『愛が揺れるお嬢さん妻』6◇ 真実
6
◇ 真実
その夜、大林さんからLINEが届いた。
『今から電話しようかと。いいかな?』と。
『トゥルルルゥ~』
『もしもし』
『お待たせ……』
『……』
◇ ◇ ◇ ◇
『比奈は実の娘じゃないんだ。急死した姉の子なんだ』
『え~っ』私は情けない声しか出せなかった。
『驚かせてゴメン』
『そっか、それであなたのこと、瑤ちゃんって呼んでたのね』
『教えてないのに、保育園ではママって言ってるらしい』
『健気だね、泣きそう』
『泣いてろっ』
そんな言い方おかしくない?
時々、私の理解不能なことを言ってくる彼女に腹立つぅ。
『ゴメン……』
『許さんっ』
『『ふふっ』』
『ほんとは両親が世話できれば良かったんだけど生憎父親が病気で
入退院を繰り返しているような状況で、研修が終わり勤務先も決まってた
私が比奈を育てることになったんだ』
『そうなんだ。何て言えばいいか分からないけど……いろいろと』
『いいよ、改まって何か言葉が欲しいわけではないし。いつも通りにしてて』
『うん、わかった』
『私には夫なんていなくて、比奈が姉の子だってことだけ、
理解しててくれれば』
『じゃあ来月のふれあい保育は……』
『わたしが出席するよ』
『そうだよね。我が家も私が出席するかも。
まだどうなるかはっきりとはわからないけど』
『じゃあ、そういうことで、切るね』
『おやすみなさい』
『おやすみ~』
◇ ◇ ◇ ◇
彼女は独身だったー。
比奈ちゃんのおかあさんじゃなかったー。
なんか、興奮してきたー。
その夜、私はなかなか寝付けなかった。
-
次の日、食卓で夕飯を摂る英介さんに来月に予定されている
父親ふれあい保育の話題を出した。
「それっていつ?」
「うん、来月の7日、6月7日で土曜日なんだけど、もし行けそうなら
参加ってことで。土曜でも休めないお父さんたちもいるみたいだから、
無理はしなくていいと思う」
「まだ今ははっきり行けるかどうか分からないから、そのつもりでいて
もらえると俺のほうも助かる。
ところで父親ふれあい保育ってどんなことするの?」
「私たちは昨日、野菜の苗の植え付けをしただけなんだけど。
父親の時は身体を少し動かしてもらいますって聞いたよ」
「駆けっことか、相撲とか?」
「何なんだろう、当日のお楽しみ?
そうそう、でね、父親の日はイモの苗を植え付けるらしいわ」
「イモってサツマイモのこと?」
「たぶん」
「私たちは夏野菜のトマトやキュウリの苗をプランターに植え付けした
んだけど結構楽しくて、それに収穫も今から楽しみだし……。
家でも家庭菜園初めてみようかな」
「おっ、いいんじゃないか。
無農薬で新鮮なの食べられそうでいいねいいねー。
水遣りくらいなら手伝うよ」
「ありがとー、なんかやる気出てきちゃったぁ。
来月のふれあい、ほんとに無理しなくていいからね。
眞奈のお友達んちもおかあさんが出席するみたいで、私一人って
わけじゃないから」
「そっか……」
「うん」
英介さんに父親ふれあい保育の話をしながら、できれば今回はむしろ仕事が
入って来られなくなったほうがいいのになんて、ふっと頭の片隅で
そんな思いが過ってしまった。
そのことに少し罪悪感を持ったけれど、一方で大林さんたち親子のことを
思うとしようがないじゃない、っていう心の声もした。
眞奈のところには父親がいて、自分んちにはいないっていうことを
比奈ちゃんがどう思うだろうか、寂しく思わないだろうか……と考えずには
いられなかったんだもの。
◇ ◇ ◇ ◇
果たして……6月の父親ふれあい保育の日、夫は仕事が入り
参加すること叶わず。
なので、大林家と古家家では他所の父親たちに混じり、
私たち母親の参加となった。
-
父親不在の親子は私の予想に反して少なかった。
私たち2組の他に2組ほど、他は父親参加で母親も一緒に
付いてきている人たちもいた。
私の家が父親不参加で良かったって心の底から思った。
この先もずっと小学校に上がってからも父親参観ってあるよね。
そう遠くない将来のことを思い、憂鬱な気持ちになったのは……
イベント開始する為全員が集合した時のこと。
-
苗付けを一度経験している母親の私たちはサツマイモの苗付けを
テキパキとあっと言う間にやっつけた。
不思議と前回とは違い4人はおしゃべりもせず黙々と作業をこなした。
周りの父親組は子供たちと楽し気にテーマ通りふれあいをメインに
時間をかけてこなしている。
そんな風景をチラ見して、それこそ一周まわって大林さんを見ると、
『えーっ、ちょ……』彼女は比奈ちゃんを肩車し、あひゃひゃ言って
楽しそうにしていた。
目ん玉飛び出そうなくらい、驚いちゃった。
眞奈が彼女たちの側で『比奈ちゃぁ~ん、気持ちいーい?』なんて
叫んでるよ。
無邪気な仲間たちだなぁ~もう。
「次は眞奈の番だぞ! する?」
「はーい」
眞奈は先生に答える時みたいに手を挙げた。
-
「眞奈、落ちないように摑まってろよ」
大林さん、あなたは女なのよ、女性なのよ。
なのに『摑まってろよ』とか言っちゃって、
『どこの兄ちゃんなんだよー』と突っ込みを入れてみた。
◇ ◇ ◇ ◇
男前過ぎるわ。惚れてまうやろ。
しかーし、私は同性に惚れるわけにはいかないんだけどなぁ~。
でも宝塚の男役に惚れるのはいいよねー。
自分でも訳分かんない世界で問答してたのだけれど、大林さん、
眞奈を幸せな気持ちにしてくれてありがとー、好きーっ!
思い起こせば眞奈が女の子っていうのもあってか、英介さんに肩車なんて
一度もしてもらってないんじゃないかしら。
きゃぁ~、眞奈の初めてを大林さんに持っていかれちゃったのねー。
たいへんー。などと、私も脳内の独り相撲で彼女たちの楽しそうな
肩車の風景を目に焼き付けながら楽しんじゃった。
◇ ◇ ◇ ◇
来ていた何人かのおかあさんたちの目がまたもやハート型になっていたのは
言わずもがなのこと。
しかし、大林さんはそのことに気付いているのかいないのか。
いつか機会があれば聞いてやろうと心に決めた。
-
「どう、怖くなかった?」
「楽しかった、瑤ちゃんありがとー」
「また今度しような」
-
「瑤ちゃんって力あるんだね。
わたし、眞奈のこと肩車なんてしたら立ってられないと思う」
「苺佳、よわっちぃーな」
私は反論などせずにコクコクと頷いた。
「そだよー、私ってよわっちぃーのよン。……瑤ちゃん?」
「ン?」
「おこるかなー?」
「ナニ」
「時々、瑤ちゃんがお兄ちゃんに見える」
「フーン。目、おかしいんじゃね?」
「そうだわ、そだね。私の目おかしいあるよ」
「おし、わかってんじゃん」
「ひっどーい」
「あー……っと、苺佳、今日は病院行かなくてよくなったから
比奈は私が連れて帰るわ」
「はーい、分かりましたン」
私たちは駐車場まで4人で歩いて、そこで解散した。
「瑤ちゃん、ゆっくり休んでね」
「おう、ありがと。じゃぁね」
「さよなら」