表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

『愛が揺れるお嬢さん妻』5◇提案

5


◇提案


その週末、やっぱり大林は時間内ギリギリにお迎えに来た。


「こんにちは」


「こんにちは、……」


「大林さん!」


 眞奈と遊んでる比奈ちゃんに声を掛けようとした彼女の言葉掛けを遮り

私は声を掛けた。


「何……」


「その、少しお話したいことがあるんですけど」



「いいですよ、聞きましょ。どんなこと?」


-



「私、アルバイトがしたいんです。

 だから比奈ちゃんのお世話させてください」



「なっ……。旦那さん高級車乗って迎えに来てたよね」



 へっ、見られてたんだ。

 旦那さんが高級車って……。



「夫は確かに少しお金持ちですが、私は働いてないので

おこずかいがなくて……その……おこずかいが欲しいんです」



「で?」



「へっ?」



「いくら?」

 


「いくら? あぁ、え~と、1000円?」


「ばかにしてんの? 大人のこずかいが1000円って」



「あっ、厚かましい人ねぇ、子供預かるのに一ヶ月1000円なわけないでしょ。

一時間1000円で預かるって言ってんの」


あっ、いけない、素が出ちゃった。

人様にお願い事してる立場なのに。



「失礼、一時間1000円でどうでしょう?」


 高すぎるかな? 

 あんまり安いとバカにしてるのかって怒られそうだし。

 ほんと、この人、面倒ぅ~。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 苺佳の一生懸命な言い草と表情を見ていたけいは、彼女の

心中しんちゅうが駄々洩れで可笑しかった。


-



 実のところ、古家苺佳の申し出を聞きながら私は彼女のことを

いいヤツだなぁ~って、胸のうちで感動してた。


 彼女には絶対知られたくない……が。



 実際のところ、どこぞで人を探さないとまずい、と思ってはいたからな。


 同じ対価を払うのなら彼女が一番の適任者ということになる。

 比奈と眞奈ちゃんは仲良しだし、母親の彼女に懐いてるのだし。

 私も頼みやすい。




「大林さん、えらそーな態度でごめんなさい。

 ぜひっ、私を雇ってください。お願いします」


「わ、わかった。こちらこそお願いします」



「じゃあ、いろいろと予定を聞いたりしないといけないのでLINE交換

しませんか?」


「お、おう」


-



 何を焦ってるんだ、私は。


 ほんと可憐な容姿の割に積極的でつい、ドキドキして相手のペース

じゃないか。しっかりしろ、自分。



 LINE交換を済ませ、古家親子と別れたあとで物思ふ。



          ◇ ◇ ◇ ◇


 よそはよそ、うちはうち。


 誰の手も借りない。

 ……ということを信条にしているのも事実なのだが。



 しかしだ、ほんとうのところ比奈が不憫で苺佳の申し出は

涙が出るほどうれしいものだった。



 そんなわけで、大林の中で苺佳の評価はだだ上がりした。


-



 早速翌日が土曜日の為、LINEで細々とした内容の遣り取りをした。


 大林の予定を書き出してもらい、手渡しには抵抗があるので

アルバイト料はひと月ごとに苺佳の口座へ振り込んでもらうことになった。


 大林から頼まれたわけでもないのに、子供を預かることになって

苺佳の気持ちは揺れ動いていた。


 それは大林の気持ちを傷つけたのではないかというものだ。


 迷った挙句、翌日、いろいろと考えて作った謝罪と気遣いの文を

大林に送った。


-

 

『この度は私の勝手な申し出を受け入れてくれてありがとうございます。

わかってるんです。どんな家庭にもそれぞれの事情があって

努力されてるのに、他所様よそさまうちのことに口を出しては

いけないって。


 でも比奈ちゃんがうちの眞奈と仲良くしてくれるのがうれしくて、

私……だから……比奈ちゃんには笑っていてほしいんです。


 大林さんの気持ちを傷つけてしまったかもしれません。許してください』



『気遣いありがとう。

 古家さんって素直で良い人なのだな。


 いいよ、気にしなくて。

 そこまで私たちのことを想っていてくれたなんて思ってもみなくて、

今、小さく感動してる。安心して』


          ◇ ◇ ◇ ◇


 すぐに返信があった。

 よかったぁ~。

 彼女に気持ちが通じて。



 私は涙目になりながら小さく頷いた。


 それと共に、明日から比奈ちゃんがみんな帰っていなくなった

保育園の片隅で先生が付いてるとはいえ、一人ぼっちで母親を待たなくて

よくなったことに安堵が広がりほっとした。


          ◇ ◇ ◇ ◇



けいちゃん、明日から苺佳ちゃんと眞奈ちゃんが

瑤ちゃんがお迎えに来てくれるまで一緒にいてくれるんだよね。

よかったぁ~」



「比奈、ごめんな、今まで不安な思いさせて。

 ね、眞奈ちゃんのママのこと苺佳ちゃんって呼んでるんだ?」



「うん、そうだよ。

 比奈が瑤ちゃんのことケイちゃんって言うの聞いてて眞奈ちゃんも

ママのこと苺佳ちゃんって呼ぶようになって、比奈にも苺佳ちゃんって

呼んでねって、眞奈ちゃんのママが言ってくれたの」



「そっか」



「あっ、でも比奈、先生や他の子の前では瑤ちゃんのこと

ママってちゃんと言ってるよ」



「そっか……比奈はえらいなぁ~」



「うふふっ」



-



 比奈は実の娘じゃない。

 急死した姉の子だ。

 比奈は両親ともに事故で亡くした。



 本来ならばうちの両親が比奈の世話をできればいいのだが。

 

 父親が病気で入退院を繰り返している為、母親が比奈の面倒までは

見切れない。


 それで、ちょうど研修期間も終了し医師としての勤め先も決まった私が

働きながら比奈を育てることになった。


 だから私や家族のいるところでは比奈は私のことを瑤ちゃんと呼ぶ。


 比奈に別段保育園では私の事を『ママ』と言いなさい、とは

言いつけてはいなかったのに、比奈はちゃんと空気読めてたんだ。


 比奈っ、すごいぞっ。



 -



 苺佳は翌月曜日から早速金曜日まで比奈と眞奈のふたりを一緒に

連れて帰るようになり、大林もお迎えは保育園ではなく、苺佳の家に。

 

 そして比奈を自宅へと連れ帰る、という生活になり。


 そのような生活に慣れた頃、土日を挟み、月曜はふれあい保育の行事が

彼らを待っていた。

 

      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 今日のふれあい保育はキュウリやナス、トマトなど

野菜の苗の植え付けになる。



 全員揃ったら担任のところまでプランターを取りに行くことになっている。


 苺佳と眞奈含めほとんどの保護者と子供たちが集った頃、遅刻スレスレに

颯爽と現れた大林と比奈。



 比奈は眞奈の姿を見つけるや否や急ぎ足で駆け寄って来た。


 感じる周囲の婦女子たちの大林に向けられる熱い視線。



 まただ。はぁ~。苺佳の口からため息が漏れた。


 明らかに大林は彼女たちのスターだった。



 これまでも何となく感じてはいたけれども、今日今この時、

彼女たちの気持ちなど気付きたくなかった。



 ……なのにいち早く気付いてしまった。

 なんで?



          ◇ ◇ ◇ ◇


 自分は大林のことなどスターだとも思ってないし特別な感情など

ない……はず。


 それならどうしてこんなにも周囲の醸し出す空気に瞬時に

反応してしまうのか? 



 そんな風に自問自答している苺佳の動揺を知ってか知らでか、

気が付けばズンズンと大林が自分のいる方へと向かって来るではないか。



 何故か焦る自分を感じる苺佳だった。


-



「やぁ、私が最後みたいだな」


 焦るふうでもなく、彼女は挨拶代わりのように話しかけてきた。


 普通は『あー、遅刻するかと思っちゃった~、こんにちは』くらいの挨拶をするのでは?  


 あとはさぁ、『今日は晴れてて良かったね』とか、地味にお天気の話で

会話を繋ぐものなんじゃないの。


 ……な~んて私も一人目の子で他のお母さんたちとの遣り取りは

未経験なんだけど。



 脳内で彼女に対して非難めいたことをあれこれグダグダ考えながら

目の前の人の行動を見ていたら……彼女、あとは余計なことは話さず、

さっさと先生のところまでプランターを貰いに行ってしまった。



 いけないっ、私ったら後から来た人に負けてるじゃないの。


 悔しい~。


 だけどこんなことに闘志を燃やす私って小さい人間だわ。

 いやだぁ、もう。

-


 今日の私の出で立ち、土いじりするから洋服コーデは

ブルージーンズに白の長袖チュニックにした。


 対して彼女、大林さんはというと、黒のTシャツにインディゴの

スリムパンツ、Tシャツの上にはマフラーのような丈長めのタイのような

形状のものを鎖骨辺りで結び目を作りそのまま下に垂らしている。



 なんなのなんなの、そのモデルが纏うようなコーデ。

 しかもタイは実に彼女に映えてる。


 颯爽と現れた瞬間からただのTシャツとパンツを纏った彼女は

(みな)の目に特別な人間として異彩を放ち、私をも

いろいろと困惑させたのだ。


 私はどうして困惑などしたというのか? 


 園の行事と言えばまだ入園式と今回のふれあい保育で2回しかないと

いうのに、振り返ってみれば、一度目と今日では彼女に対する心象は

明らかに違うけれど『困惑した』という点においては同じだ。




 お迎えの時など、ふたりの時には感じないもの、明らかに私は

周囲の婦女子の熱に煽られているのかもしれないと気付いた。


 私ったら影響され過ぎ。


 大林さんは女性で宝塚には入団してなくて、男役のスターでもない。


 ただの一主婦なんだから、周りに煽られてるんじゃないわよ苺佳。


 そんな風に私は自分にカツを入れた。


-


 比奈ちゃんと眞奈が仲良しなので必然的に私たち親子は

二組で一塊みたいな形になってプランターに苗付けをしていった。



 なるべく眞奈にやらせようと私は口だけでサポートして

最初見ているだけだった。



 片や、大林さんってば、楽し気に比奈ちゃんと一緒になって手際よく

ドンドコドンドコ苗の植え付けを進めていき、あっという間に

ほとんど終了させてしまった。


 彼女は手を動かしつつ、比奈ちゃんとおしゃべりをし、眞奈にまで

話かけたりしてくれた。



 その様子を眺めていた時、私の脳裏に病院で脚を診てもらった時のことが

ふと蘇った。


 あの時も彼女の細くて長い指がきれいな動きをしていたなぁ~とか、

本当にこの人の手はほどよいバランスを保っていて、ずっと見ていたいと

思わせる手の造形をしているなぁ~とか。


          ◇ ◇ ◇ ◇



「ね、そろそろ動かないとやばいんじゃないの? 

眞奈ちゃん、だいぶ遅れてるよ」



 彼女の声ではっと我に返り、私は焦りまくり。


-


『えーっ、ずるい。うちの眞奈なんて1苗終わっただけなのにさぁ。

いいわけ? 親がほとんど手伝って楽しむなんてー』


 ぶつくさ心の中で呟きながら周りを見渡すと、あれぇ~、みんな

手伝ってるぅ~。ひどーい。



「ねぇ、なんで子供だけにやらさないで手伝っちゃうの?」




「何言ってんだよ。ふ・れ・あ・い保育だろ。親と一緒にやるんだよっ。

苺佳も早く眞奈ちゃん手伝ってやりな」



「んもうっ~、しょうがないなっ。大林さんには敵わないよ」



          ◇ ◇ ◇ ◇



 眞奈と並んでプランターに入れた苗の上から一生懸命土を被せてるうちに

手がドロドロになったので手洗い場に向かった。



 手を洗ってると二人のお母さんたちが寄ってきた。

 手を洗うのかと思いきや、洗わず私に問いかけてきた。



「ねぇ、眞奈ちゃんのママはいつの間に比奈ちゃんママと仲良くなったの?

 昔からの知り合いだとか?」 


「え~と、昔からっていうほどでもないんだけど、その……」


「彼女、むちゃくちゃ雰囲気あって中性的魅力っていうの、素敵よね~。

仲良しでうらやましいなぁ~」



「いえ、仲良しってほどでもない……ン……」



「ちょっと薪田さん、子供たちが何か呼んでるみたい」「あらまっ」


「もっと彼女のこと、いろいろ訊きたかったんだけど。

古家さん、じゃあまたね」


「はい、また」




 疲れたぁ~。先が思いやられるわー。


 早くしないとうちだけ遅れてるからと内心焦りまくりながら、

貴重な時間をおばさんたちに取られて少し腹立たしいなどと毒づきながら

小走りで眞奈のところへ戻った。


          ◇ ◇ ◇ ◇



苗付けに集中しようと作業を始めると「ママ、瑤ちゃんが手伝ってくれたんだよ」

と眞奈から報告があって、『ありがとう』と言い掛けたのに対して、

少し残してほぼ終わりかけのプランターの中の苗を弄っている人から

声が掛けられた。 


-



「人気があるんだなっ」



 人の気も知らないで頓珍漢なことを……。

 人気があるのはあ・な・た。あなたのほうなのよ。



「それほどでも……って人気があって私に話し掛けてくれたのだったら

よかったんだけど。人気があるのは、大林さんのほうよ。


 大林さんと私、近くで一緒に苗の植え付けしてるから

『大林さんとは仲いいんですか? とか昔からの知り合いなの?』

とかって、訊かれてたんです」



「なに、それっ」



「そーよね。私たち仲良しかって訊かれたらビミョーですもんね」



「なにっ、それ。仲良しだろ? 娘預けてるんだし」



「そうなの? そう思ってていいの?」



「そーだよ。私たちは仲良しさんだぞ」



「そうかなぁ~」



「難しく考えない。ほれっ、うちは3つとも苗付け終了っと」



「やばいっ」



「面白いな。苺佳はしゃべってると手が止まるんだ」


          ◇ ◇ ◇ ◇



 い、苺佳ぁ~。

 大林さんから突然苺佳呼ばわりされて私は焦った。



 だって苺佳呼ばわれするほど私たちの距離はそんなに狭まってないもん。



「はいはい、そこーっ!恥ずかしがらない。私たちは仲良しさんなのだから

下の名前で呼び合おう。私のことは (けい)って呼んで」



「えーっ」



「それでさぁ、他のおかあさんたちから……ほらっ、さっき言ってただろ、

昔からの知り合いなのかとかって訊かれたって。



 ちょうどいいやっ、昔からの知り合いってことにしておこう。

 いずれ苺佳が比奈を預かってくれてることも周囲に分かることだろうし。


 いろいろ詮索されるの、あなたも嫌でしょ?」




「あー、言われてみればそうよね。

 大林……じゃなかった瑤ちゃんって頭の回転早いー」



「何、今頃わかったって? お・そ・いー」



「参りました」


-

 

 私のところのプランターも苗付けが終わり、周囲もほとんど

終わったみたいで、ひとり・ふたり・と皆、帰り始めた。



 子供たちは『さよなら』を言いに先生のところまで走って行った。


 子供たちがこちらに戻って来るのを目にしながら私は、

大林さんに話し掛けた。



「来月は父親のふれあい保育があるみたいだけど、うちは仕事が忙しくて

まだ参加できるかどうかわからないのよ。

 大ば……瑤ちゃんのほうはご主人来られるの?」


「あっ……」



 私の質問に『あっ』と言ったきり、大林さんは固まってしまった。




「悪い、その質問保留な。


 答えるには今日はちょっと時間が足りないや。


 今から病院行かなきゃだし、お迎えに行った時か、夜にでも話すわ。


 じゃあ行ってきます、お先に。比奈のことよろしく」



 そう言って彼女はヒラヒラと比奈ちゃんや私たちに手を振り、

来た時とは対照的に速足で園を後にした。


-


         


 元々彼女、今日は一日有給を取る手はずにしていたようだが、

私が比奈ちゃんを預かるということになり、今日のことも半日

預かれると話したところ、午後からの出勤を決めたようだった。




 外来患者の診察以外にもいろいろとこなさなければならない業務が

山ほどあるからだと聞いている。



 それにしても何だろう、複雑な事情でもあるのだろうか。

 そんな含みのあるよう言葉を残して帰って行った人。




 彼女の旦那さんって今、海外にいるとか? 


 そんなことしか閃かず、彼女が比奈ちゃんを迎えに来る時まで

ご主人の話は待つしかなかった。



 モヤモヤしていたものの、子供たちのお昼ご飯の用意をしたり

家の用事をしているうちに、あっという間にお迎えの時間になった。



 けど、彼女も夕飯の支度のこととかもあり案の定、我が家で話し込める

時間などあろうはずもなく、ご主人の話は夜へと繰り越されることとなった。

      

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ