『愛が揺れるお嬢さん妻』7◇安らぎ
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◇安らぎ
程好い疲れと楽しかった気持ちをともなって自宅に帰るとガレージには
車があり、もう英介さんが帰ってきていた。
「ただいまぁ~」
「お疲れさま。先にやってるよ~」
そう言って英介さんが缶ビールを持つ片手を小さく振って見せた。
「英介さんもお疲れさま」
「疲れたろ?
あっためるだけですぐに食べられる炒飯と餃子買ってきてるから。
ゆっくりするといいよ」
「ありがとー」
「パパ、ありがとー」
◇ ◇ ◇ ◇
夫婦お互いに朝から出掛けていて少し疲れの残る身体で……土曜の夜、
まったりとふたりでメイキングラブ。
そして心地よい安らぎとともに夢の世界へと誘われていく。
英介さんは私に一つの幸せの種を運んできてくれた男性。
いつも私と眞奈を優しく包み込んで守ってくれるわたしたちの大きな傘。
『ありがとう、英介さん』
結婚してから何度そう想ってきたことだろう。
この夜も何度目かの想いをそっと胸に乗せ、眠りについた。
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幸せの瞬間の詰まった日を経て翌日の昼下がり、苺佳は改めて
今の恵まれた自分の立ち位置に思いを馳せるのだった。
眞奈が保育園に通う年齢になり、数か所の保育園のパンフレットを
取り寄せて今のはとっこ保育園に決めた。
近所には小さい子もいるはいるのだが、たまたま『どの保育園にする?』
などと話せる相手がおらず、不安だった。
案の定入園してみると皆知り合い同士で集っていて、
出来上がっている人たちの中に入っていけるのだろうかと、子供が園に
馴染めるかどうかと同じぐらいの気持ちで自分自身のことが心配だった。
……恥ずかしながら。
そして、初っ端から虐めのような大林の言動に遭遇し、ママ友が
いないにしても、せめて大林のいない保育園にすればよかったと後悔ばかりが
胸の中溢れてきて、苺佳の心の中は土砂降りの雨状態だった。
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でも、眞奈と比奈ちゃん繋がりであんなに嫌いだった大林さんとも
少しずつ打ち解けるようになれ、行事はまだ二つ目だけど彼女たち親子と
一緒に行動してるんだよね。
周囲から見れば完全に彼女と私ってママ友でしょ?
ママ友がいなくてずっと不安だったけれどいつの間にか彼女のお蔭で
ママ友いないのって私だけっていうところから抜け出せたのよね。
私と瑤ちゃんとの園での初日の出会いを振り返るとこの流れは
奇跡じゃないのって思っちゃう。
とにかく眞奈だけじゃなくて比奈ちゃんも預かるようになって、
落ち着いて話すような時間はほとんどないけれど、毎日大林さんと比奈ちゃんの
ふたりと顔を合わすことになって、ママ友作りどうしようとか、眞奈に友だちが
できるかなーとか、考えることもなくなり毎日が充実している。
―――――この時の苺佳は全く意に介さずにいたけれど、大林にとっても
苺佳だけが親しくしている知り合いで他にママ友がいないこと、敢えて彼女が他に
ママ友を作ろうとしていないことも潜在的に苺佳の安心材料になっていたのだ。
―――――――
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親子共々不安なく保育園ライフを過ごす中、翌月には七夕という
お祭り事が待っていた。
入園してからまだ半年も経ってないのにお泊りというイベントが
行われようとしていた。
苺佳が心配したのは娘のことではなく、大林が休みを取れるのだろうか、
ということだった。
初めにお泊り保育園と聞いた時、子供たちだけのことと思っていたら
何と親子でお泊りするというではないか。
この年になってよもやよく知らない人たちと一つ屋根の下で寝ることに
なろうとは!
大林が参加できないとなると、よく知らないおかあさんたちの中で
孤軍奮闘しなければならないのだ。
それを考えると苺佳は憂鬱になるのだった。
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7月に入ってすぐに、いつものように自宅に比奈を迎えに来た大林に
苺佳は何気ない風を装って七夕の日のお泊りの話題を出してみた。
「今月は七夕祭りがあるね。
親子でお泊りって書いてあったけど……瑤ちゃん、どうするの?」
「ン? もちろん行くよー。休みの日だし余裕。苺佳も行くんだろ?」
「あぁ、うんもちろん」
私のバカー!
何故か瑤ちゃんは行けないんじゃないかっていう思い込みから入ってて、
七夕の日が土曜だっていうこと、失念してた。
ちゃんと説明書きを読めてなかったのか!
目はちゃんと文字を追ってたはずだけれど、すっぽりと頭から
抜け落ちてたのだ。
私ったら瑤ちゃん依存症じゃない?
親しいママ友が1人しかいないことの弊害だよね。
……などと独りごちて、苺佳は依存症という特定の人物に
頼り過ぎているかもしれないという自分の気持ちの持ちようを
うやむやにしてしまった。
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七夕の日、いつもはギリギリに間に合うというのが
大林瑤子のスタイルになっていたのだが、珍しく今回は
いつもに比べるとやや早めに保育園に着いていた。
靴を脱いで廊下に上がろうとしたところで比奈が叫んだ。
「眞奈ちゃんだ」
瑤が振り返るとちょうど苺佳家族3人が門扉の開いた所から
入ってくるところだった。
手ぶらの苺佳と眞奈が見えた。
そして妻と子をここまで送って来たのだろう苺佳の夫だという英介が
彼女たちの荷物を手に持ち、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
前回送って来た時の英介はスーツ姿だった。
今日はラフでカジュアルな装いで登場ときた。
それが更に以前のイメージよりも彼を若々しく見せている。
やや釣り上がり気味の程よい濃さの眉、凛々しさを感じさせる
大きな二重瞼、上唇と下唇は黄金比が素晴らしく綺麗なM字型の唇。
凛々しさと甘さが融合されている容貌。
苺佳夫婦は典型的な美男美女カップルといえた。
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迎えた初日の夜のお泊りのこと。
就寝は20時。
壁際の苺佳から右手に眞奈、瑤、比奈と並んで寝ていたのだが
比奈に呼ばれて眞奈が苺佳の横から比奈のところへ行ってしまった為、
苺佳のすぐ隣に瑤が並んで寝ることになったのだが、先に夢の世界へと
旅立っていった苺佳は自分の隣に瑤が横たわっていることを知らなかった。
そして、いつもより早く寝たせいか、夜中にふっと目が覚めてしまった苺佳。
◇ ◇ ◇ ◇
娘の方を見たつもりだったのに……『えっ』瑤ちゃんがすぐ側にいて、
私のことを見つめていてびっくり。
「おはよー」
えっ、私は窓の方を見た。
「まだ暗いよ、瑤ちゃん」
「たまたまだよ」
「たまたま?」
「わたしが苺佳を見てたこと。偶然同時刻に目が覚めたってだけ。
見つめられてたなんて気持ち悪いこと想像したでしょ」
「そ、そんなこと……ないわよ」
「そう? ならいいけど。早く寝ろよ」
そう言って瑤ちゃんは背を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
なら、折角……たまたま……同時期に目覚めたっていうのに、
あまりにも素っ気なくて寂しいーよ、瑤ちゃん。
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