『愛が揺れるお嬢さん妻』2◇ 診察(初めての出会い)
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◇ 診察(初めての出会い)
「先生から、前回受けていただいた検査結果のお話がありますのでどうぞ
お入りください」と待合スペースに座って待っていた私の元へ、
やさしそうな看護師が声を掛けに来た。
私は促されるまま静かに部屋に入り椅子に腰掛けた。
「こんにちは。宜しくお願いします」
コンピューター画面に視線を向けている先生の横顔に向かって挨拶をした。
「古家さん、残念ながら現状では脚の完治は見込めません。
このような説明自体もおかしなことにはなるのですが。
……というのも、様々な検査をして出たデーターを見るとですね、
見た目に反してどこも異常なしと出てるんです。
……ということは、病理が不明、もしくは無し、であるため、治療の
しようがないということになります」
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目の前の寡黙かつ飄々としたイメージのある中性的でどちらの性からも
注目を浴びそうな見目麗しい医師から、私はある意味絶望的な見解を
告げられた。
私への説明の間、医師は終始ほぼ画面を見たままの状態で、最後に
チラリと私を一瞥したものの、治らないと宣言されたような者の
私に対して何の感慨も持ち合わせてないというのがダダ漏れだった。
治らないと知らされ途方に暮れた私の 独りよがりな受け取り方なのかも
しれないが。
診てくれる先生が我関せずだろうが親身だろうが私の脚の病気が
治らないという結果は変わらないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
そんな思いをあれこれ抱え、その日私は帰途についた。
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検査結果に異常がなく病理が不明と言われましても、実際脚は
足首から上に向けて色が通常の肌より色濃く変色しており、時として
内部には何かの塊でも育っているのかと思えるような、例えるなら
脂肪の塊のようなものが出現したりするのである。
これで病気の根拠がどこにも見当たらないと言われても
到底納得できるわけがない。
しかし、最悪のことはひとまずないということで安心している自分もいる。
肉片を切り取るという手術までしての検査。
良いように受け取ろう。
病気は脚に聞きながら……寄り添いながら……気長に
付き合っていこうと私は決めた。
◇ ◇ ◇ ◇
気持ちが落ち着いたところで、ふと浮かんだのは
やはり独特の雰囲気を持つ皮膚科医のことだった。
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県立医療センターに皮膚科医として勤務している若き医師大林は、
町医者からの紹介状を手に、自分のところへと尋ねてきた女性のことに
思いを馳せる。
彼女を診たのは二度。
一度目はほとんど相手を見てなくて、顔も朧気だった。
初見で紹介状の医院の名と医師の年齢から、難しい病気ではないかと、
ある程度の予測はついていた。
その女性患者のことは珍しい苗字であることも相まって密かに
若い医療従事者たちの間で『古家さん』と呼ばれて噂されるほどだった。
聞くところによると、とにかく可愛らしい女性で見ているだけで
幸せな気持ちになれるのだとか。
◇ ◇ ◇ ◇
そんな語り草と併せて
『あの大林と古家さんの絵面が見てみたい』
と言われていたことまでは把握し切れていない大林だった。
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自覚しているのか、いないのか、大林もまた、人から見て多大に
魅力的な容貌をしている人間のカテゴリに属していた。
大林がその彼女の話題をちらっと小耳に挟んだのは、昼食に出た
院内の食堂で、だった。
自分はいつものようにモニターを見たままで初診を終えていて、
彼女の顔などは一切記憶になかった。
ただ初回の触診で彼女の脚を台の上に乗せてもらい患部を診ただけで。
いろいろと形容の仕方はあろうが簡潔にいうと、プルルンっとした
美しい脚だった。
患者を診るようになって初めてのことだった。
それほどまでに美しい患部を診たのは。
そして、だからといって顔も美しいに違いないなどという発想は
出てこなかった。
ただ黒ずんだ色の患部が際立っていることを少し残念に思ったことは
記憶している。
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二度目の来院でも検査結果と自分の診断を仰ぎに訪れた古家苺佳を
露骨に見ることはしなかった。
だが、周囲の彼女に対する世評を耳にしていたせいか、いつものように
モニターに視線を向けてはいたものの、時折看護師との遣り取りで
苺佳の視線が自分に向けられていない隙を縫って、大林は彼女の顔を
盗み見していた。
◇ ◇ ◇ ◇
彼女は脚も美しかったが顔の造形も魅惑的に整っていた。
きっと見た者の目を惹きつけずにはおれないだろうなと思わせる、
楚々とした黒曜石の瞳を持つ可憐でビューティーな女性だった。
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県立など大きな病院は地方公営企業法を全部適用し、病院事業管理者及び
病院局を設置、地方自治体が電気、工業用水などを販売して得られる収入を
もとに経営を行っている企業となっている。
……なので、最先端の医療機器が揃っていて、難しい症状などの場合、
綿密な検査が受けられるのが利点だ。
だが、配置されている医師はというと、それほどベテランが揃っていると
いうわけでもないのが実情。
特に皮膚科に至っては医大を卒業し研修医として研鑽を積み、
そのまま流れてきているような状況で、いわばぺいぺいの寄せ集めみたいな
科だ。
いうて、自分もその中の1人に過ぎない。
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『症例をごまんと診てきた70代の開業医が手に負えない病気なんて、
たまさか検査で何か判る場合は別として、こちとらごときに
判るはずもなく……』
◇ ◇ ◇ ◇
可憐で美しい古家苺佳の病気を治すことができなかったという心残り。
それが大林の呟きとなって口から零れ落ちた。