからね」
「ご親切、感謝申し上げますわ」
スカートの裾を持つと、掌が痛んだ。
あ、お金もなくなっちゃったんだ……。
そう思った時には、さっきの紳士の姿はなかった。
どうすれば良いのか全く分からなくなってしまったマリアンヌは、とりあえず教えられたとおり、駅まで向かった。
リディアス紙幣ならまだ少しあるけれど。
空を見上げる。雲はない。
次の船を待てば、家の者達が乗っているかもしれない。
でも、失敗に終わればもう二度とこんな真似はできない。二度とアーモン様には会えない。
喧騒の中から弾かれているマリアンヌに声を掛ける人もいない。どうして、あの人を頼らなかったのだろう。せめてポシェットを無くしてしまったことを伝えれば、警備兵のいる場所にくらいは連れて行ってくれたかもしれないのに……。
でも、身元が知られる危険は冒せない。
アーモン様のいるディアトーラへ……進まなければ。
あれだけ輝いていた未来が、急に光を失い、萎んでいった。
案の定、リディアス紙幣では列車の切符は買えなかった。両替商は明日まで開かない。
駅のベンチに座り込む。暗明色の灯りに照らされた自分の影が黒く頼りなく揺れる。旅行鞄は取られないように抱きしめる。あ、そうだ。お菓子。
ほんの少しだけ明るくなった未来に、ほっとするのも束の間、視線をあげることができたマリアンヌは、同じようにベンチに座る子どもを見つけた。明るい茶色の髪を二つに結わえた女の子。
あの子も同じように寂しくて辛いのかしら。
マリアンヌはすくっと立ち上がり「お嬢ちゃん、どうしたの?」と尋ねた。
髪と同じ茶色の瞳がマリアンヌを真っ直ぐ見つめた。
「パパ、待ってるの」
「パパ?」
「そう。もうすぐお仕事が終わるから。今日はちょっと遅いだけ」
「一緒に座っても?」
マリアンヌは、寂しさを共有したいという気持ちを胸に、彼女の隣に腰を掛け直した。
「一緒に食べてくれます?」
旅行鞄の中から取り出したお菓子の包みを開き、そのまま女の子の前に差し出した。
「うん、いいよ」
女の子は崩れてしまっている花形クッキーを一つ摘まんで口に含ませ、にこりと笑う。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「マリーと言います」
名前を教えたくなった。誰かに呼ばれたい。ただそれだけの理由で。告げられた名前に、女の子が目を丸くして、嬉しそうに続けた。
「マリー? わたし、アリー。すごーい。ちょっと似てる」
「ほんとう、似ていますね。嬉しいわ」
愛称だけど、その名を呼ばれ、ほんの少しほっとする。ほんの少し、緊張が和らぐ。
マリアンヌとアリーはしばらく他愛のない話だけをして過ごした。
アリーは家族の名前を全部教えてくれて、マリアンヌはそれを聞いて、自分の家族の名前を愛称で知らせる。ただそれだけでアリーは満足そうにしていた。そして「アリー、上手なのよ」と、ご機嫌にクッキーの包み紙を折り始めた。何を作っているのかは分からないが、マリアンヌの名前を知っている彼女が傍にいるだけで不安から目を背けられる。しかし、そんなマリアンヌの楽しいひとときは長くなく、終わりが告げられた。
「アリー」
中肉中背の男性がアリーの名前を呼んだのだ。
その声にアリーが「パパ」と言って走り出して、抱き留められた。
「娘がお世話になったようで」
「いいえ」
寂しそうなマリアンヌに、アリーが戻ってきて、紙の鳥をくれた。さっきのお菓子を包んでいたものだ。青い地に色とりどりの存在しない花、そして、黄緑色の葉っぱ。嘴が不器用に曲がっている。
「マリーのお友達がくるように、アリー、神様にお願いしててあげる。この子もあげる」
「ありがとう」
アリーが満面の笑みで手を振った。
マリアンヌはその背に力なく手を振っていた。しばらくすると、最終列車の確認のための駅員がマリアンヌに声を掛けた。
「次が最終ですよ」
「存じております」
「船ですか?」
マリアンヌは黙っていた。
最終に限り、船が着かなければ列車は動かないし、列車が着かなければ、船は動かない。船なら、降船後に知り合いが多くいる。
だけど、会える機会は失われる。
「船は着いているようですので、列車が着き次第、乗合馬車に乗っていただかなければ、間に合いませんよ」
「はい」
心配そうな、それでいて疑心暗鬼のような、そんな表情を駅員は浮かべ、マリアンヌから離れた。
駅員は駅にいる人すべてに近づき、声を掛け、見えなくなった。
灯りも心許なくなってくる。掌の紙の鳥も淋しそうに首を擡げている。
先ほどの駅員がまた戻って来て、間引くように灯りを消していく。その後から、駅員がもう一人、箒と塵取りで彼を追いかけていく。
「最終列車、到着しまーす」
駅中に響く声で叫び、駅がにわかに賑やかになり、乗客達が同じ方向に流れていく。
船着き場からの乗客も到着し始めたようだ。
流れが二つできて、マリアンヌの前を慌ただしく通り過ぎていく。
この流れに乗る。ここで夜を越さなくちゃいけないのは、怖い。紙の鳥は擦り傷の掌の上で、寂しそうにしている。掌の傷はすっかり塞がっているようで、痛みはなかった。
怖い……。みんな知らない顔。そればかり。
「あっ」
雑踏が起こした風がその鳥までをも、マリアンヌから奪ってしまったのだ。踏まれてしまうと思うと、慌ててその鳥を追いかけた。今は、頼りないその鳥ですら、マリアンヌには大切な拠り所になっていたようだ。鳥はすんでの所で、マリアンヌに摘まみ上げられた。
「マリー?」
その呼び名に首を傾げる。
マリーなんて呼ぶのは、アリーと家族。それと、もう一人……だけ。
「どうして君がこんなところに?」
夢でも見ているのだろうか。
「従者は?」
当たり前の言葉を掛けてくれる存在。
立ち上がったマリアンヌが小さく頭を振る。
「どうして? 一人なのかい? なんて危険なっ。君は元来一人で何でもしようとする、そういうところはあったが、世の中はそんなに優しくないんだ。これからどうするつもりだったんだいっ。あぁ、今なら乗合馬車に間に合う……駅員に……手を怪我しているじゃないかっ」
その声は、どんどん焦りを孕んでいく。そう、彼は心配すると声が大きくなる癖がある。婚約当初はよく泣かされた。だから、彼も気を付けるようになって、私も気を付けるようになって……。
そして、今日、本当に身に沁みました。
だけど、その優しくない世界を一番に知っているのが、あなただとも思っています。
「転びました。アーモン様が悪いのですよ」
急に悪者にされたアーモンが、事情を飲み込めずに眉を顰めた。
「お手紙をいただきました」
「あぁ、確かに送った。昨日のことだ」
そして、苦虫を噛み潰したようにマリアンヌを見つめ、溜息のような微笑みを浮かべた。
「忘れていたよ。君がそういう女性だったということを」
思い立ったら動いてしまう。
馬車発車の笛が鳴る。
「もう、間に合いませんわ」
「君がもたもたしているから……まさか、リディアスの帰りに会うとは思っていなかったが……弟を送ってこちらに帰って来たのだ。そこで君の噂を聞いた」
きっと、弟君のディモン様は、リディアスでの王座奪還の機会を諦められなかったのだろう。王家と共にあれば、僅かなりとも機会はあるかもしれない。マリアンヌは情けなく空を眺めるアーモンを見て、目頭が熱くなってくるのを感じた。とても懐かしくて、とても、切なくて。それなのに、とても安心する。
「……全く君といい、ディモンといい」
「お会いしたかったのです。ただ……お元気なお顔を」
列車の時間が迫ってきていた。
「仕方がない。今夜はディアトーラへ共に行こう。それから、落ち着いて」
そう言ったアーモンが、ふと優しくマリアンヌを包んだ。
「マリー。だが、……私も嬉しい。荷物はこれだけか?」
「はい」
駅員の声が響く。
「最終列車、発車しますよ。急いで下さい」
アーモンの手にはマリアンヌの荷物。そして、アーモンに包まれたままのマリアンヌの手の中には、色とりどりの花に飾られた青い鳥が、包まれていた。
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