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『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   作者: 設楽理沙


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17/25

『愛が揺れるお嬢さん妻』17◇七夕祭り

17


 そして……待ちわびた

    ――― 七夕祭りの夜のこと。


 今年も早寝をしてしまい、やっぱり夜中に目覚めると自分を見つめる

瑤の顔が間近に見えた。


 苺佳は微笑んで瑤に訊いた。


「どうしたの? 眠れないの? 私だけ先に寝ちゃってごめんね。

確か去年もだったよね、私ったら先に寝てしまって」


 小さな囁くくらいの声音で一気に瑤ちゃんに話し掛けた。


 昨年の七夕のお泊りでは、ただただ驚くばかりだった。


 瑤ちゃんのこと、あまり知らなかったし緊張の方が勝っていて、

今みたいにとてもじゃないけど自然体で話し掛けたりできなかった。


 瑤ちゃんに話し掛けながらそんな去年の自分たちの関係を懐かしく

頭の片隅で思い出していた。


 今の瑤ちゃんなら昨年のような尖った物言いは返してこないだろう。

 話し掛けながらそんなことも併せて苺佳は考えを巡らせた。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 果たして……瑤の返事は?

-


「寝る子は育つっていうだろう。

苺佳は子供みたいに健康的で羨ましいよ、ふっ」


その返しは何なの? とは思ったけれど瑤ちゃんの表情と物言いが

やさしかったので、良しとしよう。


 私の欲しかった言葉じゃなかったけど。

 ……って私は一体どんな言葉が欲しかったのだろう。


 いくら考えてみても自分でも分からないけれど、欲しかった言葉じゃない

と言うことだけは分かった。



 この後瑤ちゃんはやっぱり昨年のように背中を向けて眠るのかな?

寂しい。


 そう思っていたら瑤ちゃんから話し掛けられて、ちょっとそわそわして

しまった。


          ◇ ◇ ◇ ◇



「苺佳、手、かしてみ」


 瑤ちゃんにそう言われて私は右側にいる彼女に左手を差し出した。


 差し出した手の平に瑤ちゃんが自分の手の平を合わせてきた。

 瑤ちゃんの右手はそっとソフトにぴったりと私の左手の手の平と

合わされた。


 その手は大きくてとっても長くてきれいな指が並んでいる。

 肌から伝わってくる熱に少しドキドキした。



 手の平を合わせただけで何も言わない瑤ちゃんに気付いた。


『えっ? これって何か意味があるから私たち手の平合わせてるのよね? 

 どういうこと、教えて』


 心の中で❔マーク飛ばしてる私にゆっくりと手の平を離した瑤ちゃんが

言った。


「寝ようか……」


『は、なにそれ』気持ちとは裏腹に私は素直に返事した。

「……うん」



 そう言って(「寝ようか……」)目を瞑った瑤ちゃんは仰向けの体勢に入り目を閉じた。



 私は斜めの形で横向きになっていた体勢そのままに、しばらくの間、

どこもかしこも造形のきれいな瑤ちゃんの横顔を名残惜しいと思いながら

じっと見続けた。


 お泊りはこれが最後だから瑤ちゃんの寝姿を見られるチャンスは二度と

ないのだと思うと、見つめるのに気合がはいった……つもりだったのに、

すぐに意識を手放していたのだろう。



          ◇ ◇ ◇ ◇


 残念なことをしたと翌朝、そのことに気付いた。

-


 苺佳が早々と夢の国へ誘われていった後、その隣では眠れずにいた瑤が

またもや先に寝入ってしまった苺佳の寝姿を見つめている姿があった。


          ◇ ◇ ◇ ◇



 あ~あ、一度寝て起きたら普通なかなか寝られなくて困るものなのに、

苺佳ったらもう夢の中だよ。


 自分のことは少しも意識されてないのかもしれないと思うと、自信を

なくしそうになる瑤だった。



 でもそのお蔭で苺佳の可愛らしい寝顔を堪能できたので瑤は満足だった。


 くるんとカールしたフサフサまつげの下のいつも輝きを放っている

黒曜石の瞳と共に、脳や身体の休息に入っているのだろう。


 安らかな寝顔だ。

-


 好きだった(旦那)が浮気をしているのだと先々月に聞いたきり、

私たちの間でその話は出ていないけど苺佳は辛いだろうなぁ。


 最近週末になると私たちは親子で会っているので何気に苺佳の様子は

気に掛けているが、泣いて暮らしているようにも見えないので、

その問題にわざわざこちらからは水をむけないようにしてるんだけど。


 苺佳が何か行動を起こす時がくれば支えになってやりたいと思う。


『私が苺佳の支えになってやるよ』

 

 瑤は隣で眠る苺佳にそっと声を掛けた。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 今年も先に眠りの世界に早々と旅立っていった彼女の寝顔を見ていたら、

これも昨年と同じなのだが夜中に一度苺佳が目を覚ましてしまい、目と目とが

合う形になった。


 去年は見つめていたのがバレた気まずさから意地の悪い言葉を投げつけて

しまったのだけれど、今回は自分の気持ちを知らせてあるので

動揺することもなく、苺佳に向き合えた。



 目を覚ました時にじっと見ていた私と目が合ったことに気付いた苺佳が

にこっとして謝ってきた。


『どうしたの? 眠れないの? 私だけ先に寝ちゃってごめんね。

確か去年もだったよね、私ったら先に寝てしまって』

などと、かわいいことを言うもんだから、彼女に触れたくなって

少し困ってしまい意味もなくとっさに手の平同士を合わせたりなんか

してしまった。



 苺佳の顔には❔マークが出ていたけれど、

『どういうことなの?』って。


 理由はあるけど、言えない理由なんだから言わないよぉ。



『寝ようか……』とだけ言い置いて、卑怯? にも私はさっさと寝たんだ。


 いろいろ理由を訊きたかったろうけど苺佳は引き下がり

『うん……』とだけ返事を返してきた。


 目を瞑った後、彼女が横から自分のことを見ているかもしれないと

耳からの情報でそう思ったけれど、ここで再度目を開いてしまったら

手くらいは繋いでしまいそうな気がして、ずっと目を閉じたままでいた。



 そのあと寝付かれないでいた私の耳に、苺佳の寝息が聞こえてきて、

目を開けてみたらそこにはやっぱり可愛らしい寝顔があった。


 ほっとするやら、悔しいやら。なぜに? 

自分のほうが相手に対する好きな気持ちが多いような気がして、いやきっと

多いんだけど……だからやっぱり悔しい。


『苺佳の旦那、いらないなら私に苺佳をくれよぅ』

 切ない瑤の気持ちを乗せて、七夕の夜は更けていった。


-          ◇ ◇ ◇ ◇



 英介さんとの離婚は私の中では決定事項だ。


 それは七夕祭りで瑤ちゃんに会う前から自分の中で決めていた決定事項。


 折角の最後のお泊りだったのに瑤ちゃんと話らしい話もせず先に

寝てしまい、身体を横たえるとすぐに寝てしまう我が身の不甲斐なさに

泣ける。


 折角瑤ちゃんのご尊顔拝見、寝顔を見れるチャンスだったのに……。


 少しは見れたものの、いつの間にか意識を手放しちゃってて、ずーっと

朝までだって瑤ちゃんのきれいな寝姿を見ておこうと思ってたのになぁ~、

自分がいやになっちゃうわ、全く。



 瑤ちゃんに英介さんとのことを話した日から瑤ちゃんは私と英介さんとの

夫婦の問題には全く干渉してこない。


 私のことを好きだと告白までしてくれた瑤ちゃんは、どんな風に

考えてるのかな? 


 ヘタレで夫に未だ離婚を言い出せずに結婚生活を惰性で続けている

私のことを。



 あぁ、英介さんに別れを言い出す切っ掛けがほしい。


 切っ掛けがないまま、いきなり証拠を目の前に並べて叩きつけるように

相手を詰り家を出で行く? 


 世の浮気された奥さま方はどんな行動を取るのだろう?


 理想的なマニュアルがあるのなら欲しいと切実に思う。

-


 少しドキドキしながら迎えた瑤ちゃんとのたのしかった

七夕祭りの後は妙にテンション下がりまくりの日々を過ごしてる。


 次のそのまた次の週末は、また子供たちを連れて近所の公園に行く約束を

している中、ほんとに久しぶりに朝登園の折に瑤ちゃんに会った。


 お母さんの、比奈ちゃんからだとおばあちゃんの体調が良くないとかで、

瑤ちゃんが比奈ちゃんの手を引いて保育園に連れて来たみたい。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 私が眞奈を送り届けて門を出た所で瑤ちゃんたちと会った。

-


「おはようございます。今日はまた……」


「あぁ、おはよう。今朝はちょっと母親の体調が悪くてね」



 瑤ちゃんは私にそう言い置いて足早に比奈ちゃんとふたり、

小走りに教室へと向かった。


 どうしようか。


 瑤ちゃんを待つなら駐車場よりここで……だよね。

 ここで待ってたら少なくとも駐車場までの5分、少し話ができる。


 そんなことを考えながら門の所に突っ立ってたら

瑤ちゃんがこちらに向かって走って来るのが見えた。


『えっ……?』


頬にポツンと一滴ひとしずく感じたかと思う間もなくいきなり強めの風が

吹き出し、雨が降ってきた。



あ~あ、話どころじゃなくなって、濡れる心配よりも話ができなくなりそうな状況

にガックリしてしまう。



「苺佳、急ごう!」


 気が付くと、傘をさした瑤ちゃんが私の肩に手を回し、自分の方へと

引き寄せてくれた。


「あぁ、ありがとう。晴れてたのにどうして傘なんて持ってたの?」

小走りに歩きながら私は瑤ちゃんに聞いた。



「た・し・な・み」


「……?」


勤労者キャリアウーマンのたしなみだよ」


「へぇ~、瑤ちゃんって労働者の鏡だね、尊敬する」


「ほんとはそんな大したもんじゃなくて……私は雨女なんだよ。

それでいつも傘を持ち歩いているってだけだよ」


「ふぅ~ん」


          ◇ ◇ ◇ ◇



 あっという間に瑤ちゃんとの語らいの時間は過ぎて、駐車場が目前に。

 傘の話しただけ。


『つまんないっ、つまんないっ』



「苺佳、先に車乗って」



 そう言うと瑤ちゃんは傘をさしたまま、私が車のシートに滑り込むのを

待っていてくれた。


 私が無事シートに座ると瑤ちゃんがドアを閉めてくれた。


 ドアの窓越しに彼女を見上げると右肩がずぶ濡れになっているのに

気が付いた。



 優し気な表情をした瑤ちゃんが右手を少し振って自分の車に乗り込み、

そのまま職場へと向かって行った。

-


『ありがと、瑤ちゃん』


 私は優しい人の心遣いに触れ、どこまでも限りなく心が温まっていくのを

感じた。そしてなかなか認めるのが難しい感情も無視できないでいた。



 有難くて、うれしくて……胸がキュンてした。


 今感じた感情が大き過ぎて、とてもじゃないけれど

ひとり持て余してしまいそうで。


 自分だけの胸の内にしまっておくのはもったいないような気がして

家に帰るとすぐに私は瑤ちゃんにお礼のLINEを送った。



『瑤ちゃん、さっきは傘、ありがとう。

 私のせいでだいぶ濡れてしまった瑤ちゃんが風邪引かないか心配。


 神様にお願いしとくね、瑤ちゃんが風邪引きませんようにって。

 次の次の週末、お互い元気でまた公園で会おうね。


 今朝、久しぶりに園で会えてうれしかった』



 私は社交辞令の一切ない本心からの文言をLINEに記して、

瑤ちゃんに自分の気持ちを届けた。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 『ピコピコ~ピコピコ~』

 12時過ぎに瑤ちゃんからの返信が届いた。


 

『気にしなくていいよ。身体は丈夫だから大丈夫だよ。

 苺佳が濡れなくてよかったよ。

 そうだね、私も今朝会えてうれしかった。じゃ、また公園で』

-

 母親が夏風邪を引いてしまい、久しぶりに比奈の登園に付き合ったら

苺佳とバッタリ。


 ギリギリで遅刻しそうだったからほんの少し言葉を交わして比奈を教室まで

連れてったんだけど、苺佳ったら律儀に? 門の所で待ってた。



 さっきまで晴れてたのが嘘のように強風が吹き出してヤバイと思い

傘を手にしたところでざざぶりの雨。


 雨人間に感謝だな。

 いつも携帯している傘のお蔭で苺佳を濡らさずに済んだからな。


 苺佳が私の右肩が濡れていたからと身体を気遣う連絡をくれて

午後からの仕事に気合が入った。


 彼女が私のことをよく見ていてくれているのが分かったから、

うれしくて……っていうところだな。

 

          

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