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『愛が揺れるお嬢さん妻』3◇ 再会

3


 ◇ 再会


 大林は娘の通う幼稚園の入園式で古家苺佳を見かけた時には

息が止まるかと思うほど驚いた。


 ……と共に何故か『いいなぁ~こういうの』という気持ちが

芽生えてもいた。



 しかし、悲しいかな大林にはこのようなシチュエーションで苺佳に対して

どう振舞えばいいのか、声の掛け方が分からなかった。


 そこで彼女と近付きになる切っ掛けの欲しかった大林は苺佳が自分の方を

見ていたのに気づくと積極的に声を掛けた。



 だが声の掛け方を間違えてしまったようで、目の前の可憐なその人は

半泣きで自分の言動に抗議している。



 あわわわ、どうしようか! 大林は焦った。



 彼女は私が診察の間彼女の事など何一つ見てなかったというようなことを

口にし、責めるのだが……そんなことは断じてない。



『見てなかったという振り、ここに集った時もどのように声を掛ければ

いいのか分からず、覚えてない振りをしていただけなんだけどなぁ~』

と声なき声で呟いた。



「参ったなー」


 今度こそ、呟きとなって口から零れ落ちた。


-


          ◇ ◇ ◇ ◇


 ほとんどの子供と保護者たちが出揃ったところで

『良かった』とひとりごちた大林。



 入園式が平日だったせいか母親だけの参加がほとんどだったからだ。

 比奈に寂しい思いをさせずに済んだ。


 式そのものは小一時間で終わり、子どもは各クラスに集められ、保護者には

ちょっとした説明会が行われた。



 ご近所さんと一緒らしく話に花を咲かせている母親たちが散見される。


 園のほうから、父兄が園に集った折には交流を深める場にしてほしいと

スピーチがあった。



 母親同士のというか女性同士の付き合い方も分からないし、少しこの場で

積極的に話に混ざったからとてこの先自分たち親子にそれが何かしら

作用するとも思えず、大林は比奈を連れてとっとと帰ることにした。



-



 多くの母親たちがまだこの場に留まっている中、もう一組、そそくさと

知り合いというほどの知り合いなのか何なのか適当に周囲に軽く会釈しつつ、

帰ろうとしている人物がいた。



 先ほど言葉を交わした古家苺佳だった。



 少し間合いをとって彼女の後ろに付いて歩いていると、門を出たところで

迎えに来ていた車と遭遇した。



 彼女の夫らしき人物が窓から顔を出し、彼女と二言三言葉を交わした後、

彼はふたりを乗せて走り去った。



 ちらりと上半身を見ただけだが、なかなかな洒落者と見た。


 美男美女カップルかぁ~。

 目の前で見た絵面で、すぐにかわいい妻と子を溺愛する構図が浮かんだ。



 診察に来た時に彼女が既婚者であることは分かっていたのだし、そもそも

この場で会うということは既婚者前提なのだ。


 そして自分だけがそういう意味では異邦人なのかもしれない。


 それなのに自分はさきほどの光景を目の当たりにし、

モヤモヤしてしまった。



 何なのだろう、このモヤモヤの正体は?



 比奈が側にいたので声にこそ出さなかったが、『チッ』という言葉が

出そうになるくらいは嫌な感情に囚われた。



-



けいちゃん、さっきの子ねぇ~」


「うん? 車に乗って帰ってった子?」


「うん、そうだよ」


「どうしたの?」


「お話して、『仲良くしてね』って言ってもらったー」


「そうなんだ。もうお友達、できたのかー、良かったな」


「むふふふ。うんっ」



 母親は私に冷たく……なのに娘同士は友達かぁ~。


 心中複雑だが比奈がいいなら、よしとしよう。


 娘に仲良くしてくれる友達ができたことは喜ばしいことだ。


          

 気分が上昇した為、先ほどのモヤモヤした気持ちの深層に

分け入ってみようとした気持ちも薄れていった。


-


          ◇ ◇ ◇ ◇



「忙しいのにありがとう。助かっちゃった」


「お疲れ様、君も疲れたろ?」


「慣れないから、少しね」


「眞奈、保育園どうだった?」


「友だち、できたよ」


「そりゃあよかった」


話をしてるうちにあっという間に家に着いた。



「また、仕事に戻るよ」


「うん、気をつけて」


「パパ、いってらっしゃい」



 夫は眞奈に手を振り、職場に戻って行った。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 入園式からの帰りはタクシーを呼ぼうかなんて考えてたんだけど、

仕事を抜け出して英介さんが迎えに来てくれた。


 バス通園の保育園で徒歩での家までの距離は超微妙。

 眞奈にはちょっとキツイ距離。



 できれば来てくれるという話だったけれど、あまり当てにはしてなかった。

 なので、やっぱり英介さんの顔を見たらほっとした。



 カッコ良くてやさしい自慢の夫。

 ちょっぴり残念なのは、仕事が忙しくてなかなか家族一緒の時間が

取れないこと。



-



 私は幼少時より親が仲良くしていた家の男児と婚約していた。


 それが夫の英介さん、って言いたいけど、それは英介さんの実弟で

俊介くんだった。


 影山俊介。


 紆余曲折あってその俊介くんの兄である英介さんと結婚したんだよね。


 世の中には結婚相手が見つからなくて困っている人たちも大勢いるのに、

物心ついた時には未来の伴侶が決まってたなんて、なかなか運に

恵まれてるんだと思う。



 で、ちょっと、俊介くんには申し訳なかったけれど、中学生ぐらいになると

彼のお兄さんである英介さんが許婚いいなずけならなおよかったかも、

なんて考えがチラホラ浮かぶようになっちゃって。



 少し罪悪感なんかもあったんだけど、あらぬ展開で本当に英介さんと

結婚することになって、ほんとにびっくりした。


 私ってどんだけ強運なんだろうって思ったわ。

 きっとご先祖さまのお蔭なんじゃないかと思う。



          ◇ ◇ ◇ ◇




 ハイスペックで素敵な夫と可愛い愛娘に恵まれ幸せ一杯の古家苺佳は

帰宅後、明日から通園の始まる眞奈の新しい生活のことや週末家族3人で

ゆっくり過ごせるかどうかなどに思いを馳せながら夕飯作りに精を出した。


-



 子供たちのお迎えの手段は距離的なこともあり、各家庭でマチマチだった。


 下の子をバギーに乗せて、歩いて連れ帰るお家もあれば、自転車に乗せて

帰る人もいて。



 ただし、車での送迎は禁止されている。

 

……というか、送迎そのものが禁止なのではなく、園の近隣に

駐車することが禁止なのだ。



 苺佳は園から徒歩5~6分の場所にちょうど上手い具合に

車を置ける場所を知っていてそこを利用している。



 途中まで徒歩、そののち車で帰るという態だ。


 その場所は神社と道ひとつ挟んで建っている幼稚園を直角にして

それぞれの目の前にあり、お参りに訪れる人たちや園のお迎えに来る人たち、

といった具合に皆が利用する場所になっている。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 時間の差でちょうど保育園のお迎え時にはほどよく空いているので

助かっている。


-



 保育園なのでお母さんたちも働いている人が半数くらいはいるよう

なのだが、16時頃のお迎えには仕事を終えてから来ているので、

帰りは知り合いに会うと彼女たちはしばしお喋りという気晴らしをして

帰るようだった。



 苺佳は近所周りに娘と同い年で同じ保育園に来ている子がいないので

必然的にここで話込んで帰るほどの知り合いはいない。



 娘を迎えに来て、先生と少し話して帰るだけ。


 眞奈と園の入り口までの道のりを歩いていると聞こえてくる母親たちの

お喋りの中に『大林さんって……』と、あの彼女の名前が聞こえてきた。



 その時、ちょうど眞奈が居残りの仲良しさんと立ち止まって

しゃべり出したので、意図的に聞こうなんて思っていなかったけれど、

彼女のことを聞いてしまう羽目になった。



 -



『彼女、背が高くって目鼻立ちがはっきりしてて、カッコよくない?』


『うん、分かるぅ~、マニッシュコーデでよけい中性的魅力が

際立ってるっていうか、いいよね~』


『『『きゃははっ』』』



『私たまたま、この間彼女と少し話したんだけど、すごいよー。

眼を見てくらくらってきたもんっ。瞳の中に星が見えたのよ。

キラキラしてた』



『なんかそういえば、クォーターっぽいよね。

 骨格なんかもさ、中性的プラス外国人の血、みたいな』



『ずっと思ってたんだけど、ほら宝塚の天海祐希に似てない?』



『『『似てるー!』』』



-



 確かに見目麗しく美人というよりイケメンと形容したくなるような

容貌ではあるが、大林が同性から異性を見るような眼差しを向けられて

いたとは。



 10代の頃から夫LOVEで結婚してから5年、これまで夫以外の異性に

余所見などしたことがなく、また見た目も内面も夫以上の異性と

出会ったことのない苺佳からすると不思議な感覚だった。



 彼女たちの立ち話を聞いていると、大林にトキメイているような

話振りなのだ。



 苺佳からしてみれば、これまではまず宝塚というものに興味を持ったことが

なく、男役の女性を異性を慕うように好きになるという感情《感覚》

そのものが理解し難く、そういう世界もあるのだと思うしかなかった。


          ◇ ◇ ◇ ◇




――――― 苺佳自身入園式の日、大林から

「去年、外来に来てた人……かな?」

と鳶色の瞳を向けられた時、ドキドキするという経験をしていたのだが、

そこはカウントされなかった。


 苺佳自身、忘れてしまいたいことだったから。―――――


-



 きっと皆の注目の的王子からあんなひどい言葉を掛けられたのは

100人くらいいそうな母親たちの中できっと自分だけなのだろう。



「ふんっ、何か素敵ぃ~カッコいい~、よ。

あんなへっぽこ野郎、ヤブ医者ぁ~」


 立ち話している人たちの方に向けてキタナイ言葉で彼女のことを

罵っていたら、いつの間に? 自分のところまで戻ってきていた娘に

問われた。



「ママ、へっぽこ野郎ってなぁに?」


「えっ? へっぽこじゃなくて、ひょっとこ野郎って言ったのよ。

面白い人のこと」



「ふ~ん。ヤブ医者ってなぁ~に?」


「お医者様なのに病気を治せない人のこと。

ねぇ、眞奈、今日の晩御飯何がい~い?」



 急いで話題を変えたけど、危ないあぶない。

 子供の前で迂闊に口から思ってること出せないわね。


 もう4才で人の話すことよく聞いてるもの。

 気をつけなきゃだわ。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 ほんとは少し残念な気持ちだったのだ。


 別に特別スター扱いしたいわけじゃないけど、周りの母親たちと

一緒になって『カッコいいよね』って言えたら良かったのだ。



 へっぽこ野郎だのヤブ医者だの言わなければならない自分の立ち位置が

苺佳は残念でならなかった。



-



 悪態をつきつつも、彼女たちの他愛のない会話を耳にした苺佳は

自然と彼女の佇まいを思い返していた。


 

 そう、今耳にしたように彼女の瞳の色と輝きは顔の造形とマッチしていて

人を虜にする魅力がある。


 頬から顎にかけてのラインが素晴らしい。


 シャープで造形が美しく、前髪を上手く7:3に斜めにサイドへと

全体的に流し、毛先の跳ねているショートヘアーがそんな彼女を

一層引き立てている。


 耳にはBLACKの小さなピアスが嵌っており、服装がこれまた小粋な

マニッシュ風で高身長ときている。



 宝塚の男役に嵌れる女性なら完全に彼女の虜になるのは必至だろう。


 すごいな、彼女。

 まだ入園式から一ヶ月足らずだというのにこの人気振り。


 なんだか分からないけど、モヤモヤする。


『あんな奴に人気があるなんて、人生舐めてるよ』

胸中の呟きに、ン?誰が人生舐めてることになるのかしら? 


そそそ、大林だよ。大林はさぁ、人生舐めてんのよ。


と、むちゃくちゃな理論をぶちかましつつ、苺佳は眞奈と帰途についた。




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